教養ドキュメントファンクラブ

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3/25 BS-11 歴史科学捜査班「鬼平は実在した!実録・長谷川平蔵の犯罪捜査」

 池波正太郎の小説で有名な「鬼平」こと長谷川平蔵だが、彼は実在の人物だったという。番組ではその平蔵の人物像に迫ると共に、当時の犯罪捜査の様子を紹介している。

 長谷川平蔵が凶悪犯罪を取り締まる火付盗賊改に任命されたのは天明の大飢饉によって治安の悪化した1787年。そして1795年に50才で逝去するまでこの職を務めている。平三の屋敷のあった場所は奇しくも遠山金四郎も屋敷を構えた場所であり、屋敷内に白州や牢屋もあるためにかなり広大な敷地となっている。また江戸の中だけが管轄だった町奉行と違い、火付盗賊改は江戸の外まで犯罪捜査のために出向くことがあり、実際に大盗賊団の頭を捕縛するために大宮まで出向いたこともあるらしい。

 当時の逮捕道具だが、多人数で刺叉などの道具で相手の動きを封じて押さえ込むという方法が中心だったらしい。また平蔵のシンボルでもある十手だが、これは熟練すると刀を持った相手も取り押さえることができる。番組では当時の武術を伝える竹内流の道場を訪問してその技を取材しているが、確かに刀で斬りかかった相手を電光石火で取り押さえている。ある意味で十手は対刀に特化した武器のようにも感じられる。

 また当時の捜査は解剖こそ行わないが、検死は行っていた。中国から伝わった検死の教科書を翻訳した無冤録述には「焼死を装って死体を火に入れた場合には鼻や口などに灰が入っていない」なんてことを書いてあるらしい。当時でも冤罪を防ぐためにできる限り物証を揃えようという考えはあったらしい。

 さらに平蔵は単に犯罪者を捕まえるだけでなく、犯罪を減らすことにも尽力していた。彼が設置したのが人足寄場であり、無宿人や軽犯罪者などが生きていくための技術を習得するための教育施設であったと言い、これは今日の刑務所と通じる考えである。なおこれの設置には多額の費用が必要であったため、平蔵は私財を投入しているとのこと。

 凶悪犯罪者にとっては「鬼」であるが、人間としては人情溢れる人物であったという長谷川平蔵の姿の紹介であった。罪を憎んで人を憎まずなどというが、そういう姿勢は上に立つ者ほど必要なものである。あの時代に犯罪抑止まで考えていたことがすごい。今でも公園を閉鎖してホームレスを追い出してしまったらそれで問題が解決したかのように装うような政治家も多いというのに、あの時代に既に世の中の本質を見抜いていたというのは立派。

 ところで「科学捜査班」にも関わらず、科学と言えるようなものはほとんどなく、単に人物紹介をしていただけのような・・・。まあ番組の内容自体は面白かったのでそれでも良いですが。