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4/3 NHK 歴史秘話ヒストリア「世にもマジめな魔王織田信長 最新研究が語る英雄の真実」

 アンケートなどを取ると好きな歴史上の人物で必ず上位に来る織田信長。大胆な改革者である一方で、冷酷な独裁者といったイメージがある人物であるが、そもそもそのようなイメージは江戸時代以降の軍記物などで醸成されたものであり、書簡や公的資料などから迫っていくと違った信長像が見えてくるというのが今回の主題。

 番組では信長は天下統一を目指したのではなく、足利幕府を盛り立てて争いのない世の中を作ろうとしていたのではとしている。通説では足利義昭からの後援を頼む申し出に対して、信長は将軍を傀儡にする気満々で応えたと見られているが、この番組での解釈は信長は本気で義昭を盛り立てるつもりだったとしている。実際に義昭が京都に登った頃は信長はあくまで家臣として振る舞っており、義昭も信長を信頼するなどその関係は良好であったという。

 また信長が用いていた天下布武の印だが、これも従来の「武力によって日本を統一する」という野心的かつ暴力的な意味でなく、「天下(当時の言葉の意味では機内を指していたという)を将軍を自らの武で立てることで安定させる」とのニュアンスだったのではとしている。実際にこの頃に信長がよく用いていたスローガンのようなものは「天下静謐」だったらしい。確かにこちらの言葉だと、よりおとなしいイメージになる。

 なお信長は義昭の要請に応えての戦も行っている。しかしその結果として浅井・朝倉と対立することになり、信長の人生最大の危機なども迎えたりしている。

 さらに信長の悪名をとどろかせることになった比叡山焼き討ちだが、これもそれを行う前に延暦寺に対して1年に渡る交渉をしており、その交渉に応えなかったのは延暦寺の側だとしている。

 しかし肝心の義昭の方が寺社の領地を勝手に側近に与えたりなどの身勝手な振る舞いを行うようになる。これは真面目な信長としては、将軍としてのあるべき姿から外れているとして意見せざるを得ない状況であった。しかしこのようなすれ違いから義昭は段々と信長を疎んじるようになり、ついに反信長で放棄する羽目になる。しかしこの戦いで勝利した信長は義昭をそのまま追放しただけに終わらせている。そしてその後は朝廷の権威を正面に立てるようになった。

 とは言うものの、番組では本当に信長が天下に野心がなかったとしたら、この後に四国討伐をしようとしたりなどというのは説明が付かないとしている。要は単純に一面だけで語れるものではないということでそれは妥当。そして結局はこの四国征伐明智光秀謀反の原因というのは最近の通説。

 新しい信長像を描こうという内容だが、特段新しいと言うまでもなく今までの信長像の「建前」とされていた部分を「実は本音だったのでは」としたのが今回の内容と言えよう。実際にどちらが彼の本質だったのかは、当の信長自身さえよく分かっていなかったかも(笑)。人間そんなに単純なものでなく、冷酷無比に思われた人物が思わぬところで情の篤さを見せることだってありますから・・・。