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4/11 BSプレミアム 偉人たちの健康診断「篤姫 ヒートショックの恐怖」

 今日の主人公は薩摩から徳川家に嫁いできて、幕府を最後まで支えた(ということになっているが、これは大河ドラマのせいでの過大評価。幕末のすべての出来事が全部篤姫につながっているかのような描き方をしたあのドラマは歴史考証がひどすぎた。実際は篤姫は大奥の面々の面倒を見ただけです。)篤姫。

 まず篤姫が13大将軍の家定の正室に選ばれた理由だが、それは彼女が健康だったからだという。徳川将軍は代々正室を大名の娘などからとってきたが、病弱な姫が多くて皆が子供を産むことがなく亡くなっていたのだという。その中で薩摩出身で11代将軍・家斉の正室だった茂姫だけが男子を産んだ上に71歳まで生きたので、薩摩の姫ならということになったのだとのこと。一方頼まれた島津斉彬は困ったらしい。というのも斉彬には3人の娘がいたが、いずれも幕府が望んでいるような健康優良という姫ではなかったらしい。そこで斉彬が目をつけたの親戚の娘だった篤姫。彼女は子供の頃から野外を走り回っていたような健康優良児(というか、いささか男勝りだったので?)だったらしい。そして篤姫は斉彬の養女となって徳川家に嫁ぐ。

 番組では篤姫の健康の秘訣として、太陽の下で走り回っていただけでなく、この地域の新鮮な魚を食べていたこと、また指宿の砂風呂なんかも入っていたのではとしている。砂風呂やサウナなどは血流を良くして血液を綺麗にする効果があるので、心疾患なんかの防止に効果があるとのこと。ただしサウナでデトックスというのは嘘(汗はほとんど水分なので、有害物は排出されない)、長く入ればよくやせるは間違い(水分が減るだけなので脱水症状になって危険)、二日酔いを防ぐには逆効果(アルコールの分解には水が必要なので逆効果。むしろ寝るのが一番効く)とのこと(まあ常識なんですが、知らない人もいるでしょうね・・・)。

 こうして将軍家に嫁いだ篤姫だが、その後ペリー来航などで怒濤の時代が来、しかも旦那の家定の方が子供も出来ないまま1年半で亡くなってしまう。こうして未亡人となった篤姫は天璋院を名乗ることに。しかし幕府は滅亡、篤姫の生活も変化することになる。

 幕府滅亡後の篤姫は徳川家16代当主となる家達(いえさと)の養育に尽力する。家達を立派な人物に育成し、徳川を復興するというのが彼女の願いだった。そして彼女の努力もあって家達は立派に成長し、15歳でイギリス留学へと旅立っていく。

 しかしここから篤姫の生活が激変する。酒浸りの不健康な生活になってしまったらしい。番組では「空の巣症候群」になったのではとの分析。空の巣症候群とは育児に努力した良妻賢母型の人ほどかかりやすい鬱病で、子供が自立したことで人生の目標を見失ってしまうのだとのこと。趣味など新たな人生の目的を持つことが大切とか。

 そして篤姫は49歳で突然に亡くなる。当時の資料によると、風呂の中で誤って躓き、部屋に戻ってきてから布団の上で昏倒したのとのこと。これはヒートショックを起こしたのではとの分析。ヒートショックとは急激な温度の変化による血圧の急激な変動で脳の血管などが破れることなど。大抵は暖かい部屋から冷たい脱衣場に行った時などが多いのだが、冷たい部屋から温かい浴槽に浸かった時というのも危ないとのこと。篤姫はこの時に脳の血管が破れたのではとのこと。彼女はその後に部屋まで戻っているのだが、脳出血しても10分ぐらいは意識があることが多いので典型例になるという。

 というわけで今回は篤姫の死因について。最後にヒートショックで亡くなったのも、その前の酒浸りの生活が響いているでしょう。多分この時に彼女は既に高血圧になっていたのだろうと思われます。なお彼女の死後に家達は侯爵となって徳川家の名誉は回復されたのが彼女にとっては救いです。

 

忙しい方のための今回の要点

・篤姫が家定の正室に選ばれたのは彼女が健康だったため、跡継ぎの男子の誕生が期待されたから。
・幕府滅亡後の篤姫は16代家達の養育に尽力するが、彼が成長した後に空の巣症候群で生活が荒んだ。
・彼女の最終的な死因はヒートショックによる脳内出血と思われる。

忙しくない方のためのどうでも良い点

・島津の姫なら健康だろうと島津家に打診したんだが、この時に斉彬の姫には該当者なしって、大名の姫さんってどんだけひ弱なの?
・15代将軍の慶喜は幕府滅亡後は写真三昧の結構気楽な生活だったようだが、16代は篤姫の期待を一身に背負ってかなり生真面目な人物だったようだ。何か気の毒。
・酒飲んで風呂に入ると命取りにもなる。
・ゲストの秋野暢子さん、年齢を考えるとかなり若々しいですが、さすがに首筋には年齢が出ています。