教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

4/15 BS-TBS にっぽん!歴史鑑定「高橋お伝は毒婦だった!?」

 今回のテーマは毒婦として有名な高橋お伝が本当に言われるほどの毒婦であったのかを検証・・・とのことだが、まず最初に言いたいのは「誰?」 私も阿部定とかなら知っているが、高橋お伝は聞いたことがない。阿部定は男を殺してその局部を切り取ったのだが、高橋お伝は男を殺して極刑になり、死後に解剖されて局部が標本にされたとか。

 で、この事件であるが、明治9年8月26日に東京の蔵前にある旅館・丸竹に古物商の後藤吉蔵と高橋お伝の二人が宿泊し、翌朝にお伝が吉蔵を殺して金を奪って逃げたという事件である。当初警察は被害者の身元が分からず戸惑ったが「姉の敵討ちなので墓参りをしたら出頭する」との書き置きを見つけて、敵討ちならその内出頭してくるとのんびり構えていたらしい。しかしその後に吉蔵の妻から夫が行方不明との届けが出、金も奪われていることが分かって慌てて捜査を開始したそうな。しかしそのような初動で完全に失敗しているにも関わらず、二週間後には知人宅に潜んでいたお伝を捕らえている

 ただ捕まった後のお伝はあくまで敵討ちを主張したりで供述を二転三転させて大変だったらしい。ただ最終的に分かってきた彼女の生い立ちはなかなか数奇なもの。造り酒屋を営む養父の元で何不自由ない少女時代を送ったお伝は、最初は真面目な百姓と結婚するのだが、真面目だけが取り柄の旦那が好きになれずに逃げ出す。次に結婚した相手が高橋波之助だが、彼は働き者でイケメンだったらしく、お伝もこの旦那に惚れ込んで二人は幸せに慎ましく暮らしていたらしい。要は彼女はイケメン好きだったと言うこと。しかしこのまま終わればそれで目出度しだったのだが、不幸なことに波之助がハンセン病にかかってしまう。当時は治療法もなかった上に伝染病だと思われていた病気である。彼女は甲斐甲斐しく夫の看病をしたらしいが、病状はドンドンと悪化、借金は出来るし回りからは白い目で見られる(当時はハンセン病患者は隔離されることが多かった)しでとうとう東京に逃げ出す。彼女は治療費と生活費のために身を粉にして働き、時には娼婦として路上に立ったこともあるという。

 しかし彼女の看病の甲斐もなく波之助は亡くなってしまう。女一人が生きていくのが大変な時代、彼女は絹商人の小沢伊兵衛の愛人となって生活していたという。そんな時に出会ったのが小川市太郎という男。元尾張藩士の子弟だが、明治になって失業して今は遊び人。しかしイケメンだったらしい。そしてイケメン好きのお伝は彼に惚れ込んで夫婦同然の関係となり、仲買の商売を始めたという。しかし市太郎は遊び人なので仕事はなかなか軌道に乗らない。彼女は商売のために関東一円を飛び回っていたらしいが、茶の商いで失敗して多額の借金を抱え込んでしまう。

 そんな時に金策で駆けずり回った先の一人が後藤吉蔵だったらしい。彼女が借金を申し込んだところ「どこかで一泊しないか」と体の関係を持ちかけられたとのこと。しかしその翌朝にもう一度借金のことを頼んだら断られたのでカッとなって殺害したとのことである。

 もっともこれは吉蔵の方は死人に口なしなので、あくまでお伝の供述によるものだろう。番組でも凶器のカミソリは数日前に知人の家でなくなったものということで、計画的犯行の可能性もあるということは匂わせている。

 結局はお伝は強盗殺人の罪ということで、当時の極刑である斬首刑にされることとなる。当時はちょうど欧米に合わせて刑法の改正が検討されている最中であり、結局は彼女が最後の斬首刑の受刑者ということになる

 さて彼女の局部の標本の件だが、これは「極悪犯罪者にある身体的特徴を研究する」という理由で彼女が解剖された時、局部が異常発達しているとして標本にされたらしい。これも今時ではあり得ないひどい話で、そもそも彼女の事件は男絡みの事件であることから、異常性欲者であると判断してそこから局部の異常発達というようなことになったらしい。さすがに人権もクソもなかった時代である。

 また彼女が毒婦の代表となってしまったことは、その後に彼女の事件が戯作に取り上げられたり、歌舞伎の演目にまでなったことが大きいという。そこで好き勝手に悪女のイメージが作られたようだ。

 こうして見ていると彼女については、実に不運だったとしかいいようのない点がある。時代の影響が大きいだろう。今の時代だったら普通のイケメン好きの少し軽い女性というぐらいのものだろう。娼婦になったり愛人になったりもしているが、異常性欲と言うよりは生活のためという側面が大きく、この程度の男関係だったら今時のアイドルなんかの方がよほどひどい。彼女は美人だったらしいし(伝わっている写真によると確かに美人だ)、今の時代だったら普通に某アイドルグループのセンターを張っていたかも。もっともその挙げ句に、悪い男に引っかかって身を持ち崩すという展開もあり得るが。

 なお彼女の犯罪は、今の刑法ならかなり情状酌量が入るので間違いなく死刑にはならない。言い方は悪いが、特別に猟奇的な事件でもない特別に凶悪でもない「普通の殺人事件」。残念だが今の時代にはゴロゴロとあるタイプの事件である。時代の狭間の不運な女性の不運な物語といういうところ。「生まれた時が悪いのか・・・」という歌が昔に流行しましたが、まさにその通り。

 ただ最後に「ところで今回の内容って歴史って言ってよいの?」

 

忙しい方のための今回の要点

・高橋お伝とは、明治時代に殺人事件で最後に斬首となった女性。
・その後に刑法が改正されたので日本からは斬首は刑罰としてなくなった。
・彼女が毒婦の代表のように言われるようになったのは、創作の世界で好き勝手に脚色されてイメージが先行してしまったから。

 

忙しくない方のためのどうでもよい点

・初動捜査で怠慢こいて完全に失敗している警察ですが、二週間で逮捕というのは、当時の警察は優秀なのか、無能なのか。
・今も昔もこの手のイケメンに弱いタイプの女性は、つまらない男に引っかかって身を持ち崩すというのが定番。
・昔から歌舞伎というのはその当時の話題をすぐに取り入れている(忠臣蔵が代表的)、だからワンピース歌舞伎もありということ(私は全く興味ないですが)。