教養ドキュメントファンクラブ

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4/17 NHK 歴史秘話ヒストリア「黄金の国ジパングを行く 金と日本人の2000年」

 今回は日本人と黄金の関わりを描く。

 日本人が初めて黄金と出会ったのは、例の漢委奴国王の金印であったという。これは中国で製造されたものである。この当時は日本はまだ金に関しては輸入するしかなかった。

 その金を仏像に使おうとしたのが聖武天皇。しかし金色の大仏を作るには60キロもの金が必要であり、これは天皇といえども調達は困難と思われた。しかしこの頃に東北で砂金が見つかる。さらには全国で同じような砂金が発見されて大仏の鋳造が実現することになる。

 黄金の産地だった東北では平泉の金色堂が有名だが、これは黄金を巡るこの地域での血みどろの争いの中を生き残った藤原清衡が鎮魂の意味をこめて建造したものだとか。

 戦国時代になるとそれまで砂金に頼っていた金の発掘から、金鉱石からの製錬技術が確立されたことによって金の生産量は一気に増大、ゴールドラッシュ状態となる。この金を効果的に使用したのが秀吉。本能寺の変に纏わる中国大返しでは、将兵に惜しみなく金を振る舞うことで士気を上げて、200キロの道のりを7日間で踏破することに成功した。また権力を握ってからも巧みに黄金の力を自らの権威付けに利用している。

 江戸時代になると金は通貨として流通するようになったが、また蒔絵などの金を使用した工芸が大いに発達することになる。その中で金を芸術作品に使用したのが尾形光琳。彼の金地を用いた絢爛豪華な作品は、琳派と呼ばれるようになり一世を風靡することになる。

 と言うような金に纏わる話の羅列でしたが。どうも今回は脈絡のない話が多かったようです。正直なところ小ネタ集という印象かな。黄金は私も大好きですが、どうにもとんと縁がありません(笑)。


忙しい方のための今回の要点

・日本人が初めて黄金に触れたのは漢委奴国王の金印と言われている(実際には未だに真贋論争はある)。
・日本ではかつては金は中国からの輸入しかなかった。
・日本で金鉱石からの製錬が行われるようになったのは戦国時代。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・東北では今でも砂金が出るようだが、残念ながら労力から考えると採算が合わない。
・秀吉の黄金の茶室に使用した金は、奈良の大仏よりも多い。
・東京オリンピックでは学徒出陣から金属供出までさせている。