教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

4/29 にっぽん!歴史鑑定「日本だけ!改元~元号が変わる時」

 今回は今や使っているのは日本だけという元号について。かつては中国、朝鮮、ベトナムなどでも使用していたというが、いずれも王朝が終わった時点で廃止されている。

使われなかった最初の元号「大化」

 今回の令和で248個目の元号だが、最初の元号である大化については、日本書紀には記述があるものの、公式に使われた形跡がないという。これは孝徳天皇と中大兄皇子の関係が悪化したことによるとか、当時の日本は唐の影響下にあったので独自の元号を使用して独立国をアピールするのはまずいとの考えがあったとか。公式に元号を使用しだしたのは、半世紀後の文武天皇の時の「大宝」からだとのこと。文武天皇は大宝律令を定め国家の体制が整ったことで元号の使用も公式に始めたらしい。

 ただ昔の元号はやたらに変わっている。それは新天皇が即位した時の代始改元だけでなく、瑞兆が出たから縁起が良いとか、逆に天災などが起こったから縁起が悪いといってしょっちょう改元がなされていたので、一つの元号が使われた期間の平均は5年半とのこと。中には7回や8回改元した天皇までいるという。

改元に纏わる権力者の意向

 なお改元は平安時代までは朝廷主導で行われていたが、幕府の成立後には幕府の要請によって行われるようになった。そのために権力者にとって改元をするということは意味のあることになってきた。室町幕府最後の将軍である足利義昭と織田信長の間でも元号に関する綱引きがあり、義昭が改元しようとした時に信長が反対したり、逆に信長が改元しようとしたら義昭が横やりを入れたといったことがあり、これが両者の不和にさらに輪をかけることになったという(要は主導権争いをしていただけなのだが)。そしてついに義昭を追放した信長は天正という元号を定めている。

 信長の後を引き継いだ秀吉は元号にはあまり関心がなかったようなのだが、それでも伏見地震などの天変地異が発生したことで改元を要請することになる。それが慶長。喜びが続くようにという意味らしいが、秀吉が亡くなったのはこの3年後である。次に天下を握った家康は、大坂の陣で豊臣氏を滅ぼしてから改元をしている。

元号のシステムが変わった明治時代

 そして明治時代。これ以降は一世一元となるのであるが、それを提案したのは岩倉具視だとか。やたらに元号が変わるのは煩雑だという意見を採用したらしい(実に合理的)。この時は3つの候補からクジで明治が選ばれたという(天命に委ねると言う意味で、昔からクジが使用されることは朝廷では多い)。

 これ以降は一つの元号の期間が長くなるので、勢い改元は一種のセレモニーになる。大正に改元した時は取材合戦の中で朝日新聞の記者が新元号をスクープして出世したり、昭和の時には逆に東京日日新聞が新元号は光文と世紀の大誤報を出してしまい、編集局のトップが辞任する事態になったという。

 そして元号が廃止される可能性があったのは敗戦後。GHQが元号に対してあまり良く思っていなかったらしい。しかし有耶無耶の内に日本が独立し、今日に至っている。現在は元号は内閣が定めることになっており、今回の令和についてもそのような行われたわけである。

 以上、日本独自の習慣となった元号について。多分今後も特別なことがない限り日本の習慣として続きそうですが、公には西暦の使用の方が増えていくと思います。やはり元号はどうしても年の計算などが簡単にできないなど煩雑に過ぎますので。実際に役所などでも原則元号使用だったのが、併用に変わり、段々と西暦の比重が増してきています。昭和生まれとか、平成時代といったように世代や時代を指す言葉としては使われても、年を示すために使用する機会はほぼなくなっていくだろうというのが私の推測です。

 

忙しい方のための今回の要点

・最初の元号である大化は唐との関係の絡みなどから、公式には使われておらず、公式に使用されるようになった最初の元号は大宝。
・昔は瑞兆や逆に天変地異などの度に改元されたので、一つの元号の平均期間は5年半しかない。
・明治になって一世一元に変更されたが、これは煩雑であるという意見を岩倉具視が入れた結果。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・元号は中国の古典から取ってきているといいますが、漢文の中から適当な漢字を抜いているように見え、あれだと元ネタは何でもいいのではという気がします。
・一つの元号が5年半だとすると、人間50年としたら、その間に元号が10個近く変わることになり、これは年齢の計算だけでも大変です。だから元号が公式に使用されるようになっても、巳年生まれとか丙午とかの表現が廃れなかったような気がします。十干十二支の表現は一回りで60年ですから、これは人の寿命とほぼ相関します。
・つまらんスクープ合戦は大正時代から既にあったとは、メディアのやることってこの頃からあまり変わっていない。