教養ドキュメントファンクラブ

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6/2 TBS系 世界遺産「厚さ5メートルの防壁…難攻不落!ルーマニアの要塞教会群」

 ルーマニアのトランシルヴァニア地方には、強固な城壁で囲まれた要塞教会群が存在する。15世紀頃にこれらの教会は300以上建造され、現在も150が残っているという。そしてそのうちの7つが世界遺産に認定されている。

村の防衛拠点となった要塞教会

 トランシルヴァニアでこのような要塞教会が建てられたのは、東西の交易路であるこの地域は外敵も多くて戦乱が絶えなかったためだという。いざという時は村人達は教会に立て籠もったのだという。中世の都市は城塞で囲まれたものが多いが、地方の村では村を丸ごと囲むような大規模な城壁は建造できなかったため、教会を城壁で取り囲んでそこに立て籠もるという方法をとったのだという。

 プレジュメル村の要塞教会は厚さ5メートルの城壁に囲まれている。この城壁の中は村人が立て籠もるための住居となっており、272の小部屋が密集している様から「蜂の巣」と呼ばれているという。奥行き3メートルほどの狭い部屋に、家族で数週間立て籠もることもあったという。また天井裏に当たる城壁の最上階には回廊があり、ここから城壁の外の敵に対して銃撃などの攻撃が行えるようになっている。

 ビエルタン要塞教会は三重の城壁に囲まれている。城壁は内側のものの方が古く、城壁は中から外に向かって増やしていったという。中に入る通路は狭くて食料運搬用の荷馬車が一台通るのがやっと。敵の大軍はここを通るのが困難な上に城壁から狙い撃ちされる構造になっているという。城壁の内部には教会以外に食料庫などがあり、そこに食料が備蓄されていたという。

教会を建造した人たち

 辺境の村にあるサスキズ要塞教会。この教会を建造したのはドイツ系の人々だという。オスマン帝国の圧力にさらされていたハンガリー帝国が当時支配下にあったトランシルヴァニア地方を守るために、ドイツ系の人々を移民させたのだという。この村には村はずれに要塞もあり、ここには常に見張がいて敵の侵攻を監視していたのだとか。

 しかしそのドイツ系の人々もルーマニアの民主化後にはドイツに移住するなどして減少しているという。ヴィスクリ要塞教会では既に村のドイツ系住民が14人に減少してしまっているので、教会を維持するだけでほとんど使用はされていないとのこと。

 ヨーロッパは陸続きのために拠点をいかに防衛するかが重要であり、そのために城塞都市があちこちに造られたが、その延長上で村における防衛施設も作られたということか。ヨーロッパの場合は城塞都市となり、日本の場合は環濠集落になるというのはやはり自然地形の違いなんだろう。

 トランシルヴァニアと言えば、ドラキュラのモデルとも言われるヴラド公がいるが、彼の残虐行為も侵攻してくるオスマン軍の戦闘意欲をくじくためには必要だったわけで、ルーマニアでは彼は祖国防衛の英雄とされているとのこと。まあそこまでしないと当時は国を守ることさえ困難だった時代だと言うことでもある。


忙しい方のための今回の要点

・ルーマニアのトランシルヴァニア地方には100以上もの城壁に囲まれた要塞教会が存在する。
・これらの教会は、戦乱の多いこの地域で村人達がいざという時の防衛拠点とするために15世紀頃に建造された。
・これらの教会を建造したのは、オスマントルコの侵攻からトランシルヴァニアを守るためにハンガリー帝国がドイツから移民させた人々だが、現在はそのようなドイツ系住民の数は減っている。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・いざという時に要塞に籠もるのは良いですが、当然ながらそれは援軍がやって来るのが前提になっています。実際には援軍はどのぐらいで来たんでしょうかね。またオスマン帝国が本気上げて攻めてきたとしたら、ハンガリー軍で抵抗できたんでしょうか?