教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

6/30 NHKスペシャル「誰があなたの命を守るのか"温暖化型豪雨"の衝撃」

温暖化型豪雨の脅威

 地球温暖化が原因となったゲリラ豪雨での災害が問題となっている。ここ100年の降雨データを調べると、日本では明らかに全国で雨量が増加しているという。これがまさに大被害をもたらしたのが昨年の西日本豪雨だった。このような豪雨では行政による対応は限界があるとして、最近は「自分で判断して避難する」ことの重要性を訴えている。

真備町での「想定外」

 西日本豪雨で2300人が孤立し、51人が死亡するという大被害を出した岡山県の真備町。亡くなった51人を調べると8割が自宅の1階で亡くなったという。

 真備町では一級河川である高梁川と小田川が合流しているが、浸水は小田川の支流から始まった。普段はほとんど水のないような小さな川が合流点からのバックウォーターでみるみる水位が増加し、あっという間に堤防が決壊してしまったのだという。

 自宅の二階で寝ていたある女性は、異常に気付いた時には既に一階が膝まで浸水しており、すぐに隣に住んでいる母を助けに行こうとしたが、ドアがどうしても開かず結局は母は隣の一階で亡くなったという。浸水家屋を想定した実験では、浸水開始から1分半ほどで畳が浮き始め、20分後には浮いて転倒した家具などによって身動きが出来ない状態になったという。また外と内の水圧差で、若い男性でもドアを開けることは不可能な状態になったとのこと。ましてや高齢者ではどうしようもない。

避難情報が間に合わない

 倉敷市では真備町の上流20キロの位置の観測所での水位を元に、避難準備や避難勧告などの警報を発していた。しかし水位の上昇があまりにも急激すぎて避難準備情報を発している暇がなかったという。あっという間に水位が上昇しすぐに避難勧告水位まで達してしまったという。

 

思いがけないタイミングの思いがけない発災

 今回の被災地を調べると、避難に必要とされる2時間前に避難情報を出すことが出来なかった自治体が多数ある。その一方で避難情報を出してからかなり経ってから発災した地域もあるという。それが真備町の末政川東岸地域である。

 ここは翌日になってこの地域ではもう雨が止んでから浸水が起こったという。翌日になって雨が上がったのを見た住民は「ようやく災害の危機は脱した」と考えていた。しかしこの時、末政川の西岸地域は広範囲に浸水していた。そしてその浸水の圧力が末政川の決壊地域の対岸の堤防にかかり、これが一気に決壊したのだという。東岸地域では午前中にあっという間に住宅地が浸水し、16人が死亡した

避難情報が出ても住民が避難しない

 また適切な避難情報が出せても、それが住民の避難につながらない例も問題視されている。広島県では最新鋭のシステムを導入し、コンピュータの判断で10分ごとに避難情報を更新できるようにしていた。しかしこの避難情報に従って避難した住民は1000人を対象にしたアンケートによると、たったの3.6%に過ぎなかったという。しかも97%の住民は避難情報を知っていたというのだ。

 番組では言っていなかったが、これがいわゆる「正常性バイアス」。自分は大丈夫だろうと思ってしまう根拠のない楽観視である。これは避難という非日常的行動をとることに対するハードルの高さによるものでもある。

 番組では実際に避難しなかった結果、レスキュー隊に助けられることになってしまった家族の例を紹介していたが、避難情報を知っていたにもかかわらず、山から遠い上に川からも距離があることから大丈夫だろうと、普通にカープ戦のナイターをテレビで見ていたという。

 しかし少し異変が現れる。雨が激しくなってテレビが映らなくなったのだという。これはちょっとした異変の兆候で、ここで異常に気付いて避難する人もいるのであるが、彼らはここでも避難しなかった。

 その頃、川では上流で起こった土砂崩れのせいで大量の土砂や倒木が流れ込んでいた。これらは川底を埋め、さらには倒木が川を塞いだ。そして川は流れを変えて一気に住宅街へと流れ込む。

 彼らはこの時に初めて異変に気付いたのだが、もう避難することは不可能な状況になっていた。そして結局はレスキュー隊によって救助されることとなったのである。

 

「避難スイッチ」を入れるための行動

 住民を避難させるには彼らの「避難スイッチ」を入れることが重要だという。その避難スイッチが入ったことで命が助かった女性がいる。彼女の家は川のそばで流されてしまったのだが、隣人が豪雨災害のテレビ番組などを思い出して危険性を感じて彼女に避難を呼びかけ、彼女も重い腰を上げて避難したのだという。彼女の家が流されたのはその2時間後であった。日本人はとかく団体行動をとりやすい国民なので、みんなが呼びかけるというのは行動を起こすためのかなりのドライビングフォースになるという。

 現在、この行動を起こすために子供などに災害の学習をさせるなどを実施している(東北の津波でも同じことをしていた)。結局は自分で判断するしかないということになる。


 昔はパニックを起こさないようにと情報を丸めて伝えることが多かったのですが、最近ではパニックよりも正常性バイアスの方が問題であるとして、警報などはかなり切迫した煽るような伝え方に変わってきてます。やはり現代人は危険に対する感受性がかなり鈍ってきているということでしょう。

 なおこの番組では触れていませんが、実はかなり重要なのは命が助かった後の生活再建です。身一つで避難して命を取り止めたとしても、家が丸ごと流されてしまっては生活再建がままなりません。私なんかも住宅ローンを抱えた状況で家を失ったら、生活再建なんて考えようがありません。阪神大震災の時などは「自己責任」の一言で片づけられて、生活支援の類いはほとんどなかった(私も実家が全壊したが、もらったのは義援金の分配による30万円のみで、行政からは何の支援もありませんでした)。この時に二重ローンを抱えることになって未だに苦しんでいる人もいます。おかげで命は助かったが、その後に生活に行き詰まって自殺したという救いがたい例まで起こりました。このような生活再建に対する援助こそが行政の出番です。実はこれがあるのとないのとではこれも避難に踏ん切る判断に影響を及ぼします。こういう点にも今後は注目してもらいたいところです。

 


忙しい方のための今回の要点

・地球温暖化によるゲリラ豪雨災害が大きな脅威となっている。
・このような災害では行政の避難情報などでは対応が間に合わず、個人の判断が重要であるとしている。
・岡山県真備町では、住民が異変に気付いた時には既に避難が不可能になっており、自宅の一階で亡くなった人が多い。
・また雨が止んでから堤防が決壊して浸水した例もある。
・さらに避難情報が出ていても実際に住民の避難につながらない例も実に多い。
・住民が避難行動に動く「避難スイッチ」を入れるには、近隣の住民などが互いに呼びかけることなどが効果的。

 

忙しくない方のためのどうでも良い点

・またこういう避難行動について、もう一つ問題になるのが「狼少年効果」。最初は警報とかが出る度にまめに避難していても、何度かそれが空振りに終わる内に「またか」となって避難しなくなっちゃうんですよね。今はまだ東北なんかでは地震が起こる度に高台に避難する人が多いですが、これも後10年もしたらどうなるか分かりません。実際、歴史上三陸では何度も津波被害が起こっていて、その話も語り継がれているはずなんですが、あの地震の時に津波を連想して逃げた人は少なかったですから。悲しいかな人間の記憶ってどうしても風化していくものです。そしてついには正常性バイアスの支配下に入る。
・避難行動だけではありません。戦争の体験だって、世代が変わる内に実感がなくなって「日本も戦争すべき」なんて馬鹿を言う輩が出てくるんですよね。当時爆弾の雨の中を逃げ回った経験を持つ者の中でそんなことを言う者はまずいませんが、実際に体験していなくて想像力が欠ける輩はどうしても考えが軽くなります。しかも今は総理自身がそれだから・・・。