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7/4 BSプレミアム 偉人達の健康診断「ほめたらのびた"ダメ将軍"」

ダメ将軍秀忠

 今回は今ひとつ地味な徳川二代将軍秀忠。どうも家康は秀忠の器量に不安を感じていたようだが、実際に秀忠は関ヶ原遅参という大失敗をしでかしている。この時には家康もぶち切れて本気で廃嫡を考えたらしい。確かに結果的に勝ったから良かったものの、下手したら徳川軍が各個撃破されていた可能性もあったのだから大失態である。で、大阪の陣ではこの遅刻に懲りて今度は軍を急がせに急がせた挙げ句、伏見に到着した時には兵はヘロヘロで戦える状態じゃないというこれまた大失態を重ねて、この時も家康を激怒させたらしい。

 それでも結局は他に継がせるべき者もいないということで、秀忠は27歳で将軍職を譲られるが、それでも実質は駿府の家康のリモコン。家康の側近の重臣連中からも内心侮られるという状況だったらしい。

秀忠の急変貌の理由

 そんな秀忠が一変するのは家康の死後。重しが外れてストレスがなくなったのか、急にリーダーシップを発揮し、反乱の可能性のある大名を片っ端から取りつぶしたり、鎖国やキリスト教禁止を決定したりなどと幕府の土台を固める政策を次々と実行する。

 この秀忠の豹変ぶりはテストステロンの効果だというのがこの番組の解釈。テストステロンはいわゆる男性ホルモンだが、これは別名リーダーシップホルモン。テストステロンの分泌が増えることで活動的になり、頭の回転なども速くなるらしい。そしてこのテストステロンだが、胸を張る姿勢を取るだけで2分後には分泌が増えたという研究報告があるとのこと。要は空元気でも自信満々に見せていたら、実際に自信が出てくるということらしい。また褒められたり認められたりすることでも増えるので、秀忠は将軍になってから自分の周りを小姓などの御追従者で固めたので、常に「さすが将軍様」と持ち上げられている内にテストステロンが増えたとのこと。ホンマかいな?

秀忠のストレス解消法

 しかし家康の下にいた時の秀忠はかなりのストレスにもさらされていた。実際に秀忠の言葉として「月が二つもあれば天下が定まらない」と言ったことがあるとか。暗に家康のことを鬱陶しく思っていたんだろう。そんな秀忠のストレス解消法は鼓を打つことだったらしい。ストレスを解消するには、まずはネガティブな気持ちを解消する第一段階と、ポジティブな気持ちを持ち上げる第二段階があるのだが、まず第一段階でよくやるのは破壊行為。ぶち切れて皿を投げつけたりするあれだという。打楽器を叩くというのは破壊行為に似てネガティブな気持ちの解消に効果があるとか。さらに打楽器が出す振動やリズムは体に作用してポジティブな気持ちを持ち上げるのにも効果があるらしい。実際に、認知症の改善に和太鼓を演奏するなんてこともやられているらしい。

秀忠を苦しめた奇病の正体

 なんだかんだで徳川幕府の基礎を固めた秀忠だが、晩年には奇病に苦しめられている。強い胸の痛みを訴えた秀忠を診療したところ、動き回るこぶが見つかったのだとか。これは当時の医師も「寄生虫によるものでは」との診断を下したらしいが、実際に現在の診断も寄生虫症らしい。ただしその寄生虫はマンソン孤虫というもので、幼虫がいる水を飲んだり、鳥やスッポン、カエルなどを生食することで感染するという。この寄生虫は幼虫の時に皮膚の下を動き回るので動くこぶになるのだという。その後、心臓や肺などの内臓に寄生して死に至る場合もあるとのことで、現代でも有効な治療法はなく手術で取り除くしか手がないというたちの悪いものである。秀忠はこの寄生虫が心臓に規制して胸の痛みになり、最後は肺にも寄生した結果、大量に血を吐いて亡くなったとのこと。


 印象の弱い二代将軍の話ですが、私が思うに確かに秀忠は器量の小さい人だったと思いますが、だからこそ徳川幕府を盤石の体制にすることが出来たということです。企業においては創業から拡大期に求められるリーダーと、ある程度組織が大きくなってから必要になるリーダーはタイプが違います。要するに攻勢に強いタイプから守勢に強いタイプにリーダーを変更する必要があるわけです。最初のリーダーが自分でそのように変化できれば良いですが、大抵は無理なのでトップの交代が必要ということ。だからあまりに創業者がカリスマでいつまでも居座るとその企業は急成長の後に破綻するということになります。典型的なのがダイエーの中内功。彼は小さなスーパーを全国レベルの巨大スーパーに拡張しましたが、いつまでも拡張路線を続けた挙げ句に自滅しました。私はダイエーが破綻する10年以上前からダイエーに危険な兆候が現れているのを感じてましたので、もし私がダイエーの経営陣の中にいたら、中内氏に対して路線の変更を提言したでしょう。で、その結果として疎まれてダイエーを追い出されると(笑)。結局はダイエーの破綻は避けられなかったわけです。

 秀忠は器量が小さいからこそ、ネチネチと細かい組織固めに専念したわけで、これがもし信長のようなタイプだったら間違いなく何かの大勝負をかけて大失敗してます(再度の朝鮮出兵か南方進出辺りだろう)。秀忠の器量が家康よりも劣り、さらに本人もそのことを自覚していたから守勢に回って組織を守れたということです。というわけで、いつまでも創業者が居座っているベンチャー企業は要注意と言うことです。マイクロソフトのビル・ゲイツはやっぱりこの辺りのことを分かっていたんでしょうかね。

 


忙しい方のための今回の要点

・秀忠は家康が亡くなった後、将軍として振る舞うことでテストステロンの分泌が増え、リーダーシップを発揮することができた。
・秀忠はストレス解消に鼓を演奏していたが、打楽器の演奏はストレスを解消して気分を持ち上げたり、認知症を予防するのに効果がある。
・秀忠の死因はマンソン孤虫による寄生虫症であったと考えられる。この寄生虫に対しては現在でも手術で取り除くぐらいしか治療法はない。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・家康が豊臣家を滅ぼしたのは、秀頼に面会して秀忠よりも秀頼の方が器量が上であると感じたからという話もあります。つまりはこういう点でも、秀忠の器量が劣っていたから徳川幕府は天下を固められたということにもなります。
・まあすごすぎる父親を持った息子というのはいずこも大変なものです。関根勤が思わず「長嶋一茂」と口走ってましたが、その辺りはあまり触れてあげない方が良いような気が・・・。
・息子が父親を乗り越える過程における葛藤というのは、昔からよく創作のネタにもなったりします。確かに大変なことではあるのですが、逆にこれがないと息子が大成しないということもあります。ちなみに今は、どう頑張っても父親の年収を越えることは出来ないと考えてニートになっちまう息子が多いという話でありますが。