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8/12 BS-TBS にっぽん!歴史鑑定「八月十五日終戦の日24時~その日、いったいなにがあったのか~」

 今回は終戦の玉音放送が流されるまでの24時間のドキュメント。

ポツダム宣言受諾を決定するご聖断が下る

 昭和20年8月14日午前11時55分、皇居の防空施設である御文庫付属庫の中で、国の行く末を定める御前会議が参加されていた。その会議において昭和天皇はポツダム宣言受諾の意志を示す。いわゆる「ご聖断」が下ったわけである。

 同午後0時30分、陸軍省に戻った陸軍大臣阿南惟幾大将は詰め寄ってくる青年将校達に御前会議の結果を知らせていた。無条件降伏に納得のいかない青年将校達に「ご聖断は下った、それでも納得がいかないのなら、この阿南を斬れ!」と命がけで彼らを鎮める。その中で号泣する一人の青年将校がいた。それが畑中健二少佐であった。

 終戦の詔勅の内容は閣議で決定された。放送については生放送という考えもあったが、天皇に放送局まで出向いてもらって放送時間に合わせてマイクの前に立って頂くというのはあまりに恐れ多いとのことで、宮内省で録音したものを放送することになる。日本放送協会会長に「録音班を引き連れて宮内省に出頭せよ」との命令が下る。

 同午後3時。陸軍省では阿南が省内の全員を集めて終戦が決定したことを知らせていた。そして「これは決定事項であり、如何なる背反も許さない」と釘を刺す。しかしこの場には畑中少佐はいなかった。

終戦反対の青年将校によるクーデター計画

 この頃、終戦に納得できない畑中は同志である椎崎二郎中佐と共に、皇居などを制圧して終戦の放送を阻止するクーデターを目論んでいた。番組の推測によると、彼らはエリート軍人であってずっと本省勤務だったために前線の状況を全く知らず、継戦すれば日本が勝利できると本気で信じていたのではないかとのこと。なお私の推測では、薄々と劣勢である噂は聞いていたものの、エリートのプライドで現実を認めることが出来なかったのではないかと考える(実際にこの時期には現実逃避としか思えない連中も結構いた)。現実逃避の一番良くあるパターンは「無駄なことが明らかな行為を続ける」である。

 畑中は椎崎と共に近衛師団の司令部を訪れて旧知の古賀秀正少佐に面会、クーデターの下準備の協力を要請する。

 その後、畑中は東部軍にも協力してもらうべく、東部軍管区司令部を訪れる。しかし司令官室に入るなり、司令官の田中静壱大将に「俺のところに何しに来た!貴様の考えていることは若っておる、帰れ!」と一喝される。畑中は顔面蒼白でしばし立ち尽くしていたという。戦況の詳細を把握している田中は、継戦が不可能であることが分かっていたのだという。

 

玉音盤の作成とクーデターの発生

 翌日の正午に重要な放送があるのですべての国民が聞くようにとのラジオ放送が流れる頃、畑中は陸軍の先輩である井田正孝のもとを尋ね、クーデターのための下準備が進んでいるので、近衛師団全体を動かすために森師団長の同意が欲しいと頼む。井田に森の説得役を依頼したのである。畑中の熱意に押された井田はそれを承知する。

 同日午後11時、日本政府のポツダム宣言受諾の意志は中立のスイスを通して連合国に連絡される。これで対外的には日本の敗戦は確定したのである。同11時30分、宮内省で天皇による放送の録音が行われる。録音は天皇の意志により2回行われ、2つの放送用原盤が作成された

 なおこの夜も空襲は行われ、全国で300人以上が死亡している。日本の降伏の意志はまだ前線には伝わっていなかったのである。

 15日午前0時、近衛師団司令部を訪れた畑中、椎崎、井田の3人は師団長への来客のために1時間あまり待たされて苛立っていた。0時30分、ようやく面会を許されるが畑中は別件で立ち去ったために井田が森師団長の説得を行う、当初は天皇の決断に反対は出来ないと言っていた森師団長だが、やがて「諸君の熱意に感服した」と同意の意思を告げる。そして参謀の意見も聞くようにと井田に告げる。井田が司令官室を出たところで帰ってきた畑中と出会う。午前1時30分、畑中に師団長室で待つように井田が告げる。そして畑中が師団長室に入った10分後ぐらいに銃声が聞こえる。井田が司令官室に駆けつけると顔面蒼白で銃を持った畑中が飛び出してくる。彼は森師団長を射殺していた。森師団長の同意は嘘であると感じた畑中が焦って射殺したのである。そこで3人は森師団長の印鑑を使って偽の命令書を作成して近衛師団を動かしたのである。近衛兵は放送局と皇居の占拠に向かう。

玉音盤を救った侍従の機転

 帰宅途中の録音技師達を拘束した彼らは、玉音盤は宮内省にあるという情報を入手して宮内省を占拠する。彼らは必死で玉音盤を探したが、それを見つけることは出来なかった。実は玉音盤は宮内省の徳川侍従が預かったのだが、彼はそれを簡易の手提げ金庫に入れると、自分の職場に普通に置いたのだという。彼は兵に捕まっても玉音盤の場所を白状せず、しかも玉音盤を置いた部屋には咄嗟に「女官寝室」と張り紙をしておいたため、まさかそこに置いてあるとは誰も考えなかったのだという。

 

クーデターの失敗と終戦の玉音放送

 ことここに及んでクーデターの失敗を悟った井田は畑中にもう兵を退くように言うが、それを聞かない畑中は放送会館に向かうと報道部室の副部長に拳銃を押し付けて、5時からのニュースに自分を出せと要求する。自分の意見を放送するように求めたのである。しかし副部長は各局と連絡を取ってからでないと無理だと断る。そこで畑中は隣のスタジオに行くと、館野守男アナウンサーに銃口を向け、自分に放送させるように迫る。館野アナウンサーはそれを阻止するべく「現在警戒警報が発令中で、警報中に放送をするには東部軍司令官の指示が必要だ」と嘘をつく。先日東部軍司令官に一喝されている畑中を銃口を下ろすしかなかったという。

 その頃、皇居には東部軍司令官の田中が駆けつけていた。彼は近衛兵達に命令書が偽物であることを告げ、即時解散を命じる。

 同日午前5時30分、陸軍大臣阿南が敗戦の責任を取って自決する。同10時、2組の玉音盤の1つが警視庁の車で放送会館に、もう1組が宮内庁の車で予備スタジオに運ばれる。11時、畑中らとは無関係の1人の憲兵が放送室に乱入しようとして取り押さえられる。11時30分、クーデターに失敗した畑中と椎崎が拳銃で自殺、そして午後0時、終戦をづける玉音放送が流される


 畑中のクーデターは完全に失敗したのですが、これは日本にとっては幸いでした。既にこの時点で300万人の犠牲者が出ていたのですが、ここで継戦となったらこの犠牲者がどこまで増えたかは分かりません。原爆製造に成功していたアメリカは、躊躇わずさらに日本にそれを行使したでしょう。そうなる日本全土が焼け野原で日本という国と民族自体がこの地球上からなくなってしまう可能性がありました。またそこまでならなかったとしても、最低でも北海道はソ連の手に落ちて日本は分断国家となっていたことでしょう。畑中は完全に視野狭窄して客観的現実も既に見る能力がなくなっていたと思われますが、これは彼が持っている正しい情報が少なかったこともありますが、典型的なエリートが陥りやすい現実逃避でしょう。エリート故に自分の思い通りにいかなかった現実を受け入れることが出来なかったのであろうと推測されます。実際に現実逃避になっていたのは畑中だけでなく、日本が劣勢になって以降は軍が丸ごと現実逃避していた節があります。ひたすら神風などで人命を犠牲にしていたら、その内に戦況がひっくり返るはずなどという馬鹿げた考えに取り付かれていたわけですから。

 


忙しい方のための今回の要点

・終戦の玉音放送が行われる前夜、終戦に反対する畑中少佐や椎崎中佐によるクーデターが実行された。
・彼らは近衛師団の森師団長を殺害して命令書を偽造、近衛兵を動かして皇居や放送局の占拠を実行、さらに宮内省を占拠して玉音盤を捜索するが、玉音盤を預かった徳川侍従の機転によって玉音盤を見つけることが出来なかった。
・翌朝、東部軍指令の田中大将が皇居にかけつけて近衛師団を解散させ、クーデターは完全に失敗。畑中と椎崎の2名は自害する。

 

忙しくない方のためのどうでもよい点

・結局日本はこの戦争で300万人も犠牲にした上に、さらには他国の人間も多数犠牲にしているわけですが、これが誰の責任だったかという反省は有耶無耶になっちゃってるんですよね。だから戦後の精算がまだ出来ていないというか、戦争経験者もほとんどいなくなった今頃になったら「日本も戦争すべき」とかの馬鹿を言う奴が出てくる羽目になっちゃってるんですよね・・・。
・あの戦争については権力上層部が望んだという点、さらにはアメリカが日本が戦争に向かうように巧みに誘導したという点などもありますが、いわゆる大政翼賛メディアに煽られた国民自身が戦争を望んだという点もあるんですよね。だからこそメディアの立ち位置は重要で、不偏不党ということが原則として出てきたんですが、今やその原則が権力者自身によって崩されもろに大政翼賛体制になりつつあります。これはかなり危険な兆候。知恵ある者は他人の経験からも学べるが、残念ながら実際に自分が経験しないと学ぶことが出来ない人間というのは少なくないんですよね。そしてこの時代の日本人も、今までの戦争は常に海外で行ってきたので、実は戦争ってどういうものかを学んでないのです。そして現在のアメリカ人がまさにそう。
・結局は戦争で前線に立つのは、それを仕掛けた権力者ではなくて普通の一般庶民になるわけです。そして爆撃の下で逃げ惑うのも。いくら戦争の大義やら意味などを美辞麗句で飾ったところで、戦争というものの本質は常に変わりません。
・戦争を無くす一番簡単な方法は「その戦争を開始することを決定した者は必ず最前線に立つこと」というルールを制定することだなどという話もあります。情けない話ですが、実際に権力者は自分が血を流すわけでないので簡単に戦争を望むわけです。例えばトランプなんかにしたら、戦争は武器が売れて儲かるチャンス。そこでアメリカの貧乏人の血がいくら流れようと構わないわけで。当然、同じことをやりたい者は日本の権力者にもいるわけである。