教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

9/1 NHKスペシャル「巨大都市 大停電~"ブラックアウト"にどう備えるか~」

 昨年、北海道で地震による広域停電が発生して大騒ぎとなったが、例によって「もし東京なら」という類の番組である。

昨年北海道で発生したブラックアウト

 北海道でブラックアウトが起こった時、一番最初に危機感を持ったのは医療機関だった。災害医療拠点の室蘭太平洋病院では自家発電で電力をまかなったが、先の見通しが立たない状況で周辺の4つの病院から重症患者が運び込まれてきた。人工呼吸器を使用している患者などは、電気が止まると直ちに命の危険につながる。非常用電源の燃料は2日分しかなかったが、燃料の確保もままならなかったという。信号が停止している状況で交通事故が多発していたので、燃料会社も危険性を考えるとタンクローリーを走らせるわけにもいかなかったのだという。

 自家発電の燃料が尽きたタワーマンションではエレベータが停止、さらにはポンプが停止したことによって断水も発生していた。水を確保しても高齢者などは持って上がることが不可能。そこで住民の中学生がSNSで呼びかけてボランティアが水を持って上がるなどということがあったという。

 しかしその通信網も怪しくなってくる。非常用のバッテリーが尽きたことで停止する基地局などが出てくることになったのだという。非常用の電源を全国から集めたが、それでも全域をカバーすることは出来なかったという。

 さらに甚大な影響を受けたのは物流の面だった。自動の配送システムが機能しなくなったことで、物流センターでは従業員が総出で手作業での整理を行ったが到底追いつかず、スーパーの店頭が空になることになった。これらの複合的要因で完全に日常が戻るまでには一週間もかかったという。

 

東京直下型地震でブラックアウトが発生すると・・・

 このブラックアウトが都市直下地震と複合した場合、とんでもない事態になる。番組ではこれを想定ドラマを行っている。

 豊島区では北海道の事件を受けてブラックアウトに備える訓練を開始しているという。また東京電力でも50ヘルツ圏が全域でダウンしてしまった状況などを想定した訓練などが行われている。今まではそのような広域停電はまず起こらないと考えられていたのであるが、現在は万一の場合の影響があまりに大きいことから、対応訓練をしておく必要性に迫られたとのこと。

 東京で直下型地震が発生した場合、外からの救援が本格化するまでは3日はかかる。その間を住民はどうやってしのげばよいか。

 まず地震発生と同時に病院に負傷者が殺到することになる。しかし3日分の非常用電源を持つ病院は限られる。この病院に負傷者が殺到する。停電が長引いた場合にはそれで命を失う患者も出てくる。

 しかし東京電力の訓練によると、電力の復旧までには48~72時間かかるという。一旦ダウンした発電所を再起動するのは容易ではなく、さらに地震で送電網が破壊されていたら復旧はさらに困難となる。

 停電から24時間後、非常用電源が尽きる病院が出てきて治療を受けられない患者が出てくる。また浄水場のポンプも停止して送水が出来なくなる。避難所には水を求める人が増え、備蓄の水もなくなっていく。

 病院は透析患者などの重傷者の移送を行おうとするが、道路は大渋滞になっていてそれもスムーズにはいかない。またエアコンの停止した住宅では熱中症で倒れる患者も出てくる。

 その頃東京電力では、まず再稼働が一番容易であると判断された水力発電所の再開から始め、その電力で他の発電所を起動するなど電力網の復帰に取り組んでいる。しかし一旦停止した火力発電所を再立ち上げするには数時間はかかるという。

 これだけでも東京が大混乱になることが分かるが、さらに国の調査によると保健所、ダム、水門、下水道施設、気象観測システム、火山の監視システムなどは非常電源がないことも明らかになっているという。つまりは災害時に対応するべきシステムがブラックアウトによって機能しなくなると言うわけである。

 

非常事態への対策は

 このような事態への対応として、電源車の導入、持ち運びしやすい給水タンクの導入、病院ごとの被災状況を共有するシステムの導入などが進められているが、これですべてがまかなえるわけではなく、所詮は付け焼き刃のイメージがある。

 また東京電力では他社との電力融通のための連携線の強化などを進めているが、これも多額の費用を要する。また国は電力を備蓄するシステムに再生可能エネルギーを組み合わせる研究なども推進しているが、これもやはりコストが問題。国の対策費用はトータルで7兆円がかかると試算されているが、これはいわゆる社会インフラを守るための保険費用であり、どうやって捻出するかの問題もある。

 


 現代社会がいかに電気に対する依存度が高いかを示しているのであるが、もう一つ根本的な問題があるのにそれには触れていないのがどうも歪。根本的な問題とは「東京の異常な過密」である。現状でもライフラインその他を維持するのに過剰な負担が社会にかかっているのに、災害時になるとそれが破綻するのは当然。やはりまともに生存していけるレベルを遙かに超えているこの「異常都市」は根本的に解体するしか手がないと考える。災害などに対する有効な方法に冗長性があるのだが、今の東京はそれが全くなく、一カ所が破綻するとすべてが破綻する状況になっている。やはり都市を分散して、首都機能も分散することで、日本全体に冗長性を持たせて全体の機能が停止することを防ぐという方策が必要だと考える。

 それにしても今回の番組はどうにも内容が散漫な印象を受け、作りが今ひとつだなというのが正直な感想。AIによるデータ解析から、専門家を呼んでの座談会的な内容まであり、番組があっちこっちにポンポン飛ぶから要点がつかみにくい。また最初の北海道の事例紹介が後の想定ドラマとのつながりが悪い上に、その想定ドラマも極めて中途半端。熱中症で倒れたばあちゃんはどうなったんだ?

 私が作るなら想定ドラマをメインに据えて、時系列を追ってある家庭の状況、役所の状況、東京電力の状況という風に事態を描いていき、その中で説明の形で適宜、北海道の事件の事例を紹介するという形に持っていく。想定ドラマの最後は熱中症で倒れたばあちゃんを病院に運ぼうとするが、道路は渋滞で車がなかなか動かせない、ようやくたどり着いた病院は停電で機能しておらず診察不能というパニック状態を続け、最後に何とかたどり着いた病院でばあちゃんは点滴を受けて九死に一生を得る。そしてばあちゃんも回復して電力も回復したところで、父親が子どもに「今まで当たり前に感じていた日頃の暮らしが、いかに電気に依存していたかがよく分かったな。これからはもっと非常の時のことも考えておかないといけないな。」と語るという形で締める。AIや専門家座談会はどっちでも良いです。とにかく番組のまとまりが悪すぎたので、一本柱を通すべき。すべてが中途半端に過ぎます。