教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

9/5 BSプレミアム ダークサイドミステリー「人民寺院事件 本当にその道しかなかったのか」

 日本においてはオウム真理教のサリン事件でカルト教団の危険性が世間に認識されるようになったが、アメリカではそれに先立つ1978年、カルト教団である人民寺院の信者達918人の集団自殺事件が発生している。この事件の経緯について紹介。

人種差別撤廃などを訴えて黒人層に支持される

 人民寺院の教祖であるジム・ジョーンズはイリノイ州の貧困家庭に生まれた。彼に大きな影響を与えた母親は輪廻転生を信じており、今の自分が不幸なのは回りからの嫉妬や抑圧のせいだと信じていたという(それと輪廻転生は無関係に思えるのだが?)。そして彼に「あなたは特別な人」「神はあなたが世界を変える人になるのを望んでいる」と言い聞かせていたのだという。こうして6歳にして強烈な自己愛と使命感を刻み込まれたジム・ジョーンズは、教会で様々な牧師が人々に影響を及ぼすテクニックを学んだのだという。そして21歳で白人教会の見習い牧師となった彼は、ペンテコステ派教会が霊的体験によって信仰を深めるという手法をとっているのを見て、23歳で自身の人民寺院を立ち上げたのだという。

 彼がそこで訴えたのは貧困者の救済と人種差別の撤廃であった。当時のアメリカは人種差別国家であり、公民権運動が沸き起こりつつある時代だった。彼の訴えは特に黒人層に受け入れられた。また彼の集会では彼の能力によって病が癒やされるなどの奇跡が実演され(さくらを使っていたことが後に判明している)、彼は自分は特別な力を持っていると主張した。こうして彼の教団は信者を拡大していく。30歳で彼は人権委員会委員長に就任、白人専用の店や映画館を強引に黒人に開放するなどの改革を進めたという。

 

教団の先鋭化

 しかしこの頃からジム・ジョーンズには矛盾と異常が現れ始めていたと、彼の息子であるスティーブン・ジョーンズが証言している。自身の能力を超えた重い仕事と期待は彼に強烈なストレスを与え、彼は自身の反対者に対して強烈な恐怖を持って被害妄想の状態になっていったのだという。彼は批判者から深夜に無言電話をかけられたり、自宅の窓ガラスが割られたりの弾圧があったとしたのだが、スティーブンはそのガラスは実は彼の父が自ら割ったものであることを目撃してしまったという。つまりジム・ジョーンズは外部からの攻撃という恐怖を自ら作り上げ、そしてそれを自らの教団を支配する手段に転化していったという。

 ジム・ジョーンズは1965年に外部からの攻撃を避けるとの理由で、信者140人を引き連れてカリフォルニアに移転する。付きそう信者達は家を売り、仕事も捨ててすべてを教団に寄付することを迫られたという。時はまさに米ソ冷戦で核戦争の危険も漂う不安の時代だった。そこで信者達は共同生活を行うことになる。それは家族的な共同体ということであったが、実態はジム・ジョーンズによる独裁的支配組織だったという。

教団の拡大と恐怖支配

 1972年、教団の拡大のために人民寺院の拠点はサンフランシスコに移される。時はベトナム戦争などの時代、ジム・ジョーンズは社会の変革などを志す白人の若者を組織に取り込むことを考えたのだという。ジム・ジョーンズは信者に命じて、入信の可能性のある人物のゴミなどをしらべさせてそのプライバシーを曝き、それを利用して信者を取り込んでいったという(ターゲットにされた人物にすると「なぜ彼はそんなことまで知っているんだろう? やっぱり彼は特別な人なんだ」となるようだ)。

 また彼は恐怖支配による教団内部の締め付けも行っていた。自身の意に反する信者などに対しては人間浄化集会なるものを実施して、徹底的に自己否定をさせた上で他の信者達に集団でつるし上げ状態にする(時には暴力も伴ったようだ)という方法でマインドコントロールを進めていった(これはDV被害者が加害者に依存していく過程にも類似している)。

 

外部への露見と最終的な破綻

 しかし教団の破綻は近づいてくる。地元の有力紙のサンフランシスコクロニクルが人民寺院の実態について調査を開始、奪還された元信者などから情報を入手、そしてその恐るべき内情を告発する記事が1977年についに掲載される。これに対してジム・ジョーンズは外部からの恐るべき攻撃が始まったと、信者達を引き連れてガイアナの奥地に建設したジョーンズタウンに移動する。

 その頃アメリカでは、家族を教団によって連れ去られた被害者達が被害者家族の会を結成、ついに下院議員のレオ・ライアンが調査に動くこととなった。そしてレオ・ライアンと被害者家族の数人、さらに報道関係者がジョーンズタウンに調査のために飛ぶことにする。そこで話しかけた信者達はみな口々にジョーンズタウンでの生活の素晴らしさを語った。しかし実は密かに彼らに救援を求める信者もいたという。そこでレオ・ライアンらは彼らをつれて帰還しようとする。しかしそこに裏切り者を粛正すべく信者達がやって来て銃撃を行う。この銃撃でライアンと報道関係者5人が死亡、5人が重傷を負う事態となる。

 ことがここに及び、ジム・ジョーンズは集団自殺を決定する。これに異を唱えたの一人の女性信者だけだったという。そしてシアン化化合物を含んだジュースが用意され、赤ん坊や子どもから順に殺害され、死者は918人(内304人が18歳未満の児童)の大惨事となるのである。


 何とも恐ろしいカルト事件の顛末であるが、こうして詳細を追っていくと、見事に日本のオウム真理教とその軌跡が合致するのに驚く。違うのは人民寺院は最後は集団自殺したのに対し、オウム真理教は毒ガステロというより攻撃的な末路に至ったということだけである。恐らくこれは教祖であるジム・ジョーンズと松本智津夫の性格の違いもあったと思われる。

 番組中ではカルトに陥っていく心理が分析されていたが、初期は信者達の使命感の高さのようなものに特徴があるという。それは自分達だけが神から選ばれた特別な人間だとか、崇高な正しいことを行おうとしている者達だという類いの高揚感(さらには他の連中とは違うという上から目線)を持っているという。これは今日での「ネットDE真実」の連中と非常に類似しており、彼らがカルトだと言われるのも非常に納得が出来る。

 また教祖が見せる慈愛と反する暴力支配の二面性は、典型的なマインドコントロールの手法だという。人間はこういう対応をされると混乱し、相手が見せる優しさにすがるようになるのだという。まさにDV被害者が「マインドコントロールさせていた」と語る状況そのまま。またこの時に支配者が行う手法は、実質的に選択肢を用意していない中で、あくまで自らがそれを選択したと思わせる誘導だという。被害者の方はその結果は自らが選んだものだと思い込んでしまうのだという。

 さらにはすべてを捨てて教団に付き従った者達は、教祖が矛盾した面を見せてもあえてそれを見ようとせずに逆に自己正当化を重ねていくことになる。つまりは「ここまで来てしまったのだから、取り返しはつかいない」というような心理である。そうなると人は、全力で「自分は間違っていない」という確信を得ようとあえて現実から目を背けてしまうのだという。

 

 これらの罠にはまらないためには、常に自己を客観視して自ら判断を行っていくしかないのだが、それは実際は非常に困難ことでもある。と言うのも、これらの手法を駆使する輩はかなり高度なやり方を行うことが多いからでもある。実際に現在の政権なども実はこの手法を駆使していることは、冷静になって考えると分かることなのであるが、日本人の多くはそのことに気付いていない(自分の側近や利権のために莫大な税金をばらまきながら、税収が足らないから消費税を上げるなどという詭弁に、国民の大半が異を唱えていないという事態がそれを物語っている)。

 


忙しい方のための今回の要点

・1978年にカルト教団である人民寺院で信者918名が集団自殺するという事件があったが、これはカルト教団がたどる典型的道筋を示している事件である。
・教祖のジム・ジョーンズは人種差別の撤廃を訴えたり、奇跡を演出することで急速に教団を拡大させる。
・しかし教団内部では暴力的な支配で締め付けを行っており、それはマインドコントロールの手法そのものであった。
・だがついに外部から調査のメスが教団に入ることになり、何人かの信者が離脱することになるが、調査団に対して信者が攻撃、死者5名、重傷者5名を出す事件が発生する。
・事態がここに及んだことでジム・ジョーンズは信者達を道連れに集団自殺を決意。これに対して異を唱えたのは女性信者1人だけだった。

 

忙しくない方のためのどうでもよい点

・まあ典型的なカルトの話です。ただ一つ言えるのは「自分は正義だ」と高揚している時こそ冷静になって考えてみる必要があると言うことです。人間は自分が正義だと信じている時ほど、もっと思考停止して残酷行為を行えるのが事実です。歴史上でも数々の虐殺は大抵「正義の戦い」によってなされています。もっともその渦中にいる人間は、その冷静になって考えるということは大抵出来ないし、一人か二人目覚める者がいても、その回りの多数の目覚めていない者によって粛正されるというのも常なのですが。