教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

9/12 BSプレミアム ダークサイドミステリー「幻のニホンオオカミを追え!」

 かつて日本全国にいて野生の生態系の頂点に君臨していたと言われているニホンオオカミ。しかし1905年の最後の目撃以降、絶滅したと言われている。だがその後にも目撃証言が相次ぎ、もしかしたらどこかでまだ生存しているのではないかと疑われている。

秩父でのニホンオオカミ?の目撃写真

 NPO法人ニホンオオカミを探す会の八木博氏は、秩父のあちこちにカメラを仕掛けてニホンオオカミを見つけようと奔走している。そもそも彼がここまでニホンオオカミに入れ込んでいるのは、彼自身が1996年にニホンオオカミと思わしき謎の獣と遭遇しているからである。彼はその時の写真を残しているが、専門家の鑑定によると、ストップと呼ばれる額の段が小さい、尾の先端が黒く背筋にも黒い毛がある、さらに尾にスミレ腺が見られるなど、狼の特徴があるという。

 ではニホンオオカミとはどういう姿をしていたのか。世界中に狼は存在するが、その形態は様々で、体長2メートル以上にも及ぶホッキョクオオカミから、体長1メートルほどのアラビアオオカミまで大きさも様々である。これに対して、ニホンオオカミは江戸時代までは確実に生存していたにもかかわらず、驚くほどにその記録が残っていない。あまりに普通にそこらにいるものだったので、誰もあえて記録を残さなかったのだろうとのことである。

 

ニホンオオカミの姿は?

 ニホンオオカミを描いた絵画は残っているが、果たしてそれがどれだけニホンオオカミの特徴を忠実に反映したものかは疑わしい。ニホンオオカミの写真は残っておらず、標本も国内には国立科学博物館、和歌山県立博物館、東京大学に3体あるのみ。それらを調べると、体長は1メートルほどとかなり小型であるのは分かるが、顔や形の印象は3体ともかなり違う。これについて剥製を製造する剥製師に意見を聞いたところ、毛皮から剥製を造る段階ではかなり剥製師の意志が反映されるので、剥製師自身がニホンオオカミを見たことがなければ、推測などで形態を決めるしかないのだという。つまりはこれらの剥製標本はニホンオオカミの姿を忠実に伝えているかは分からないのだという。

 ただ頭蓋骨の骨格などは残っており、それからも体長は1メートル程度だったのは間違いないという。また最近になって、ロンドンで飼われていたニホンオオカミを描いた図が残っていることが判明したという。それによると、尻尾の先が黒くてスミレ腺があるとか背中に黒い毛がありストップも小さいなど、かなりオオカミらしい姿である。また秩父の写真と非常に類似していることも感じる。

ニホンオオカミの生態は?

 ではニホンオオカミの生態だが、これがよく分かっていない。専門家によると日本では家畜以外の動物の生態を研究する研究者自身がそもそも少ないのだとか(金にならないから)。ただ海外のオオカミの生態などから推測すると、獲物としていたはシカやイノシシで、それらの動物を狩るために低山地帯で暮らしていたと考えられるという。つまりは人間のかなり近くで生活していたということである。実際に秩父ではシカやイノシシなど畑を食害する害獣を駆除してくれる神獣として敬われていたという。その一方で、子どもがオオカミにさらわれたとか、人や家畜が襲われたなどの話もあり、オオカミがかなり人間に近しい存在であったことも窺わせる。

 

海外にあったニホンオオカミのタイプ標本

 またオランダ・ライデン市にある旧オランダ国立自然史博物館に動物の新種を登録する際に証拠として提出するタイプ標本が存在することが判明した。それを見てみると体長1メートル程度は良いとして、丸まった背中にスリムで華奢な体とどことなくオオカミのイメージとは違う。その上にこの標本には山犬との表記がある。この標本はシーボルトが送ってきたものとのことで、シーボルトは地図を持ち出そうとしたことがばれて牢に入れられるなどの混乱の中で送られてきたものらしく、その辺りの経緯がまた不明らしい。

 そもそも山犬とは何なのか。これには1.山犬とオオカミは別種の動物である。2.オオカミの別称が山犬だった。3.オオカミが犬と交雑したものが山犬である。以上の3つの説があるという。そこで最近、このライデンの標本から採取した骨の破片とニホンオオカミの骨破片からDNA鑑定が行われたという。その結果、ライデンの標本は間違いなくオオカミの血を引いているということが分かったという。となれば2か3ということになる。ここでオオカミは飼育下では犬と交雑することが分かっている(甲斐犬などオオカミの血を引く犬種が残っている)が、自然状態では交雑はしないということも知られているという。となればやはりあの標本はニホンオオカミか。

ニホンオオカミの姿を復元する

 最後に番組ではニホンオオカミの復元プロジェクトを、古代生物復元画家の小田隆氏に依頼している。小田氏は残されたニホンオオカミの骨格標本の骨の形を一つ一つ丹念にスケッチし、さらには残されていたニホンオオカミの毛皮なども調査している。このスケッチから骨格全体を合理的に組み上げ、さらにそれを動かすための筋肉を推測しという丹念な作業を行っている。その結果、小田氏が描き上げたニホンオオカミの姿は、ライデンの標本とは違って背筋は伸び、頬回りの毛が長くなることで首がひょろ長い印象がなくなり、さらに日本の野山を駆け回るのに適した大きく盛り上がったつま先を持つなど、いかにもオオカミらしい精悍な姿となっている。この姿なら私も非常に納得できる。

 さてニホンオオカミがまだ本当に生き残っているかだが、これはまだ誰にも分からない。と言うか、絶滅したという証拠もハッキリとなく、かといって生存の確定的な証拠もないわけであるから、いつ発見されたとしても不思議ではない。番組ではもしニホンオオカミが発見されたとなれば、日本人の自然に対する考え方も変わるかもしれないとまで言い切っていたが、これに対しては確かに大騒ぎにはなるだろうが「そこまでなるかな?」と私は少々疑問(笑)。

 


 なかなかに興味深い内容だったが、結局はいくつかの標本などよりも、最後に復元画家が描き上げた姿こそが最もそれらしく思えるというのには、さすがに「ではタイプ標本って一体何なんだ?」というように感じてしまった。なおこの絵を見ればいよいよ秩父の写真はニホンオオカミのようにしか感じられなくなった。

 なお非常に話がややこしくなる原因は、犬とオオカミが雑種も出来るぐらいの類縁種であること。そもそも両者は種として自然に分化したと言うよりも、人間が性質がおとなしくて飼い慣らしやすいタイプのオオカミを家畜化したのが犬という経緯があるから、世の中には「オオカミっぽい犬」というのも結構いて、それが混乱を生む原因になっている。つまりは秩父の写真にしても「オオカミっぽい野犬」と言われたらそれを否定する材料はないということ(番組の専門家は、犬は近づいたら吠えるが近づいてもあまり吠えないのがオオカミと言っていたが、それだけだと確定は無理)。

 なおもしオオカミが生存していたら今各地で問題となっているシカやイノシシによる食害の対策にはなるが、山歩きをよくする私としては、山にクマよりもさらにヤバい動物が増えるのも困りものです(笑)。

 山歩きの必需品です

忙しい方のための今回の要点

・ニホンオオカミは1905年を最後に絶滅したとされているが、その後も目撃証言などが相次いでいる。
・秩父で撮影された獣の写真はおなりオオカミの特徴を示しており、専門家からもオオカミではないかとの指摘もある。
・標本は国内に3体、さらにオランダにケース標本が1体あるが、標本は作者の意図が反映しやすいので、生前の姿を忠実に反映していない可能性がある。
・ちなみにライデンのケース標本は山犬との表記があり、長年本当にニホンオオカミかとの論争もあったが、近年のDNA鑑定の結果、間違いなくニホンオオカミの血を引いていることが判明した。
・番組では古代生物復元画家の小田隆氏にニホンオオカミの姿の復元を依頼しているが、骨格標本や毛皮などの丹念の調査の結果小田氏が描いたニホンオオカミの姿は、精悍なかなりオオカミらしい姿となっている。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・北海道でもエゾシカなどによる農産物の食害を防ぐために、オオカミを放牧すればという意見があるようです。しかし実家が畜産農家でもある荒川弘氏は、「そんなことすれば、オオカミは狩るのが大変なエゾシカなんかよりも確実に家畜を狙うから、お願いだからそんなことやめて」と言ってます。これは実にごもっともです。人間が下手に自然のバランスに介入しようとしたらろくなことがありません。沖縄なんかでもハブを駆除するためにマングースを導入したら、奴らは狩りにくいハブよりも狩りやすいヤンバルクイナなどを餌にして、ヤンバルクイナが絶面寸前なんてことが起こってます。