全米を騒然とさせた完全犯罪のハイジャック
クーパー事件と言っても日本人には今ひとつピンとこない人が多いだろうが(少なくとも私にはピンとこない)、アメリカで有名なハイジャック事件だという。ハイジャック犯が身代金と共に飛行中の航空機から忽然と消えたという未解決ハイジャック事件である。怪我人が一人もいないという鮮やかな手口から、まさに怪盗ルパンをも思わせるような完全犯罪でもある。
完全に虚をついた鮮やかな手口
1971年11月24日の感謝祭前日、スーツに身を固めたダン・クーパーと名乗る一人の中年男がオレゴン州ポートランド空港でシアトル行きのノースウェスト航空305便に乗り込む。アタッシュケースを持ち、服装は完全にビジネスマンのダン・クーパーは後部の座席に乗り込む。客室内には定員の1/4程度の37名が搭乗していた。離陸間もなく、クーパーは客室乗務員に声をかけるとメモを手渡す。そこには「爆弾を持っている」と書いてあった。クーパーの隣に座った客室乗務員にクーパーはアタッシュケースに入った爆発物らしきものを見せ、5時までに現金で20万ドル用意するようにコクピットに伝えるように言う。ちなみに当時の20万ドルは現在の価値ででは120万ドル相当、1億3000万相当に当たるという。
シアトルの管制塔はすぐに警察に連絡、FBIが捜査に乗り出す。当時の捜査官はこの事件に非常に驚いたという。と言うのはそれまで発生したハイジャック事件は大抵はキューバへの亡命を目的にしたもので、犯人をキューバに送り届ければ特に問題は生じず、キューバ急行と揶揄されるぐらい軽い事件だったのだという。またこの当時は金属探知機もなく、空港での保安検査もなかったために凶器や爆弾を持ち込むのは実に簡単だったという。
機内でのクーパーは非常に礼儀正しく普通のビジネスマンのように振る舞っていたので、機内の他の客はまさかハイジャックが起こっているとは思っていなかったという。そのために客室乗務員らとクーパーの間に妙な信頼感が醸成されていたという。
FBIを手玉にとって離陸
シアトル空港ではFBIが待ち受けていた。FBIは事件解決を容易に考えていた。シアトル空港では狙撃手が待ち構え、捜査員が突入の準備をしていた。しかし305便は狙撃手のいるターミナルから離れた開けた明るい位置に停まる。またブラインドが下ろされていて狙撃手が内部を狙うことは不可能となっていた上に、狙撃手が突入しようにもクーパーが周囲を容易に監視できる場所を選んでいたのである。クーパーはすぐに給油を命じる。FBIは身代金の受け渡しの時に突入して身柄を抑える策を立てるが、クーパーは車を自分から見える位置に停まらせた上に、現金は客室乗務員の一人に取りに行かせる。これで身代金受け渡し時の突入も不可能となってしまう。現金を受け取って上機嫌に見えるクーパーに客室乗務員が、人質は自分達がいるから乗客を降ろしても良いかと頼む。するとクーパーはそれをOKしたという。この時に解放された乗客は、FBIに事情聴取されてから初めてハイジャックのことを知ったという。また3人の客室乗務員の内の2人も解放された。
人質が減ったことで、FBIはコクピットの窓から人質を避難させてから突入することを考える。しかしクーパーは客室乗務員を常に近くに置いていたために不可能だった。どうやらクーパーはFBIの作戦を読んでいたようだった。これ以上クーパーを刺激したくないと着陸2時間後に飛行機は再び離陸する。FBIはアメリカ空軍に協力を要請する。
空軍の戦闘機も追跡する中、パラシュートで逃亡
空軍からはF106が出動して、メキシコシティに向けて飛び立った旅客機を追跡する。しかしクーパーはパイロットに「ランディングギアを出したままフラップを15度に下げて飛べ」という指示を出していた。これは空気抵抗を極力増やすことになるので、旅客機の速度は極端に落ちる。さらに高度3000メートルで飛行を指示したという。クーパーは身代金と共にパラシュートを要求しており、高度3000メートルだと息が出来るのでパラシュートで飛び出すことが出来る。ただ通常の旅客機ではドアから飛び出すと主翼や尾翼に衝突する可能性が高くパラシュートでの脱出は不可能だった。しかしクーパーがハイジャックしたボーイング727はエアステアという後方についた階段があったのだという。ここからなら翼に激突することはない。クーパーはそんなことまで計算していた。
しかし空軍の戦闘機が追跡しているので飛び出せば分かるはず・・・なのだが、旅客機があまりに低速度(時速300キロ程度で飛行していたらしい)だったために、戦闘機がその速度に合わせることが出来ず、追い越しては大きく旋回して戻ってくるということの繰り返しになってしまったために、常時監視することは不可能だったという。そしてクーパーは客室乗務員にコクピット内から出ないように命じると、身代金を体にくくりつけるとパラシュートを装着して自らエアステアを降ろしてから嵐の中に飛び出したという。
大捜索にもかかわらず、結局は逮捕できず
給油のために着陸したリノで乗務員が客室に誰もいないのを確認、この時にクーパーが飛び降りたことが発覚する。FBIは乗務員が機内の減圧を確認した時刻からクーパーが飛び降りた時刻を推測、それと旅客機の飛行コースからクーパーが降り立ったと思われる地点を特定、大規模な捜査を行ったが、現場は広大な森林地帯であり、しかも間もなく冬がやって来て雪に閉ざされたことからクーパーを発見することは出来なかった。また身元の特定も行われたが、航空関連やさらに犯罪歴のある退役軍人でパラシュート部隊に所属した人物などの洗い出しを行ったが、決定的な証拠は全くなく、事件はそのまま迷宮入りとなってしまったという。
怪我人0で身代金の奪取に成功という鮮やかな手口は全米を驚嘆させ、この後、大量の模倣犯を産み出したという(彼らはことごとく失敗して捕まったらしい)。そのうちにクーパーを英雄視するような風潮が出てきて、アメリカで人気爆発することになってしまったという(何やら3億円事件を思い出させる)。ちなみにクーパーをたたえる歌まで出たと言うから、これも山本正之作曲でアルフィーが歌った「府中捕り物控」(発売前に発売中止)が出た三億円事件を連想する。
以上がクーパー事件の経緯らしいが、とにかく様々な盲点を突いた犯行であるのは明らかである。空港のセキュリティチェックが甘いという状況をついて、爆発物らしきものを持ち込み、後はすべて計算尽くで交渉を行っている。また空港の状況や飛行機自体に非常に詳しいのも確かだし、パラシュート降下の経験もあるということだろう。また旅客機の速度をギリギリまで落とさせたのはパラシュートで飛び出すためでもあるが、こうすれば軍用機が追跡できないことも分かっていた可能性が高い。
警察は犯罪歴のある退役軍人を当たったみたいだが、犯罪歴があるかどうかは怪しいところだ。むしろここまで計画的で知的な犯行の犯人が、つまらない犯罪歴があるとは思えなかったりする。ただ犯罪歴のない人物を含むと対象者が膨大になりすぎて絞りようがなかったのだろう。さらにパラシュートの経験だったら、民間のスカイダイビングのクラブなんかでも経験することは出来るし、最早対象者を絞りようがないだろう。
ただクーパーはまんまと身代金を持って逃げおおせたということになっているが、本当に逃げおおせたのだろうかというところに疑問もある。嵐の中に身代金を抱えて飛び出したクーパーが、そのまま山の中のどこかに墜落して亡くなっているという可能性も否定できない。とにかく対象地域が広大な上に、事件後すぐに雪に埋まってしまったのなら、遺体などが発見できなかったとしても不思議ではない。私はこの確率が意外に高いような気がしてならないのだが。
忙しい方のための今回の要点
・旅客機をハイジャックした犯人が、まんまと身代金をせしめてパラシュートで逃亡したというのがクーパー事件である。
・犯人はダン・クーパーと名乗り、爆発物をみせて脅迫し、身代金20万ドルを要求した。
・アメリカでそれまで発生したハイジャックキューバ亡命を求めてのものばかりで、身代金要求のハイジャックは初めてでFBIは驚愕した。
・FBIはシアトル空港着陸時に犯人を逮捕する策を諸々練ったが、ことごとくクーパーに見破られて逮捕に失敗、旅客機はニューメキシコに向けて飛び立ったしまう。
・FBIは空軍に協力を要請し、最新鋭のF106戦闘機が追跡するが、クーパーが低高度で低速で飛行することを指示したため、戦闘機は旅客機と併走することが出来ず、追い越しては大きく旋回して戻ってくる羽目になったので、常時監視をすることは出来なくなってしまった。
・クーパーはその隙を突いて、後方のエアステアからパラシュートで飛び出して逃亡する。
・結局事件は迷宮入りしてしまい、その鮮やかな手口からクーパーはアメリカでヒーロー扱いされることになる。
忙しくない方のためのどうでもよい点
・まあ典型的なダークヒーローですが、鮮やかな手口に驚かされることは確かで、日本人が3億円犯人に対して羨望と喝采を浴びせたのと似ています。もっとも当のクーパーは実は森の中で死体になってましたなんて結論だったら、ガッカリする人も多いでしょうが。
・それにしても「ルパン三世」なんかで実際にやりそうな手口だな・・・ってか、飛行機からパラシュートで逃亡するなんてシチュエーションは何度かあった記憶が。
次回のダークサイドミステリー