電子顕微鏡写真の匠を紹介
今回紹介するのは、電子顕微鏡を使って細胞の立体的な写真などを撮影する「電子顕微鏡写真の匠」である。甲賀大輔氏の撮影した細胞の写真は、専門家でさえ「立体的に見たらこうなっていたのか・・・」と唸るという代物である。立体的に映った細胞の写真に人工的に着色した美麗な映像は、NHKの番組などでも多数使用されている(「人体」とか)。
甲賀大輔氏は旭川医科大学准教授。彼が撮影した写真は核やミトコンドリアに小胞体など、細胞内の組織が非常に立体的に見えており、その写真から細胞の機能まで推測するようなことも出来る。
細胞を立体的に観察するための「オスミウム浸軟法」
彼が細胞の写真を撮る手順は、まず細胞の組織を取り出してから特殊な溶液につけて、それを液体窒素で凍らせてからマイナスドライバーで割っている。この後が一番難しい過程なのだが、オスミウム溶液に試料を漬けて、断面の細胞質基質をなくすことで断面が見えるようになるのだという。しかしこの条件が難しいのだという。漬ける時間が短いと細胞質基質が減らなくて何も見えないし、時間が長すぎると見たい構造までもが崩れてしまうのだという。しかも細胞の種類や状態で時間は変化する。甲賀氏はこの難しい条件を長年の試行錯誤によって会得したらしい。これが誰にも真似は出来ないところ。
こうして出来上がったサンプルを走査型電子顕微鏡にセットし、見たい断面が現れている細胞を探すということになる。ただ彼はこの選択にもかなりのこだわりがあり、気に入らない写真は外には出さないとか。もう既に研究者ではなくて、完全に感覚がアーティストになってしまっている。
彼の原点となったのは鳥取大学の解剖学者の田中敬一氏が撮影したミトコンドリアの詳細な写真だという。田中氏はオスミウム浸軟法を開発した人物でもあり、甲賀氏は田中氏のような写真が撮れることを目指して独自にオスミウム浸軟法にトライしたのだという。そうしてついに甲賀氏の写真が専門誌の表紙を飾るに至ったところで、田中氏から連絡があったとのこと。甲賀氏はいたく感動したという。それ以来、作品が出来ると田中氏に送ってコメントをもらっているとか。
甲賀氏が取り組むゴルジ体の観察
とは言え、ただ写真を撮っているだけならやはり単なるアーティスト、しかしあくまで甲賀氏は研究者である。彼が取り組んだテーマの一つがゴルジ体の研究。ゴルジ体は細胞内のタンパク質を完成させて外に運び出す機関であるが、細胞の機能によってその形態が異なるのだという。これを明らかにしてゴルジ体の機能の解明につなげようということである。
ここで甲賀氏が用いた方法が、サンプルを数千分の一ミリ以下にスライスして、これを1サンプル辺り200枚撮影し、それを組み合わせることで立体像を再構成するというとんでもない手間のかかる方法である。しかもこの薄片を切り出すのが湿度などの条件で切り出し条件が変わるという極めて難しい行程。結局はまたもや匠の世界である。なお実はこの薄片切り出し、私は経験がありませんが実は私の知人がまさにこれにチャレンジしたことがあります。極めて難しい作業であり、根と手先と細かい視力が要求されることから、何度もトライした挙げ句に結局彼はこの作業を断念したということを聞いております。
この技術と根気が必要な作業に甲賀氏は取り組んで各細胞のゴルジ体の形を解明している。ただいずれの伝統工芸の場も同じなのだが、この甲賀氏の後継者も目下はいないとのこと。うーん、やっぱり研究者というよりは匠かアーティストである。
何やら奇妙な切り口出来た今回。次回の予告も同じ路線のようであったところから、これからしばらくは「研究界の匠」の紹介になるのか? まあそういう切り口もありではある。
忙しい方のための今回の要点
・細胞の姿を電子顕微鏡で立体的に映し出した甲賀大輔氏の技術を紹介。
・彼が用いる方法はオスミウム浸軟法という方法だが、これが細胞などの条件によって含浸条件が変わるという非常に微妙なものであり、ここに甲賀氏のノウハウがある。
・甲賀氏は研究者として、細胞の機能ごとに変化するゴルジ体の形態の解明に挑戦している。それは一つのサンプル辺り数千分の一ミリ厚の薄片を200枚も切り出して撮影するという根気と技術が必要な観察である。
忙しくない方のためのどうでもよい点
・研究者に必要なものとして、閃きというものもありますが、根気と集中力というものも求められるものです。どうも甲賀氏は特にこちらに特化している模様です。しかしこういう匠って、研究の現場では絶対必要なんだよな。私はこういうのは逆立ちしても真似が出来ない。なにせ不器用なのは折り紙付きですし、根気がなくて飽きっぽいのも昔からですので・・・。
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