教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

6/18 BSプレミアム ダークサイドミステリー「不死身の野獣が村を襲った~ジェヴォーダンの獣事件~」

フランスが震撼した魔獣による襲撃事件

 謎の魔獣がフランスの地方住民を震撼させた事件がある。それがベートの襲撃。正体不明の謎の魔獣に100人以上が犠牲になったという。そしてついにはルイ15世までが討伐に乗り出したという大事件になる。

 事件が最初に起こったのは1764年6月、現場はフランスの南部のジェヴォーダン地方。深い森が迫る山岳地帯の寒村である。最初は14才の少女が斬殺され心臓や肝臓が食い荒らされた状態で発見されたことに始まる。続いてのどをかみ切られた少女や、下半身を持って行かれた少女など、次々と犠牲者が出る。奇跡的に生還した少女は「見たことのない獣だった」と証言したという。

 地域的に見て一番最初に疑われるのはオオカミであったが(私も最初にそれを疑った)、明らかにそれとは異なる特徴があったという。オオカミは食べるために襲うので、遺体を放置したりなんてことは絶対しないという。またオオカミは大抵群れで狩りをするので、単独で襲撃してくるこの獣とは行動パターンが違う。現地の記録では「ベートに殺された」との記されていた。ベートとはフランス語で「凶暴な野獣」との意味だという。

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ベートの想像図 出典:Wikipedia

 犠牲者は事件発生から4ヶ月で8人に及び、すべてが女性か子供だった。魔獣は明らかに弱いものを狙っていた。しかも9月になると、村内で自宅の庭にいた女性がベートに殺害されるという最悪の事件が発生する。悲鳴に駆けつけた村人が目撃したのは、オオカミよりも遥かに大きく、足には鋭いかぎ爪があり、尻尾は異様に長く、背中には一筋の縞模様があるという異形の獣だったという。

 やがて被害の範囲は拡大していく。しかし村人達は猟師以外は銃を所持することを禁止されていたため、棒の先に短剣を付けただけの簡素な槍で自衛するしかなかったという。なお村人が銃の所持を禁じられていたのは、当時のフランスは対外戦争の敗北で困窮していた上に教会や領主からの過酷な収奪に不満を募らせていたので、住民が武装化すると反乱が発生する恐れがあったからだという(ルイ16世の時にフランス革命が勃発したことを考えると、ルイ15世のこの時代はその前夜と言える)。

 

ルイ15世が討伐に乗り出すものの失敗する

 事件はやがてルイ15世の耳にも入り、彼はフランス軍の精鋭である竜騎兵57人を魔獣討伐のために派遣する。国民からの信頼が失墜していたルイ15世は魔獣討伐によって信頼回復を狙ったのだという。しかし実はこれが住民にとってはさらなる災厄につながる。1764年10月、村人も動員されて大規模な山狩りが実施される。事件発生領域を1000人以上の村人が取り囲んで大声を上げながら包囲網を狭め、待ち受けた竜騎兵が駆り出された魔獣を討伐するという作戦だった。しかしこれは完全に失敗する。起伏に富んだ山岳地系のジェヴォーダン地域では完全な包囲網を敷くことが出来ず、魔獣はどこからでも逃走することが出来た。また竜騎兵達は戦争のプロではあっても狩りのプロではなかった。彼らは狩りに有効な猟犬を連れていなかったし、山岳の複雑な地形では騎兵の機動力を発揮することも出来なかった。狩りを始めて4ヶ月、竜騎兵達はわずかなオオカミを仕留めただけだった。しかも竜騎兵からの命令が来る度に村人は無償で山狩りに動員され、竜騎兵達の食事や寝床の提供も村人達の義務であり、村人には余計な負担が増えただけだった。そしてその間も魔獣による襲撃は続いた。この4ヶ月で死者は20人にのぼったという。追い詰められた竜騎兵はついには魔獣を誘い出すために女装するという奇策にまで打って出たが、結局はなんの成果も上げることが出来ないまま翌年の2月に撤退となった。

 ルイ15世は次の手として魔獣討伐成功者に6000リーブル(現在の価値で950万円)の賞金を付ける。フランス中から賞金に釣られた猟師が集まる。そして魔獣は何度も発見されて射撃されるのだが、その度に逃亡して平然と襲撃を繰り返した。魔獣は不死身なのかという評判さえ湧いてくる。しかも同じ日の午前と午後で50キロも離れた位置に現れるなど、およそ野生の獣とは思えない機動力まで見せたという。

 住民達は神に救いを求めたが、教会のカトリック司教は「この災害はお前達の信心が浅いことに対する天罰だ」の声明を出す(まるで東日本大震災は天罰と言った石原慎太郎並に残忍極まりない話である)。この背景にはカトリックとプロテスタントの対立があり、迫害されて逃亡してきたプロテスタントをこの村の住民がかくまったことに対する教会側からの嫌がらせだったという(宗教権力なるものの正体をよく現している事例である)

 

狩りのプロが一度魔獣を退治したものの

 ちなみにこの魔獣・ベートの正体だが、国王に送られた絵ではハイエナを意識した姿であるという(私もこの絵を見た時には「ハイエナ?」と思った)。しかしこれ以外にもライオンだとか虎や豹という説まで諸々あったらしい。しかしフランスで棲息しないこのような動物が挙げられる原因は、当時の貴族が海外の珍しい動物を飼うことが流行っていたからだという。さらには狼男であるという説まで出ていたという。また事件の背後に人間が関与しているという説もあり、実際に猟師で森の番をしていたジャン・シャステルが疑われていた。彼はマスティフという闘犬を何頭も飼っているという噂があったという。確かに人間を襲うように調教された犬なら、家畜を襲わずに人間だけを襲うということも考えられた。

 国の面目丸つぶれのフランス政府は、第3の方法として王国一の射撃の名手と言われ狩りに卓越していた貴族のアントワーヌ・ド・ボーテルヌを派遣することにした。彼は猟犬を引き連れて事件の現場などを調査し、そこから魔獣の行動パターンを推測、魔獣の住処として目をつけた場所で待ち受け、部下らと共に射撃によって見事に魔獣を仕留めることに成功する。彼が仕留めたのは大型のオオカミだったという。死骸はパリに運ばれて剥製として公開される。ただ納得のいかない奇妙な点もあったという。しかしその獣は微妙に目撃証言と異なる上に、彼が獣を仕留めた場所は被害の場所からやや離れてもいた。しかししばらく魔獣の襲撃事件はなくなり、村人達も安堵する。

 

再び現れた魔獣

 しかし2ヶ月半後の1765年12月2日、再び少年2人が獣に襲われる事件が発生。辛うじて生き延びた1人が証言した獣の特徴は魔獣そのものであった。現在、ボーテルヌのオオカミについては彼があらかじめ用意したものを射撃したのではないかと言われているという。国王の命に失敗が許されなかった彼は、最初から獣を用意していたのではないかというのである(あり得る話だ)。さらには魔獣は実は2匹で、その1匹はボーテルヌが仕留めたオオカミだったのではという考え方もあるとか(実際に彼がオオカミを仕留めてしばらくは魔獣の出没がなくなっている)。

 とにかく村人達は再び絶望の淵にたたき落とされたのであるが、国王は彼らの陳情を無視した。威信を滅茶苦茶にされながらようやく解決したと思っていた事件を再び蒸し返されるのは国王にとっては耐えられなかったのだろう。一度事件の終息宣言を出しており、ここで魔獣が生きていたとするわけにはいかなかったのである。確かにコロナの終息宣言を出した後に、再び感染爆発が起こっても政府は存在しないことにするだろう。何にせよ、結局は村人達が自ら解決するしか方法はなくなってしまう。

 1767年6月19日、村人達による山狩りが実施され、黒幕の噂のあったジャン・シャステルもそれに参加していた。そして魔獣を発見したのはシャステル。なぜか魔獣はシャステルを見つめて動こうとしなかったという。そしてシャステルは魔獣を仕留める。こうして犠牲者100人以上の大事件は解決した。これによってシャステルは魔獣退治の英雄として銅像まで建てられたという。魔獣の死骸は剥製としてパリに送られたが、ルイ15世はそれを一目見ることさえ拒否してパリのどこかに埋められたという(まさに隠蔽そのもの)

 

さて魔獣の正体は?

 魔獣の正体については諸説あるらしいが(私が最初に考えた、オオカミ説、ハイエナ説なんかもあるらしい)、シャステルの自作自演説なども有力らしい。しかし1958年に魔獣の解剖書が発見され、尻尾が長くて首が太いことが特徴で、歯の数はイヌ科の特徴を示しているという。そしてそのデータを元に2016年、フランスのジャーナリスがそのデータを元に復元模型を製作したという。ちなみにその画像はまさか画面キャプチャーを掲載するわけにもいかないので割愛するが、制作者はオオカミと犬の交配種と推測しているという。また番組の推測も大型犬ではとのもの。大型犬を交配などで意図的に産み出そうとしたら、その過程でとんでもなく凶暴な犬が生まれてしまうということがあるので、そういうのだったのではという推測である。なお番組の推測はそこまでだが、となるとやはりシャステルが怪しい?


 このモデルの画像が出てくれば一番良かったんですが、ネットを検索しても「ベート」と入れればヒットするのはベート・ローガなる銀髪の半獣人キャラばかりです(このベートというのもやはり魔獣のベートなんでしょうね。ベート・狼牙?)。後は邪神ちゃんドロップキックなるアニメに出てくるペット。ハッキリ言って、どっちの作品も私の興味外です。で、今回のベートに関して出てくるのはWikipediaに出てくる最初の目撃画ぐらいです(この獣は明らかにハイエナに近い)。

 ちなみに私がこの模型を見ての感想も「これは・・・犬だよね」というもの。ハスキー犬辺りをもっと化け物的にしたものという印象。確かに犬でそれもシャステルが飼っていたものだったとしたら、魔獣がシャステルの前で動きを止めたのも合点がいくし、シャステルがそのように仕込んでいたのなら、魔獣が人ばかりを襲ったのも説明がつく。そしてシャステルがそのような犬を産みだしていた目的は、軍用犬か猟犬にするためだったとすれば、これも説明がつく。そして強い犬が出来たものの凶暴すぎて持て余したか、逃亡したか、もしくは騒ぎが大きくなりすぎて隠蔽しようとしたとすれば、これもやはり説明がつく。

 まあ今となっては真相は闇の中です。銅像まで建てた地元としてはシャステルは魔獣討伐の英雄の方が好都合でしょう。今更シャステルが黒幕だったとか判明したとしても、ハッキリ言って誰得の世界ですし。

 

忙しい方のための今回の要点

・1764年フランスの南部のジェヴォーダン地方で、女性や子供が謎の獣に襲われて次々と斬殺されるという事件が発生した。
・この事件に対し、ルイ15世は竜騎兵を派遣したり、懸賞金を付けたりなどの対策を行うが、ことごとく失敗する。
・国王によって派遣された貴族のアントワーヌ・ド・ボーテルヌが巨大なオオカミを仕留めるが、2ヶ月後再び獣による襲撃事件が発生する。
・この事態に対して終息宣言を出していた政府は無視、結局は村人が自ら対応せざるを得なくなり、猟師のジャン・シャステルが見事に獣を討ち取って英雄となる。
・しかし獣の正体は未だに不明。またジャン・シャステルこそが実は事件の黒幕であるとの説もあり、真相は闇の中である。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・まああのモデルが本当に正しいのなら、明らかに魔獣の正体は犬ですが、そもそもあのモデル自体がそういう推論の元に作られたものでしょうから。番組から得た情報からの私の推測は上の通りですが、それにしても番組自体がそういう結論になるように誘導しているのもあるので、断定できるものでもない。
・獣の形態からはハイエナ説、フクロオオカミ説なんてのもあるらしいですが、いずれもやや大きすぎるんですよね。と言うわけで最後に浮上するのは「ショッカーによる改造人間説」(笑)。

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