教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

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"吸血鬼と戦った女帝マリア・テレジア" (7/16 BSプレミアム ダークサイドミステリー「永遠の命!?吸血鬼伝説の真相~人類vs天敵~」から)

 闇に潜んで美女の生き血を狙うモンスター・吸血鬼。現在も映画やファンタジーで活躍しているが、永遠の命を持ってほぼ不死身、そして時にはその外観も極めて魅力的ということで有名なモンスターである。しかしこの吸血鬼の元ネタ自体はヨーロッパの伝説であり、吸血鬼事件も数多く残っている。そしてあの女帝マリア・テレジアがついに吸血鬼討伐を決定? 様々伝説のある吸血鬼の正体に迫る。

 現在一般にイメージされる吸血鬼の代表例であるドラキュラ伯爵は、1897年にイギリスの作家であるブラム・ストーカーが執筆した「ドラキュラ」が元ネタになっている。これはあくまで創作の世界のことだが、実際には歴史上は吸血鬼の登場例が数多く残されているという。

 

東ヨーロッパ各地に残る吸血鬼登場の記録

 ブルガリアの黒海沿岸の町ソゾポル。ここの発掘において心臓に杭の打たれた死体が見つかったという。死体は14世紀のもので、吸血鬼として遺体が甦らないための措置とみられる。またチェコのチェスキー・クルムロフでは18世紀の墓地遺跡で、頭蓋骨をわざわざ切り離して両足の間に置いた遺骨が発見された。遺体を損壊してまで吸血鬼の復活を防ごうとしたのだろという。

 1725年の社交界華やかしきウィーンを震撼させたのは、セルビアのキソロヴァで発生した事件であった。わずか8日間で9人が謎の死を遂げ、全員が死の間際に「10週前に死んだ男に首を絞められた」と証言したというのである。この犯人がヴァンパイアと考えられた。

 セルビアはそれまで永らくオスマン帝国の支配下にあったが、オーストラリアとの戦争でオスマン帝国が撤退し、新たにオーストリア帝国の版図に加えられた地域である。そんな地での未知のモンスターの出現。この話はウィーンを通じて周辺各国にも伝わっていった。ドイツ・ミュンヘンの図書館には小さな村で起きた事件の報告が残っている。セルヴィア南部のメドヴェギア村で、1726年頃に村人4人が原因不明の死を遂げたが、全員が死の直前に「アルノルト・パウルに襲われた」と証言したのだという。アルノルト・パウルは1ヶ月前に事故で急死した男である。村人達が墓を掘り返して棺を開けたところ、完全で全く損傷のない死体が出てきたという。そして目・鼻・口・耳からは鮮血が流れており、髪や爪などが伸びていた。そして村人が心臓に杭を突き刺すと、恐ろしい叫び声を上げたという。

 

しかし実は現代医学ですべて合理的に説明可能

 まさに「ヴァンパイア現る!」という恐ろしい話であるが、死体に詳しい法医解剖医の西尾元氏によると、すべて科学で合理的に説明できる現象であるという。

 まず遺体の腐敗には空気が必要であるので、深いところに埋めると空気が少なくて腐敗が遅れるのだという。土中の方が腐敗しやすいと一般人は考えているが、実は土中の方が空気中よりも腐敗は8倍も遅いのが真実だという。今まで墓を掘り返したことなどない人々が、初めて墓を掘り返して予想外に腐敗していない遺体を見て驚いたのだという。さらには中枢の生命活動が停止しても、身体の隅々の細胞が全て死に絶えるのには時間差があるので、その間に爪や髪などが伸びるのは普通に起こることだという。それは実際に西尾氏も何度も目にしているという。さらに口や鼻などの鮮血は、肺の血管の血液が気管に染み出して出てきたものである可能性が高いという。そして心臓に杭を刺した時の断末魔の叫びは、消化管や肺の中に腐敗して溜まったガスが、圧迫で口や鼻に移動して気管などを通った時に音が出たと考えられるとのことで、実際に西尾氏も奇妙な音を聞いたことはあるとのこと。

 さらには死者が墓から出てこようとして墓場から手がにょっきりと突き出していたなんて例もあるが、これはオオカミや野犬が死肉を食べようとして浅く埋めた遺体を引きずり出したためであると説明できるとのこと。これらの現象を当時の人々は「死体が生き返った」と解釈して納得しようとしていたのだろうという。

 この「死体が生き返る」というのはキリスト教以前のヨーロッパの土着信仰であるという。ヨーロッパ中西部ではカトリックが広まることでこれらの考えは消滅した(死後に復活できるのはイエス・キリストだけというのがカトリックの教え)が、東ヨーロッパはギリシア正教が広まった地域で、ギリシア正教には全体を一括して統制する権威が存在しない上に、オスマン帝国支配下でも地元の宗教に対して寛容だったことから土着の信仰の考えが生き残り、後にキリスト教が入ってきてからも、それで説明できない隙間を土着の宗教で埋めるという形になったのだという。まあ人間は今も昔も説明の付かない現象に納得のいく説明を求める生物である。

 

女帝マリア・テレジアがヴァンパイア調査隊を派遣する

 18世紀の前半にヨーロッパ全域を震撼させたヴァンパイアであるが、当時は啓蒙思想の時代であり、物事を科学的に考える人々が登場していたことから、彼らは吸血鬼は迷信であると断言した。そして政治の側からはマリア・テレジアが動いた。新たに版図に加えたセルヴィアなどを統一的な意志の元に組み込むためには、どうしてもこの事件の真相を調査する必要が彼女にはあったのである。彼女はモラヴィアに地方にヴァンパイアの謎を解く調査団を派遣した。それを率いたのがマリア・テレジアの侍医を務めたゲラルト・ファン・スウィーテンである。

 調査隊はヴァンパイア伝説の残る村で、村人の協力の下で実際に墓を掘り返し、遺体を村の中心部に運び込んだ。そして死体ごとに腐敗の状況を注意深く観察して、スウィーテンは報告書にまとめた。そこには「私は確信した。死体は必ずしもウジ虫の餌食になるとは限らない。墓を暴くとしばしば腐敗のしていない完全に元の姿の死体にお目にかかることがある。従って超自然的理由が何ら存在せずとも何年もの間死体が腐敗しないことがあると結論する。」と記しているという。さらにヴァンパイアが人を襲う方法が人の息を詰まらせるという点に注目。ベッドに寝ていた人がしばしば激しい呼吸困難に襲われたものの、ベッドの上に起き上がると穏やかになったということから、肺などの呼吸器を巡る胸部疾患であると結論した。甚だしい息切れが恐怖と不安を引き起こし、ヴァンパイアの幻想をもたらしたと推測している。

 ヨーロッパでは結核やペスト、コレラなどの伝染病に何度もさらされており、これらの理不尽を人々は吸血鬼のせいにしていたのだという。スウィーテンは「人間は原因が理解できない異常な現象に接した場合には、その現象は人間の力ではどうにもならない不可抗力から来ていると推理しがちなのだ」と報告書に記している。

 非常に終始一貫して科学的姿勢を貫徹しており、私も科学者の端くれとしては非常に尊敬できる態度であると感心する。当時はまだ細菌が遺体を腐敗させてそれには空気が必要というところまで解明されていなかったと思われるが、それをスウィーテンはあくまで観察から「超自然的理由が存在しなくても起こりえること」と客観的に判断しているのが実に見事である。一般人はここで「だからヴァンパイアなんだ」と説明しそうなところだが、そうなっていない。科学者はあくまで客観性と冷静さが必要であるということを示している。

 

社会的に完全否定されたヴァンパイアが後に思いがけない形で復活

 この報告書を読んだマリア・テレジアは1755年に「ヴァンパイア魔法魔女など迷信に基づく行為を禁止する法令」を出し、19世紀になって科学や医学、生物学などが飛躍的に発展する中でよみがえる死者の考えは人々の中から消えていった。なおこの法令には魔女も加わっているが、これはこの時代にもまだ存在した魔女狩りに絡んでいると推測される。マリア・テレジアはこういった不合理な迷信を一掃しようとしたのであろう。流石にハプスブルク帝国を支えた女傑。極めて合理的な考えを持っている。やはり人の上に立つ者は常に現実を直視できる者でないと務まらない。ちなみに横道にそれるが、私は人の上に立つべき者は、心の奥底には燃え上がる理想を抱きつつ、その目は冷徹に現実を捉えている者であるべきと考えている。理想がないとその治世には大義がなくなるし、現実を見据えていないと社会を混乱させる。

 こうして社会から忘れられていった吸血鬼であるが、思いがけない形で復活することになる。それは1816年のレマン湖のほとりの山荘でイギリス貴族で詩人のジョージ・ゴードン・バイロンが集まりの参加者に「ここのメンバーが一つずつ怪奇物語を書く」ということを呼びかけたのだという。この後に「ディオダティ荘の怪奇談義」と呼ばれる一夜の結果、メアリー・シェリーは「フランケンシュタイン」をバイロンの主治医のジョン・ポリドリがバイロンをモデルとして「ヴァンパイア」を書いたのだという。当時は啓蒙思想の反動で精神的なものやオカルトを好むロマン主義やゴシック小説などが登場している時代で、広がっていったようである。そして吸血鬼は様々な亜流を生み、そして1897年に冒頭の「ドラキュラ」がイギリスで登場したのである。

 このドラキュラは東欧の吸血鬼伝説を加えており、ドラキュラのモデルの一人がワラキア公であった別名「串刺し公」のヴラド3世であるという。オスマンの進行を何度も退けた彼は、ドラゴンの息子という意味で「ドラキュラ公」と呼ばれていたという(ルーマニアでは祖国防衛の英雄だという)。このドラキュラが大ベストセラーとなる。植民地の反乱などで大英帝国の終焉が近づいてきている時期であり、そういう社会的不安感が背景にあって多くの人々に受け入れられた要因だと考えられるという。なお現在ではポップカルチャーと結びついて、吸血鬼はむしろ格好良い憧れの存在になりつつあるという。

 

 吸血鬼と言えば私が子供の頃に何度か見た、別名ドラキュラ俳優こと往年の名優クリストファー・リーの一連の古典的ドラキュラ映画が記憶に残るところであるが、その後も吸血鬼と言えば特にアニメ関係で多く目にしているのが記憶にある(「吸血姫美夕」とか)。ドラキュラ、フランケンシュタイン、狼男辺りが三大モンスターであることは「怪物くん」が示しているが(笑)、その内のドラキュラとフランケンシュタインにそういうつながりがあったとは初めて知った。

 なお大抵怪力ぐらいしか取り柄がない描かれ方をするフランケンシュタインに対して、吸血鬼の方は食料が血液というだけ(しかもそれがなければトマトジュースでも間に合うお気楽仕様)で人間と能力が変わらない者から、超能力や魔法まで駆使するほとんど無双の奴まで作品によって様々である。ただやはり美女をおびき寄せてその手にかける必要性から、基本的にはイケメン設定(美女の女性吸血鬼も多い)であり、その辺りが創作世界で大人気になる理由だろう(実はイケメンのフランケンシュタインという映画もあるのだが、ハッキリ言ってマイナーである)。

 なおドラキュラは大英帝国没落時の不安な世相を反映して人気が出たというが、それなら今の経済大国から没落しつつあってパンデミックで不安爆発の今の日本でも人気の出る可能性はあるか。もっとももう既に散々に消費され尽くしたコンテンツであり、なかなか今更新しい側面を出すのは難しいかもしれないが。ちなみに私が描くとしたら、永遠の命ゆえに人間の歴史を見続けてきて、その愚かさと虚しさで厭世的になっていて、自らは既に死ぬことを望んでいるにも関わらずそれが果たされない悲しさを秘めた人物というような吸血鬼像を描くところかな。まあその程度のアイディアは出ますが、残念ながらここから魅力的なストーリーを組み立てる構想力や、さらにそれを魅力的な物語として表現する文才は残念ながら私にはありません。

 

忙しい方のための今回の要点

・吸血鬼の伝説は、17世紀の東ヨーロッパに多数存在しており、それがヨーロッパ全域に伝わって騒ぎとなった。
・その内容は死体が甦ったというもので、実際に墓を掘り出したところ、ほぼ完全な死体が出てきてしかも埋葬時にはなかった血が噴き出していたとか、爪やひげが伸びていたとか、さらには心臓に杭を打つと断末魔の叫びを上げたなどの記録が残っている。
・しかしいずれも現代の科学では完全に合理的に説明できる現象であるという。特に地中深く埋められた死体は空気がないために想像よりも腐敗しにくいという。
・女帝マリア・テレジアは、ヴァンパイア伝説の調査のために侍医のゲラルト・ファン・スウィーテン率いる調査団を派遣、スウィーテンは実際に遺体を掘りだして調査したところ、ヴァンパイアという超自然的理由を持ち出さなくてもすべて合理的に説明できるとして、ヴァンパイアの伝説を完全否定、それを受けてマリア・テレジアはヴァンパイア、魔法、魔女などの迷信を禁じる法令を公布した。
・19世紀になってのめざましい科学技術の進歩などによって吸血鬼は人々から忘れ去られていったが、ゴシック小説が流行しだした時代にオカルトブームに乗って吸血鬼が創作世界に現れたことで、再び社会にヴァンパイアの存在が再認識されることとなり、1897年の「ドラキュラ」によってその人気は不動のものとなった。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・吸血鬼はヨーロッパの土着信仰から来ているといっていたが、現在大人気のエルフやドワーフが活躍するファンタジー世界自体がもろにヨーロッパ土着信仰の妖精の世界なんですよね。しかもファンタジー世界は大抵は多神教世界だし(たまに一神教世界の場合もありますが)。ヨーロッパで消え去ったような過去の伝説が形を変えて極東の島国で大人気ってのは、考えてみれば奇妙な話です。
・まあ欧米で日本の時代劇にはまる人もいるんですから、これもありなんですかね。とにかく人間は異境に憧れるというところもあるようです。もっとも私も転生したらファンタジー世界でいきなり無双になってモテモテになれるんだったら、今のクソゲーかもしくは何かの罰ゲームのような人生なんてさっさと捨てて転生したいですけど。まあこういうオタの妄想を巻き込んで現代の転生作品ブームがあるんですけど。こういう人の妄想や願望を金に結びつける方法を思いついた奴が、現世で無双になれるわけです。

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