教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

11/12 BSプレミアム ヒューマニエンス「"嗅覚"生命のバロメーター」

嗅覚は実は生命と密接に関わっている

 五感の中では存在感が薄く、五感にこだわっていたフロイトでさえ全く重視せず、彼に師事していた医師に至っては「現代人にとっては不要」とまで言い切ったという嗅覚。しかし調べていくほど実は深いものであることが分かってきたという。

 まずある調査報告の結果だが、病気で亡くなった人がその5年以内に患ったことのある疾患から死亡リスクを算出したところ、ガンで健常者の1.5倍、糖尿病が2.1倍、他の病気も軒並み1.5~2倍前後なのに対して、何と嗅覚脱失(嗅覚を失うこと)は3.5倍も数字になっているという。つまり嗅覚障害は生存に影響を与えやすく、生命のバロメーターと言えるという。

 

人によって異なるにおいの感覚

 嗅覚とは空気中に漂う化学物質を認識するものである。しかし視覚や聴覚は機械で再現したり、表現する言葉も多様にあるのに対し、嗅覚についてはせいぜい○○のような臭いというような曖昧模糊な表現しかなく、また機械で再現することも目下のところ不可能である。

 実際に嗅覚は人によって異なるとの実験結果がある。ある化学物質をかいでもらったところ、人によってラベンダーの香りとか柑橘の香りと表現する人がいたら、その一方ですえた臭いとか古い廃墟の臭いと表現する人がいたりで、よい匂いと判断する人、悪臭と判断する人、また全く臭いを感じないという人など様々だったという。実は嗅覚は遺伝の要素で人によって異なるのだという。実際に調香師も「何度訓練して嗅ごうとしても絶対に嗅げないにおいが人によってある」ということは分かっているという。ちなみに今回かいでもらった物質はアンドロステロンという物質で、人の汗に含まれている物質で、豚の唾液にも含まれており、雌豚がこれを嗅ぐと交尾態勢をとるのだとか(つまりは性ホルモンの一種か?)

 臭い物質はこの世に数十万種類あり、それらが混合したものを匂いとして感じている。その配合は実に複雑で例えばシャネルが初めて世に出した香水にはあえてカメムシなどに含まれるアルデヒドという悪臭物質をわずかに混合しているという。そうすることで匂いに深みが増すことが分かったのだとか。それまでは良い香りを混ぜるという方向のみだったらしいので、これは画期的なことであったという。

 また匂いは実は鼻だけで感じるものではない。例えばカレーの映像を見た時に、カレーを食べたことのあるものは誰もがその匂いを想像できるが、それはかつての経験から脳に記憶されたものであり、またそのカレーの匂いは実は人によって異なっている。におい分子は鼻の内部の嗅上皮というにおい分子をキャッチする組織にある嗅覚受容体で電気信号に変換され、これが嗅球という嗅覚受容体から送られた電気信号をキャッチする脳の組織に送られ、ここから嗅皮質という嗅覚情報を処理する部署に転送されるという。この嗅球のそばにあるのが海馬と扁桃体であり、嗅覚情報がこれらの近くを通ることで記憶と密接に結びついているのであるという。さらには扁桃体は情動を司る器官であるのでにおいは感情とも結びつきやすいという。嗅覚とは記憶に残りやすい感覚だが、記録に残しにくいものであるという。

 

進化と共に嗅覚が変化した

 人間がかぎ分けることができるにおいは数10万種類の中の1万種類程度で、さらにその中から選んでかぎ分けているという。かつて人類の祖先だったナメクジウオのころの嗅覚受容体遺伝子の数はたったの1つだったが、陸上進出と共に一気に数が増加した。犬は811個の嗅覚受容体遺伝子を持ち、さらに象に至っては1948個も持っている。さて人類であるが398個まで減らしているという。我々の祖先は樹上生活をしていたために外敵を察知するのは嗅覚よりも専ら視覚に頼ることが多かったために不要な嗅覚受容体遺伝子を減らしていったと考えられるという。嗅覚受容体遺伝子というのは実は他の遺伝子に比べて実に変化の激しい遺伝子であるという。視覚の遺伝子は数億年の間ほとんど変わっていないのに対し、この間に嗅覚の遺伝子は劇的に変化している。人間とチンパンジーの遺伝子を比べるとチンパンジーの嗅覚受容体遺伝子数は397と数では1しか違わないが、その中身は大きく異なり、共通祖先から受け継いだものは75%に過ぎず、25%はそれぞれことなる嗅覚受容体遺伝子を持っているという。チンパンジーは果実を主食とするので、果実のにおいに関する感覚が鋭く、それに対して人は食料を焼いて食べるようになったので、それに関する感覚が鋭くなったという。食べ物の豊かな風味をかぎ分けられるようなったのが人間であるという。

 ちなみに人間は398の受容体の組み合わせでにおいを感じているということなので、単純に数学的にこの組み合わせパターンを考えると2の398乗のにおいを感じるということになる。これは感覚的にはほぼ無限に近い組み合わせとも言える。

 

風味が人に与える大きな影響

 この風味というのが人間に大きな影響を与えている。番組ではワインを鼻をつまんで飲んで、途中で鼻を解放するという実験をしているが、鼻から手を離した途端に豊かな風味が炸裂して一気に色が付いたように感じるという。風味というのは鼻先から来るにおいと喉から湧き上がって鼻に通じるにおいが混じり合ったものだという。これを感じられるのは人間だけで、チンパンジーは人間と発声器官が異なる影響で、これらの風味を人間のように感じることは出来ないという。人間が食にこだわるのはこの辺りにあるのではとのことである。

 実際に嗅覚疾患を患った女性に話を聞いている。彼女は血管疾患によって嗅覚を失ったのだという。嗅覚を失ったことによって生活がカラーからモノクロに変わってしまったという。彼女は元々フードライターだったらしいのだが、嗅覚を失うことによって食べ物を楽しめなくなったと言う。霜降りの肉は脂っこいだけで食べられたものでなくなり、一方の赤身の肉は濡れた段ボールをしがむような感覚になってしまったとのこと。また自分の体臭がしていないかやたらに気になるようになったという。さらにガスが漏れても火事が起こっても分からないし、食品が腐っていても分からないと命に関わるような危機の可能性まであるという。そして生きる楽しみが7割方なくなったことで鬱状態になったという。

 彼女は現在、記憶の世界からにおいを取り戻す訓練を行っている。わずかに残っている嗅覚からにおいの記憶を再構築するという訓練だという。わずかに戻ってくる嗅覚が現在の彼女にとっての希望となっているという。これも嗅覚が記憶と密接に結びついていることによるものだという。

 

 たかが嗅覚、されど嗅覚であった。ここまで嗅覚が感情などと密接に結びついていると言うことが明らかになった以上、フロイト心理学には大きな盲点があったと言うことでもあるようだ。

 味覚の半分方が実は嗅覚によるものというのもかなり有名な話で、だから嗅覚が鈍い者は味が分からないという話がある。確かに風邪などで鼻が完全に詰まってしまったら、食べ物自体が美味しくなくなるのは事実。そう言えば「美味しんぼ」で、山岡士郎が頭を打った影響で嗅覚がなくなってしまって「これでは究極のメニューができない」って話があったな。

 織田裕二氏がケニアに行った時になぜか非常に懐かしい感覚を受けたと言っていたが、それについて何か幼い頃の記憶と関係するにおいに似たものを感じたのではという指摘があった。実は私も以前に松山駅に降り立った時に何かまさに前世の因縁を感じるような懐かしい感覚がしたのだが、それも嗅覚刺激によるものか。同様の感覚は実は長崎に降り立った時にも感じており、松山と長崎に共通するにおいとはなんであろうかなんて考えが頭を巡ったりしている。

 

忙しい方のための今回の要点

・嗅覚は軽視されがちの感覚であるが、実は嗅覚を失うことは生命にとって重要な危機になるという調査報告がなされている。
・鼻の嗅覚細胞でキャッチされた化学物質の信号は脳に送られるが、その信号は海馬と扁桃体のすぐ近くを通ることから、におい信号は記憶や感情と結びつきやすいと考えられている。
・また嗅覚受容体遺伝子数は進化に伴って劇的に変化しており、人類は不必要な遺伝子は減らすなどの真かを行っている。その変化は非常に激しく、チンパンジーと人を比較した時も、25%の遺伝子は異なっているという。
・人類は火を使って調理することから、風味に関する感覚が強くなっており、これが人が食にこだわる理由となっていると考えられるという。
・実際に嗅覚を失うと食べ物が美味しく感じられなくなり、さらにそのことによって鬱につながるという。
・嗅覚を失った人のために、残った嗅覚からにおいの記憶を再構成するというトレーニング法もあるという。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・確かににおいって、本能と直接に結びつくというか、理屈抜きでの快・不快に結びついたりするんですよね。何となく嫌な感覚とか、何となく危険な感覚ってやつに。よく「血の臭いっ!」なんて話があるが、危険な記憶と結びついたらそういう感覚が鋭敏になるんでしょうね。
・視覚と聴覚がロングレンジの感覚で、味覚と触感は0距離の感覚なのに対し、嗅覚ってのはミドルレンジなんですよね。その特異性ってものはあると思う。

次回のヒューマニエンス

tv.ksagi.work

前回のヒューマニエンス

tv.ksagi.work