教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

1/9 NHKスペシャル 2030 未来への分岐点1「暴走する温暖化脱炭素への挑戦」

2030年が地球の分岐点になる

 世界規模の様々な社会問題などが噴出し始めた現代であるが、2030年にはそれが引き返せない臨界状態に達するので、今からの10年の内に何とか手を打つ必要があると言うことを訴えた、かなり切実な内容のシリーズである。第1回は地球温暖化。炭酸ガス排出量の増加に伴う温室効果による地球温暖化は指摘されていたが、それの臨界点が2030年にあるという。

 

急激な地球温暖化の進行

 現在問題として明らかに起こっているのが極地の氷の減少。グリーランドでは氷床が溶け、氷河が次々と崩落している。2019年の1年だけで5320億トンの氷が溶けたという。これは東京23区に注ぎ込んだとしたら水位がなんと800メートル以上にもなるという量。この量が毎年溶けているのだという。

 また温暖化によって乾燥による森林火災が多発している。オーストラリアでは大規模な森林火災が発生し、カリフォルニアの山火事では都市が真っ赤に染まった。去年、世界で焼けた森林の面積は約63万平方キロで、これは日本の国土のおよそ1.7倍に相当するという。

 さらに温暖化で新たなリスクが浮上している。去年38度という異常な高温を記録したシベリアでは永久凍土が溶け始めており、ここに封印されていたウイルスが解放されることが懸念されている。永久凍土から見つかったウイルスの1つのモリウイルスは、細胞内に入ると12時間で1000倍に増殖、細胞を死滅させて周囲に満ちあふれることになったという。このようなウイルスが新たな感染症を広げる可能性が指摘されている。

 

地球の復元力を越えてしまった人類の活動

 今まで地球は人類による環境破壊に対しての復元力を持っていると信じて、人類は地球の大きさに甘えてきた。しかし急激に巨大化する人類の活動は既に地球の限界に突き当たっているのだという。世界の自動車保有台数は60年で10倍の14億台となり、電気の消費量は70年で25倍に、肉の増産のために森林が次々と伐採されて消滅していった。この30年間で今や人類は地球を不安定化させるだけの力を持ってしまったのだという。そして現在は緊急事態のまっ最中であり、この10年以内に手を打たないと手遅れになるのだという。

 影響は日本にも台風の強烈化などによって現れている。台風19号をシミュレーションしたところ、温暖化の影響で豪雨が発生したことが明確になったという。1980年の気象で台風をシミュレーションしたものと比較すると降水量が10%も増加しているという。

 これは河川に影響を与える。千曲川に注ぎ込む水の量を計算したところ、温暖化前では洪水の危険がほとんどなかったのに、温暖化以降では洪水領域が大幅に増加していた。そして堤防が決壊した時の被害も甚大なものに増加している。

 

+1.5度が決定的な破綻を招く

 このまま温暖化が進むと2030年には平均気温が+1.5度になるという。そしてこれが恐るべき事態を招くのだという。ポツダム気候影響研究所のロックスとローム博士が3年前に発表した衝撃の論文が「ホットハウスアース理論」である。これは+1.5度が地球の臨界点であり、臨界点を越えると気象が暴走して手のつけようがなくなるのだという。

 まず北極の氷が急速に消滅し、氷の表面で反射していた日光が海水に吸収されるようになって極地の水温が急激に上昇する。これはシベリアに影響を与え、永久凍土の融解によってそこに閉じ込められていた大量のメタンガスが解放される。メタンは二酸化炭素の25倍の温室効果ガスである。そしてこれらの北半球で起こった変化は南半球にも影響を与え、アマゾンが乾燥化することで森林が消滅、森が貯蔵していた二酸化炭素が一気に放出されることになる。そしてついには南極で氷が融解して海面が1メートル上昇する。これらの連鎖によって2100年には+4度にまで達するというのである(しかも一旦始まると抑える手段がない)。

 こうなると日本でも夏の屋外に出ることは実質的に不可能となる。屋外作業可能な時間は3~4割減少し、東京23区の熱中症リスクは13.5倍に救急搬送は24万人に達し、医療は崩壊する。全国の砂浜の9割は消滅し、漁業も海水温上昇で壊滅的打撃を受ける。屋外での運動などは不可能となり、アジアでは夏にオリンピック開催が可能となる都市は標高の高いモンゴルのウランバートルとキルギスのビシケクだけになるという。

 そして台風の脅威はさらに増加する。+4度となると台風の降水量は30%も増加し、広い範囲が危険なレベルとなる。東京では荒川に大量の水が流れ込み、堤防決壊から12時間で水は浅草周辺に及び、浸水の深さは1メートル、決壊部分から10キロ離れた都心部も水没して都市機能は完全に麻痺する。水害は2週間に及び、浸水戸数は61万戸、死者は2300人(私にはかなり過少な見積もりに感じられるが)、孤立者は54万人に達すると推算されている。

 

危機を回避するためのEUの取り組み

 このような危機的未来を避けるためにEUが先頭を切って動き始めている。EUでは経済成長と温暖化対策を両立させるグリーンディールを発表、2030年までに120兆円を投資するとしている。EUは科学的事実に基づいて行動を開始しているのだという。

 +1.5度を防ぐためには2030年には二酸化炭素排出を半減、2050年には森林などによる吸収によって実質0にする必要があると言う。しかしこれは容易な数字ではない。新型コロナによるロックダウンの影響による経済活動の停滞でも、削減された排出量は7%だという。社会システムを根本的に変換しないと達成は不可能である。

 そこでEUではまずエネルギー供給を再生可能エネルギーに変換し、製造業などでもリサイクルを進めるなど循環型にしようとしている。しかしこれらはコストアップとなって競争力的には不利になるので、国境炭素税を導入して温暖化対策をとっていない企業に対価としての税金を支払わせるシステムを検討している。また電気自動車普及のために100万基の充電設備を整備する。住宅・公共施設の断熱化を進めてエネルギー消費を減少させるなどを進めている。2030年に排出量55%削減を目標としている。

 産業界でも変化は始まっている。発電量ヨーロッパ2位のドイツのRWEでは、収益の柱だった石炭火力発電所と採掘場を相次いで閉鎖し、2030年までに排出を75%削減する計画である。6000億円を投資して洋上風力発電事業を軸にした会社に生まれ変わって世界市場を狙っているという。

 また市民も太陽光発電のシステムをネットーク化し、発電所の発電量が多い時に地域の蓄電池に貯蔵し、足りなくなった時にはそこから供給する仮想発電所の動きが始まっている。

 

「誰も置き去りにしない」ことと若者の動きが鍵

 ただし社会システムの急激な変化に対して雇用が失われるなど反発する人々も増えている。だからこそ「誰も置き去りにしない」ということが大切だという。公正な変革でないとグリーンディールは成功しないという(この「公正な」というのが日本では絶望的に聞こえるのだが)。

 これらの動きを後押ししたのは若者たちでもある。彼らにとってはまさに自分達の時代の話である。そしてその動きは当初は温暖化対策にとって積極的ではなかったバイデン次期大統領をも動かした。若者たちの大きな声を無視できなくなったバイデン氏は変化を始め、現在は2050年脱炭素を掲げている

 先のロックスとローム博士は、私たちが直面している課題を思い起こさせる言葉としてアインシュタインの「悪い行いをする者が世界を滅ぼすのではない。それを見ていながら何もしない者達が滅ぼすのだ」という言葉を上げている。

 

 温暖化問題が切実化していることは感じていたが、2030年という具体的期限を掲げられたことでより切迫度が身に迫ってくる。もっともこれらについてもデマだと顔を背けて眼前の利益のみを追求している者は少なくない。それに対して「お前達はそのまま逃げ切るかもしれないが、それのツケを払わされるのは自分達だ」と若者が立ち上がるのは至極当然に思える(ただし日本では若者が異常に感度が低いが)。

 世界的に見た場合、アメリカが目の前の課題よりも自分の個人的利益を優先して科学に背を向けていたトランプの時代が終わったことというのが一番の朗報だと思う。ただ基本的にアメリカが資本家の目の前の利益が最優先な国ということを考えると、果たしてバイデンがどこまで本気で動くかには懸念もある。ましてや国民の命よりも己の利権が最優先の日本政府となればさらに先行きは暗い。またEUにしても、目下のところEUの良心のように動いているドイツのメルケルの存在が大きいのだが、彼女も引退を表明しており、誰が後任になるかによって大きく失速する危険もある。

 残念ながら世界全体で見ると、知性的に将来の危険を予測して回避しようとする者よりも、将来に迫る危険からはわざと目を背けて現実逃避してしまう輩の方が多いのではないかという気もする。この辺りが一番の問題。

 最後に私の言葉「賢者は将来を予測して行動することが出来るが、愚者は実際に経験しないと行動できない。さらに実際に起こっていることからさえ目を背けて学ばない者は最早狂人である。」

 

忙しい方のための今回の要点

・地球温暖化が問題となっているが、科学者達は2030年が一つの臨界点であり、これから10年の行動によって今後のシナリオが決定すると予測している。
・このまま行けば2030年には平均気温が+1.5度になり、それがきっかけに極点の氷の消滅による極地気温の上昇、永久凍土の融解による温暖化ガスであるメタンの解放、アマゾンの乾燥化による森林の消失、南極の氷の大規模な融解の連鎖で、2100年には平均気温が+4度にまで上昇するとの指摘がある。
・こうなると日本では夏の外出は不可能となり、さらには台風の大規模化で荒川が決壊、首都圏は二週間にわたって水没して甚大なる被害が発生すると予測されている。
・防ぐには2030年で排出二酸化炭素を50%削減、2050年には森林による吸収とで実質0にしないといけないとされる。
・これの実現には社会構造の変革が必要だが、既にEUでは2030年までに120兆を投資して、再生可能エネルギーの導入、企業活動の変革、建物の断熱化によるエネルギー削減などに取り組みを開始しており、2030年で55%の二酸化炭素削減を目指している。
・しかし社会の変革によって仕事を失う可能性があると反発する者も少なくなく、「誰も置き去りにしない」ということが非常に重要である。
・一方のアメリカでは、当初は温暖化対策に熱心ではないとされていたバイデン次期大統領が、若者の強い声に突き上げられる形となって姿勢を転じ、2050年に脱炭素を掲げることとなった。


忙しくない方のためのどうでも良い点

・実際は科学者はもっと早くから警告していたのですが、社会がずっと目を背けて目の前の利益追求に邁進していたんです。しかし今度は最終警告になりそう。果たしてそれが社会に広く浸透するかどうかが勝負です。どのみちトランプのような奴は「オレが死んだ後の地球が滅ぼうがどうしようが関係ない」と考えるのは確実なので、もっと理性的に考えることが出来る者を支援していくことが重要。特に若者の自覚はかなり必要。

次回の放送

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