教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

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1/27 NHK 歴史秘話ヒストリア「みんな大好き!国宝 鳥獣人物戯画」

大人気の鳥獣人物戯画を紹介

 今回は日本の漫画の原点とも言われ、人気も非常に高い鳥獣人物戯画である。数年前に京都国立博物館で公開された時には何時間待ちもの長蛇の列が出来たことも記憶に新しいところ。番組ではこの作品が大好きであるという渡邊佐和子が高山寺を訪問しているが、ややテンションが上がっている。なおそのついでに好きすぎて自分で描いたという鳥獣人物戯画が公開されているが、これが実に上手。彼女にこんな特技があったとは。

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有名な鳥獣人物戯画の甲巻

 鳥獣人物戯画が描かれたのは鎌倉時代の初期とされている。甲乙丙丁の4巻からなるが、有名なのはカエルと兎の相撲が描かれている甲巻である。この作品が収蔵されていた高山寺は奈良時代に開かれた寺院だが、鎌倉時代には高僧・明恵上人によって学問の寺として知られていたという。

 

 

なぜこの絵巻が製作されたのか?

 この甲巻は特に表現が漫画的であり、手塚治虫を始めとして多くの漫画家もこの作品に魅せられたという。兎やカエルを擬人化して生き生きと描いているのが特徴である。ただ非常に分かりやすい作品にも関わらず、この絵巻がどういう意図で制作されたかは専門家をも悩ませている。というのもこの絵巻には詞書きがないためにいわゆるストーリーが不明なのであるという。

     
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 だから専門家によって諸説あるという。北九州市立大学准教授の五月女晴恵氏は、兎と猿とカエルが描かれていることから、これらの動物が古代からどういうイメージで扱われてきたかを調べたという。すると猿は仏教と関係が深く、兎は不思議な力を持ち悪さをしたものを懲らしめる(カチカチ山か?)。そしてカエルは大きな出来事の前触れとなる存在だったという。実際にこれらの動物を神聖視するのは他の絵巻などにも見られるという。だからこれらの動物が楽しく遊んでいるというのは一つの吉祥なのではないかと推測している。

 京都大学の名誉教授の西山良平氏は乙巻と比較することで分かることがあるという。乙巻には動物がリアルに描かれているのだが、前半には馬や牛など人間の近くにいる動物が描かれているという。これらは甲巻にはほとんど登場しない。これについて中国に六畜(牛・馬・犬・猪・鶏・羊)という概念があり、これらのお産や死は禍として避けるべきものと考えていたという。これらのことから甲巻と乙巻は製作意図の違いがあるという。リアルに描いている乙巻と違い、甲巻は現実とは距離感があり、これがセットになっているところに当時の人々の思想があるのではという(正直、今ひとつ何を言ってるのかがよく分からなかった)。

 さらに丙巻が甲巻の鍵になるという考えもあるという。丙巻は前半は人が描いてあり、後半には動物が描かれている。そしてこの巻の最後に秘蔵秘蔵の絵本なりという記述があり、建長五年 竹丸と書いてあるという。竹丸が誰なのか分からないが子供だと推測できる。ただ高貴な子供だったと考えられ、子供がターゲットだったのではないかという。

 東京国立博物館の松嶋雅人氏はそこからさらに踏み込んで、鳥獣人物戯画は幼くして非業の死を遂げた安徳天皇のような人物の怨霊を鎮めるために制作されたのではないかと推測している。甲巻に描かれたのは一種の楽園ではないかという。

 

 

鳥獣人物戯画が辿った数奇な運命

 高山寺はかつては大伽藍であり、多い時には数万点の経典が収められていたという。鳥獣人物戯画はその一点であったが、今日に伝わるまでには数奇な運命を辿っているという。

 鳥獣人物戯画が最初に記録に出てくるのは室町時代の1519年の高山寺の収蔵品の一覧に「シャレ絵三巻」と記されているのみだという。この時代はそれほど重要視されていなかったことが覗える。そして戦国時代には戦火で数万点の経典の半数近くが焼けてしまう。実は鳥獣人物戯画も水を被ったらしき跡があるという。江戸時代にこの傷んだ戯画に救いの手を伸ばしたのが後水尾上皇の妻の東福門院で、この絵巻がいたく気に入った彼女は、高山寺に絵巻修復を勧めたのだという。その時の箱は国立博物館に所蔵されている。

 時代が明治になるとここで登場するのがコレクターでもあり鑑定家でもある蜷川式胤。博識を買われて東京の政府に出仕していた彼は、明治新政府になって神道重視の結果として寺院の補助がなくなって困窮化し、その宝物が散逸したり破棄されることを嘆いていた。どうするべきかと悩んでいたが、1871年に太政官が古器旧物保存方という布告を出す。まさに蜷川が望んでいたものだった。その翌年に蜷川達は京都や奈良を回り、寺院が所蔵している宝物を調査する。その時に蜷川は高山寺で鳥獣人物戯画に出会ったのだという。この絵巻に感心した蜷川は「最も主たる物」と記し、鳥獣戯画の詳細な記録を残したのだという。16年後の1888年に宮内省、文部省、外務省の調査団が「日本が世界に誇りうる日本美術の名品」を選ぶために京都を訪れる。その時に候補に入っていたのが鳥獣人物戯画であり、そこには蜷川の記録が大きく影響していたという。そして実際に鳥獣人物戯画をみた調査団はその凄さに唸ったという。そして11年後には国宝になった

 

 

 なんとも言えない魅力があるのが鳥獣人物戯画である。特にあの甲巻は私もご多分に漏れず好きです。漫画的で非常に躍動感がある。何度見ても何となくニンマリしてしまう。そう言う意味ではこれこそが楽園なのだという指摘も頷けないでない。

 ただ何度見ても分からないのは何のために描かれたのかと言うこと。まあ最初に「シャレ絵」って記されていたぐらいだから、絵心のある高山寺の僧侶が暇つぶしにさっさと描いたのかもしれない。そしてそれが「おっ、これはなかなかの傑作」と後世に残ったのかも。

 鳥獣人物戯画の製作意図については諸説出てましたが、ここで私も一つ説を掲げておきましょうか。それは日本最古の同人本という説。高山寺に漫画の才能を持つ僧侶がいて、それが余興としてこの絵巻を作成したという物。実は彼の作品はもっとあったのだが、残念ながら残存しているのがこれだけという説である。後は考えられるのは、実は説法を分かりやすくするための初心者用の資料だったという説。元々は解説もついていたのだが、後に秀逸な絵の部分だけがまとめられて絵巻になったというものである。つまり元々は「漫画で分かる仏教」なんて感じの作品だったということ。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・高山寺に伝わる鳥獣人物戯画は甲乙丙丁の4巻からなるが、カエルや兎の描かれた甲巻が一番有名である。
・絵巻の製作意図は不明であるが、聖なる世界を描いたものであるとか、非業の死を遂げた高貴な子供(安徳天皇)の怨霊を鎮めるためだったとか諸説ある。
・この絵巻は鎌倉時代初期に描かれたが、初めて史料に登場するのは室町時代で、高山寺の肖像品目録の中に「シャレ絵三巻」として登場する。
・その後、戦火で焼かれかけたりなどして傷んだ物を、江戸時代に東福門院によって修理が行われる。
・明治時代の文化財の調査でその価値が再発見され、ついには国宝に指定される。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・クール・ジャパンの原点のような作品ですから、これは確かに世界に誇れる物だと言えます。現代の漫画につながる日本の絵画の歴史はまさにここにありですから。
・なお京都国立博物館で公開された時はとんでもない混雑だったので私は見学を断念しています。しかし実はその翌年ぐらいに中之島香雪美術館でも公開されたんですよね。だけどその時はあまり宣伝されていなかったのか、私はスッと入場できてこの作品を鑑賞してるんです(笑)。

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