教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

2/10 NHK 歴史秘話ヒストリア「1300年 奇跡のリレー 国宝 聖林寺十一面観音」

国宝第一号の仏像について

 聖林寺にある十一面観音は日本の国宝の第一号である。この観音像に込められた多くの人々の思いについて紹介。ちなみに今年と来年に東京と奈良で十一面観音の展示が行われるようなので、いわゆるそれの宣伝も兼ねるというこの番組で良くあるパターンの模様。

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これが東京と奈良で開催されるようです。

 まずは実際に聖林寺に十一面観音を見に行くところから始まっているが、この観音像は前に立って見ていると、こっちに迫ってくるような感覚を受けるという。

 なぜそのような感覚を受けるかは仏像の構造から分かるという。この観音像は木芯に木の粉を漆で練ったものをつけてから整形している木芯乾湿造なのであるが、復元の作業の時に内部を調べたところ、心柱に三角の部材を当ててやや前に傾けた形になっていることが分かったという。像が直立していると、高い位置にある観音の視線は遠くを見るような形になるが、前に傾けることでこちらを見ているような感覚になる。これがこちらに迫ってくるかのような印象を受ける理由であると言う。

 

疫病などからの救いを求めて造立される

 この像が造られたのは1300年前の奈良時代。この時代は疫病の流行や天災で民衆は苦しんでいた。それで仏に救いを求めて多くの仏像が作られたという。この時に天武天皇の孫で国の祭祀を担当していた文室浄三が苦しむ人全てを救える仏様として、十一の顔であらゆる方向を見て人々を救う十一面観音の造立を考えたのだという。そして浄三は観音像を置く場所として、現在は三輪山を御神体とする大神神社(当時は大御輪寺)を選んだ。日本書紀に天皇の命で三輪山に祈りが捧げられる疫病が収まったとの記述があることから、疫病を抑える力がある地として選ばれたのだという。こうして仏師達が持てる技術の限りを尽くしてこの像を造った。なおこの像の光背は薬草をかたどった珍しいものとなっている。

 

廃仏毀釈をくぐり抜けて、フェノロサによって見出される

 しかし時代が明治を迎えるとこの観音像は危機を迎える。神道テロリストによる文化破壊の愚行である廃仏毀釈である。これで十一面観音も打ち壊される危険に直面したことから、この像を守ろうとした人がこの像を聖林寺に預け、密かに聖林寺で保管していたのだという。

 この十一面観音像に再び光を当てたのはフェノロサだった。日本美術に傾倒し、奈良を回って打ち捨てられた仏像を見て心を痛めたフェノロサは、聖林寺で密かに保管されていた十一面観音像を見てその圧倒的写実性に深い感銘を受けて感嘆する。この像はどんな金銭にも換えることも出来ない至宝であると考えたフェノロサは、この像が広く公開される必要を感じる。そして仏像を入れる厨子を建造するための費用を寺に寄進する。さらに調査を進めた結果、多くの仏像が維持するのに寺の力だけでは不可能であることを感じたフェノロサは、政府に働きかけて仏像などを保存するために国の援助が必要であることを訴える。こうして10年後、古社寺保存法が制定されて優れた文化財は国の手で保護されることになるこの時に国宝という言葉が生まれたという。なお厨子は老朽化したので、現在は像は新たな収蔵庫に移されているが、この収蔵庫も耐震性に問題があることが判明し、修繕費用をクラウドファンディングで募集したところ目標額を上回る寄付が集まったとのこと。

 

 国宝第一号の仏像の話ですが、確かに優美な体つきと言い、細かい表現と言い、フェノロサが息を呑んだのが納得できる。それにしてもこんな像まで破壊しようとしていた神道原理主義者のキ○○イどもは・・・。実際にこの時期に破壊されてしまったり海外に流出した国宝級の文化財は多数存在するので、このバカ共の蛮行は国の価値を損ねるものとして、愛国者を自称する私(よくネットでこれを唱えてアジア人差別を吠えている連中とは、全く違う観点からの愛国者であるが)としては怒り心頭である。もっともこの時に心ある海外のコレクターに「保護」されたおかげで、その後の愚かな戦争などによる焼失等を免れた文化財もあり、その辺りは非常に複雑ではあるが。地元民が一番その土地の良さを分かっていないという例が多いが、日本の文化財の価値も実は日本人が一番分かっていなかったりする。

 

忙しい方のための今回の要点

・国法第一号の十一面観音像は、実はわずかに前傾して作ってあり、それがこちらに迫ってくるような感覚を抱かせるようになっている。
・この像は疫病や天災で人々が苦しんだ1300年前の奈良時代、国の祭祀を担当していた文室浄三が十一の顔であらゆる方向を見て人々を救う仏様として造立した。また最初は疫病を抑える力があるとされた三輪山の麓の大御輪寺に安置された。
・明治になり、廃仏毀釈の嵐から逃れるために聖林寺に隠された。この像をフェノロサが発見して感銘を受け、広く公開するべきとして厨子を寄贈すると共に、仏像の保護を政府に働きかけた結果として古社寺保存法が制定され、国宝が誕生することとなった。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・仏像というのは時代で様式が変化するのでその辺りがなかなか面白いです。私が以前から大好きなのは運慶・快慶辺りのいわゆる鎌倉仏。金剛力士像なんて見ていると身震いしそうになりますね。信心は皆無なんですが、純粋に彫刻として惹かれます。

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