教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

2/7 NHKスペシャル 2030 未来への分岐点2「飽食の悪夢 水・食料クライシス」

2030年、食料と水の問題が分岐点を迎える

 飽食といわれている日本。現在の食品廃棄物は年間612万トンで国連の食糧支援の1.5倍にも及ぶ。しかし現状をいつまでも謳歌できるわけではない。その分岐点も2030年だという。

 番組では国連世界食糧計画(WFP)ディビッド・ビーズリー事務局長にインタビューを行っているが、まず現状では食料システムが持続可能ではないのだという。昨年の穀物生産量は26.7億トン過去最高となっており、この食料を人口で単純に割ると、1人1日2348キロカロリーで生存に十分な量になる。つまり現状の食料で現状のすべての人間を養うことが出来るのだという。しかじ現実には飢餓人口は上昇を続けている。ここに構造的な問題が存在するのだという。

 まず言えるのは、先進国を中心に増加している肉食が自然に負荷をかけている。牛肉1キロを生産するには穀物が6~20キロ必要となる。実に世界の穀物生産量の1/3が餌として消費されているのだという。つまりこれらが貧困層から食料を奪っていることになる。

 

世界的な水の不足

 さらに穀物栽培に膨大な水が必要であるという問題がある。アメリカの穀倉地帯では帯水層の地下水を汲み上げて大規模生産が行われてきたが、近年は地下水の枯渇が相次いでいるという。これらの地域では地下水が後10年でなくなると推算されている。世界全体で見た時、2030年で世界の7割の地域で地下水の枯渇が発生すると推測されているが、これは現状の消費量を元にしており、現実は多分もっと早いだろうという。

 水について扱う時に問題となるものにバーチャルウォーターという存在がある。食料などの生産に必要な水である。輸入国は輸出国からバーチャルウォーターの形で水を輸入していると考えることが出来る。肉1キロには15415リットルの水(風呂77杯以上)が必要となる。実際にワイン生産国である南アフリカでは干ばつが進んでいる。ワインメーカーによるワインのための葡萄の栽培のための水の囲い込みが始まっており、スラムでは水不足が発生している。1日にバケツ2杯の水までに使用が制限されているという。ワイン一本には650リットルの水が必要であり、日本人が1本ワインを飲むとスラム街の人々の2週間分の水を消費することになる。日本では年間80兆リットルのバーチャルウォーターを輸入しており、これは国内の水の年間使用量に匹敵するという。

 

食料生産の歪み

 また食品栽培の現場も限界を迎えつつある。現在の食料生産は1960年代の緑の革命で飛躍的に増大した。この大規模栽培で20カ国が食料輸出国として独占する状況となったが、単一品種大規模栽培の貧困国ほど負担が大きい歪んだものとなっている。実際にウガンダではコーヒー農場のために小規模農家が農地を奪われることが発生している。その結果として森林伐採が進んでいる。実は温室効果ガスの1/4がこの歪みによって発生しているものだという。また先進国の飽食によって1/3の食料が廃棄されているのが現状である。

 ディビッド・ビーズリー事務局長によると、危機を乗り切るには4つの改革が必要だという。まず持続可能な方法で生産性を高めること。そして熱帯雨林や森林を守ること。さらに食品ロスや廃棄物を減らすために食生活を変えること。そして劣化した農地を回復して自然を取り戻すことだという。

 食糧問題の分岐点が2030年だとされている。国連は2030年までに飢餓を0にする目標を掲げているが、実現は困難とされている。進行する地球温暖化が食糧危機に拍車をかけている。また2050年には人口が100億に達すると言われているが、温暖化などによるバッタの発生や、化学肥料を大量使用する農業による土地の荒廃による大規模な砂嵐などが実際に発生している。

 

危機への無関心が破滅を呼ぶ

 もし現在のバランスが崩れるフードショックが起これば、食料生産国の食料の輸出禁止で世界的に暴動が発生し、これがさらに食料生産を不安定化させることが懸念されている。実際にレバノンでは国民の大半が突然の食糧危機に陥る事態が発生した。食品自給率40%だったが、国民は輸入によって豊かな食生活を謳歌していたという。しかし2年前に急激なインフレと備蓄庫の火災で大規模な食糧不足が発生した。インフレのために食品価格が3倍に高騰して買えない状況になり、それまで共稼ぎの公務員で中流家庭だった家庭が食糧支援に頼ることになってしまったという。そのためにデモや暴動が頻発して社会不安が極限まで達しているという。

 豊かな人々の危機への無関心が破滅を呼ぶという推算がなされている。メリーランド大学の理論環境学者のサファ・モーテ博士が社会や経済の様々な要素を取り込んだシミュレーションの結果、資源の偏りを放置し続けた社会は資源を食いつぶしてしまって、ほぼ確実に崩壊するという衝撃の事実が判明したという。資源の偏りを自覚してコントロールしないと人類社会が破綻する。

 

持続可能な社会への取り組み

 持続可能な社会のためにの取り組みも始まってはいる。EAT財団の会議ではプラネタリーダイエットという浪費を止めると共に生産や流通のシステムを変えることが提案されている。そこで登場したのは100億人を養えるメニューであるが、半分は野菜で牛や豚は週に98グラム、鶏が203グラム、不足するタンパク質は豆類やナッツから摂取するというメニューが持続可能なメニューとして提案された。先進国では牛肉や豚肉を8割以上削減、日本でも7割削減が必要だという。そうして穀物は貧困層に回すことになる。食物サミットで改革を目指している。

 食生活の改革として人工肉の開発が進められている。原料は大豆であるために水の使用量は87%、温室効果ガスは89%減少するという。日本でも商品化の動きが出ており、繊細な日本人の味覚に合わせた調理法が研究されている。開発メーカーでは本物の挽肉と変わらないものを肉よりも安価に製造したと言っている。

 また食料の生産方法の変化も進めている。ガーナでは小規模農家に持続可能な農業を指導している。今までは土地に適さないカカオのプランテーションの結果、農地が荒廃していた。それを乾燥しやすい土地に適した農業に切り替えることで、食糧の自給からさらには余剰生産品の販売まで行えることを目指している。これは土地を深く耕さない不耕起栽培で土地本来の力を保つのだという。土地を深く耕さずに下草を残すことで、土地が乾燥しないので乾燥しやすい土地に適している。化学肥料や農薬を使わずに30%以上増産、草取りの手間が省けるので農家の労力も低減したという。

 また食品の流通の改革も進められている。大学生が始めたファームリンクは、150の大学と700人と連携して、廃棄されそうな食料を回収して食料が得られない人に配給するプロジェクトである。今までに11000トンの食料を回収、これはアメリカの総人口の1日の食事の7%に相当するという。将来的にはこれを世界の若者に広げたいとしている。

 ディビッド・ビーズリー事務局長によると、現状でも先進国が無駄を省けば6億ヘクタール、インド2つの分の土地を食料生産に無理に使う必要がなくなるのだという。つまりは今のうちにできる限りの取り組みを進める必要があるのだという。

 

 番組では2050年の渋谷の光景をドラマで見せていたが、富裕層だけが食料を入手できるが、貧困層は食料が高価すぎて十分な量を確保できないという貧富の格差が極大化した安倍晋三の理想郷のような社会が表現されていた。当然このような事態になると、日本でも暴動などが発生することになり、社会不安が増大するだろう。そうなるとその影響で国内での食料生産や流通にも障害が発生し、食品不足は余計に進むという悪循環に陥る。レバノンの例が登場していたが、食糧自給率が似たり寄ったりの日本も、外国からの輸入が止まったら直ちに同じ状況に陥る危険がある。

 なお人工肉のことは知っていたが、今までは主に健康問題のニュアンスから語られることが多かったのだが、これが食糧不足の解決法の一環に結びつくという考えは恥ずかしながら私にもなかった。確かになるべく肉を食べないようになれば、穀物の浪費は減るのは自明である。ただ番組に登場した持続可能なメニューは、普通のアメリカ人なら3日で発狂しそうな内容であり、今時の日本人でも相当ツラいだろう。なお魚が一切考慮されていなかったんだが、それはどうなるんだろう。もっとも漁業資源も中国人が本格的に魚を食べ出しただけで枯渇の危険が生じているぐらいだから、やはり摂取量には制限がかかるだろう。それとそうなったら「クジラは知能が高いから食べない」などと特別扱いするのは有害無益となる。

 

忙しい方のための今回の要点

・先進国が今の飽食状態を続けていると、2030年を分岐点として世界は食糧問題で破綻するという。
・問題となるのは食肉生産に大量の穀物が必要で、そのためには大量の水が必要であること。既にアメリカの穀倉地帯では地下水の枯渇が始まっており、2030年には世界の7割の地域で地下水の不足が顕在化するという。
・また食品の輸出に伴うバーチャルウォーターの問題も顕在化しつつある。ワイン生産のために水を囲い込んでいる南アフリカでは、スラムでの水不足などが深刻化しているという。
・1960年代の緑の革命で世界の食糧生産は増大したが、それは同時に農地の疲弊をもたらしており、持続可能な農業に切り替えていく必要があると言う。
・危機を乗り切るには、持続可能な方法で生産性を高めること、熱帯雨林や森林を守ること、さらに食品ロスや廃棄物を減らすために食生活を変えること、劣化した農地を回復して自然を取り戻すことが必要だという。
・食生活改善の一環としては人工肉の開発が、農業の改革としてはガーナで乾燥しやすい土地に適した不耕起栽培の指導が、流通の改革として学生達による廃棄食品を回収するファームリンクの取り組みなどが始まっている。


忙しくない方のためのどうでも良い点

・とにかく先進国での食品ロスの問題は根本的に何とかする必要があるでしょう。それと今回の番組には登場していませんが、やはり人口爆発の問題にも何らかの処方箋は考える必要がありそうです。
・結局は富の偏在という問題が人類の滅亡の要因になりそうな気配がかなり強まっています。ですからこの期に及んで貧富の格差の拡大を目指すような政策をとる国は、このままだといずれは滅ぶでしょう。

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