教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

7/8 BSプレミアム ヒューマニエンス「"肝臓"毒と戦う勇者」

人体の化学工場・肝臓

 肝臓は体内で最大の内臓である。一般にはアルコールを分解するぐらいしか知られていないが、体内の解毒に始まり実に多様な機能を果たしており、それを再現しようとすると野球場ぐらいプラントが必要だろうとされる。果たして肝臓とは。

 金沢医科大学名誉教授の堤幹宏氏によると、肝臓内部で行われている化学反応は分かっているだけで500~600ぐらいだという。その機能は栄養素の代謝から身体の部品の合成、さらにエネルギーの産出、そして老廃物の処理まで行っているのである。肝臓ではこれらを一つの肝細胞の中で行っている。だから肝臓はすべてが均一な臓器とも言えるという。肝細胞は肝小葉というブロックをなし、そこに栄養素と老廃物を含んだ大量の血液が流れてきて、これらが一気に処理されているのだという。さらに肝臓はこの均一性ゆえに再生能力も非常に高いという。

 

人類とアルコールの関係

 人類は実はアルコールを分解出来るおかげで生き延びることが出来たという。エチオピアの少数民族デラシャはアルコールを主食とする民族である。彼らは穀物を発酵させたパルショータという酒を主食にして生きている。アルコール度数はビール程度だという。彼らの住む乾燥地帯では栽培出来る作物は限られており、これがアルコールに頼る生活形態を築いたのだという。実は穀物はアルコール発酵させた方が栄養価が上がるのだという。肝臓はアルコールをアセトアルデヒドに分解し、有害なアセトアルデヒドは即座に酢酸に分解されて無毒化される。

 人類がかつて地上に降りてきた頃、地上では乾燥が進んで彼らが住処とする森は減少していた。そのことは餌となる果実の減少を生む。その関係で腐りかけた果実をも口にする必要が生じた。腐りかけた果実はアルコールを帯びるのでそれを分解出来る能力が必要だったのだと考えられる。人類がアルコールを分解出来るようになったのは1200万年前に起こった遺伝子の変異によるとされる。同様にサルもアルコールを分解出来るという。

 しかしそれならアルコールに弱い人はなぜ存在するのか。アルコールに弱い人は日本などのアジアにのみ存在するという。このアルコールに弱い人が存在する地域は稲作文化圏と合致するという。稲作が始まったのは1万年前の中国南部とされるが、実はお酒に弱い人が生まれたのも同時期の同地域なのだという。ここからの推測として、水田農耕が広がることによって湿地の近くで人が暮らすようになり、それが感染症の増加につながったのであるが、ここで体内に蓄積したアセトアルデヒドを病原体の駆除に使用されたのではないかとしている。まあまだ「定説」とは言い難いが、興味深い考えである。織田裕二氏も言っていたように良くアルコールを「消毒」と言って飲む人がいるが、それが本当だったということになる。なおこの変異は塩基の1つが変化するだけで起こるのだから、非常に起こりやすいとも考えられる。

 

肝臓の栄養摂取とケトン食

 肝臓は解毒作用を司るが、そのことは食事での栄養摂取に影響しているという。自然界には実に多くの毒に満ちている。これらの毒を肝臓では体外で排出出来るようにしていることで我々は食事を出来るのだという。また栄養が分解される時の副産物として毒が生じることもある。例えばタンパク質は分解される時にアンモニアを発生させる。のアンモニアを肝臓が無害な尿素に変換して尿で排出するのである。

 肝臓の解毒作用に欠かせないのが酵素であるCYP。様々な毒に対応するために多数のCYPが存在するという。人間は元々115個所有していたのだが、進化の過程で半分ほどに減らしてきているという。それらは必要がなくなったと考えられる。

 最後にケトン食でガンを抑制するという話が登場。ケトン食とは極限まで糖質を減らした(糖質制限ダイエットよりもさらに1/10ぐらいに減らす)食事であり、これがガンを抑制するというのだ。肝臓が脂肪を燃料としてケトン体を作り出すが、このケトン体はがん細胞が利用しにくいのでがん細胞を抑制するらしい。このケトン食に近いのがイヌイットで、実際にイヌイットの伝統食をとる人はガンが少ないという。また睡眠中にはケトン体が上昇するので、これが細胞の疲労回復に関係あるのではと推測する研究者もいるという。

 

 とこうなるとすぐにも飛びつきそうな人がいるだろうが、これも落とし穴がありそうだ。実際に番組に出演した専門家が「ケトン食はキツすぎて通常は続けられない」と言っている。また脳細胞がケトン体を利用するのはがん細胞同様にしんどいので、やはり頭はボーッとするらしい。と言うわけでこんな極端なことは私はお勧めしません。

 肝臓の機能についてはまだまだ未解明の部分が多いようである。さらに重要であるがゆえにキャパが大きく、よほど悪くならないと症状が現れない沈黙の臓器などとも言われている。実際に肝臓に関する症状が現れるようになると、もう既に肝硬変などの取り返しのつかない状況になっていることが多いという。

 肝臓については再生能力が高いということであり、私は最初からいわゆる再生医療が一番適用しやすいのではないかと思っているのだが、未だに人工肝臓が移植されたという話を聞かないのは、何か障害があるのだろうか? その辺りを知りたいところだ。

 

忙しい方のための今回の要点

・肝細胞は500~600の化学反応のを細胞の中で行っている。肝臓はかなり均一な臓器であり、そのためか再生能力も非常に高い。
・人間は肝臓でアルコールを分解出来るが、それはアルコール発酵した方が栄養価が上がる場合があることと、腐りかけの果実を食べようとするとアルコールを含んでいることから、この方が生存に都合が良かったからだと考えられている。
・一方でアルコールに弱い体質が存在することについては、そのような体質の分布と稲作の分布が合致することから、湿地での生活での病原菌に対抗するために、体内のアセトアルデヒドを利用したのではという説がある。
・肝臓の解毒作用は人間が栄養を摂取するのにも必要である。例えばタンパク質は分解の過程で有毒なアンモニアを生成するので、肝臓はそれを無毒な尿素に変換して排出している。
・肝臓内には解毒に纏わる酵素CYPが存在するが、その数は115種存在するが、今ではその半分ぐらいは必要なくなったのか機能してないという。
・糖質を極端に抑制するケトン食がガンを抑制するという説があるが、これについてはまだ研究中。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・最後のケトン食についてはキャッチーな話題だけに飛びつく輩がいるのでは。極端なことをやり過ぎて身体を壊す者が出なければ良いですが。確かに身体は脂肪もエネルギーに出来ますが、それは謂わば非常事態の対処なので、身体に負担が大きいという考えもあります。

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