単なる"快楽物質"という次元以上のドーパミンの働き
ドーパミンと言えば快楽物質として知られている。しかし快楽という言葉からはどことなく退廃的で自堕落なイメージがつきまとう。実際に薬物依存などの依存症はドーパミンが原因になっているともいわれる(ある島で猿がアルコール依存症になってしまった例もある)。しかしそのドーパミンも実は人類の生存にとって非常に必要性が高いものであるという話。
まずドーパミンの働きであるが、これは学習と関係しているというのである。ドーパミンは神経伝達物質の一つであるが、ドーパミンは線条体にその情報が送られることで快楽が促されるのだという。中脳から線条体に情報を伝える神経の軸索は一本であり、強力に情報が伝えられるようになっているという。
餌取りの方法を学習するのにドーパミンが作用する
原始的な線虫にもドーパミン神経細胞は存在している。そしてそのドーパミン分泌の様子を観察すると、線虫が餌の大腸菌が培養されているエリアに入った途端に、ドーパミンの信号が現れ、線虫は動きをやめてそこにとどまるようになるという。ドーパミンが餌の確保に働いているのである。
ドーパミンが学習に与える影響を人工知能を使って研究した例がある。強化学習の実験であるという。スマホが動けるようにしたロボットを使用して、3カ所に充電ポイントを設定してそこに乗っかればいわば餌を得た状態になり、この時に快楽を感じるように設定されている。ただし一度乗った充電ポイントに続けて乗っても充電はされない設定となっている。最初は無作為に動いているロボットであるが、その内に偶然に充電ポイントに乗っかることになる。そうして学習を続けること一週間後、ロボットは3カ所の充電ポイントを最短距離で回り続けるようになる。ドーパミンの働きによって効率的に餌を得る方法を学習したのである。
しかしそのドーパミンには大きな落とし穴があるという。猿を使った研究では、ランプが付くとジュースが出るようにしたところ、ジュースが出るとドーパミンが出ていた猿が、続けている内にランプが付くだけでドーパミンが出るようになったという。これはいわゆるパブロフの犬の状態だが、面白いのこの後にジュースを飲んでもドーパミンが出ないようになったのだという。ドーパミンは報酬予測誤差に対して反応するのだという。報酬の手がかりがあった時に、学習によってそこでドーパミンが分泌されるようになるのだという。報酬予測誤差とは予測した報酬に対して、実際の報酬の誤差であるという。つまりはドーパミンは報酬に対してでなく、その誤差に対して出ているのだという。要するに予測よりも報酬が良かった時にはドーパミンが分泌されるが、報酬が予測通りの場合はドーパミンが出なくなるということになる。ここで織田裕二氏が「ということは、欲を捨てろという禅の修行はドーパミンを出すため?」と言ったのが面白かったが、つまりは予測が過大になってくるとドーパミンが出てこなくなるということである。確かに私も飲食店などに行った時に、予測外に美味かった時の方が印象が鮮烈に残る。
未来の利益を計算する前頭葉にもドーパミンが働く
ドーパミンは脳に直接学習をさせるのだが、実は我慢にも影響してるのだという。5歳児を使用した実験で、3つのお菓子をさらに並べて「欲しいものを1つあげる」と言えば、当然のように子供はその中から好きなものを1つ選んですぐに食べる。この時に子供の中ではドーパミンが分泌されているはずである。だがここで子供に「次に戻ってくるまでにそれを食べずにおいていたら、後で全部あげる」というと、我慢しようとする子供が出てくる。1人の男子などは気を逸らすのに謎の踊りまで始める始末。現在の利益と後のより大きな利益を天秤にかけているのである。9人中6人が我慢に成功したという。なおこれは「金持ちになれる体質かどうか」の判定テストであるということを別の話で聞いたことがある。つまりは目の前の利益よりも将来のより大きな利益を優先することが出来るかである。5歳児でも2/3が既にそういう判断を出来るということである。ちなみにすぐにお菓子を食べてしまい「あれは秘書が勝手に食べた」と言い逃れする安倍晋三という65歳児も存在する。
ここで子供たちの脳に起こっていることは、前頭葉の働きであるという。前頭葉は未来を予測する機能があるが、その土台はドーパミンによる快楽の記憶である。その記憶から現在の1つ食べた時の記憶から、将来3つ食べた時の快楽を予測してそちらを選択するのだという。このような未来のより多くの利益を得るための行動をドーパミンが補強しているのだという。先の報酬は今の報酬よりも魅力が落ちるのを時間割引と言うそうだが、線条体での時間割引と、前頭葉での時間割引は異なるのだという。線条体の方が時間割引が大きいのだという。
グレートジャーニーにもドーパミンの影響が
人類が全世界に広がったグレートジャーニー。これにもドーパミンが関係しているという。人類がアフリカを出る直前に神経伝達物質に纏わる遺伝子が変化したという。アミノ酸配列の一カ所のTがIに変化した人が現れたのだという。こうなるとドーパミンの放出量が多くなり、不安をあまり感じなくなるのだという。つまりそのことによって新しい環境に挑戦できるようになったのだという。現在のアフリカには不安を感じやすいタイプの人が多く、それがアフリカから離れていくにつれて不安を感じないタイプが増加して、アメリカ大陸では半分以上が不安を感じないタイプだという。
恐らく私は不安が強い方のタイプだろうと思ったりする。私がアフリカからグレートジャーニーをする前に、移動先を綿密にGoogleマップで調査してからでないと行動できないので、原始人が私のようなタイプばかりだったら、未だに人類はアフリカから出ていないだろう(笑)。
日本で両タイプの被験者に性格の自己評価をしてもらったところ、ドーパミン分泌量の多い人は自己評価が高い傾向があることが分かったという。こういう人は冒険心の強い人である。
共感力もドーパミンの働き
さらにドーパミンは他人の心を読み取るという共感力にも影響しているという。被験者に他人の心情を推察するように依頼して、その時の脳の働きをファンクショナルMRIで調べたところ、前頭葉にドーパミンの働きとみられる活動が見られたという。
ちなみにドーパミンはポジティブな時にのみ分泌されるのでなく、ポジティブでもネガティブでも驚きがあった時に分泌されるという報告もあると言う。これがジェットコースターなどを喜ぶ精神ではないかという。ちなみにこれはM嗜好につながるのではないかと私は妄想する。日本人は無能な政府があり得ないような国民虐待政策を打ち出してくる度に、驚きのドーパミンが分泌されているのでなどと思えてくる。そしてそれに中毒症になると、最近増えている無条件な与党支持者になるのではなどと妄想する。
以上、ドーパミンが人類の行動を大きく誘導しているという話。もっとも人は様々で前頭葉の働きが非常に強そうな者から、線条体だけに支配されいるのではないかと思われるような者(目の前を女性が通りかかったから襲いかかったというような類いの奴、欲しいから盗んだと言うような輩)までいるが、何にしろ行動がドーパミンに支配されているのは納得できるところではある。
結局ところ生物の大きな目的は、自身の生存につながる捕食と、子孫の繁栄につながる生殖なので、その辺りがドーパミンによって強く動機づけられるのは自然ではあろう。ただ現在社会はおかしな意味での抑圧が強いので、自然界にはなかった類いのストレスが多い。そうなった時に過食に走ったりするのもある種の生存本能の歪な発現か。
ところでドーパミンは予測を超える報酬があった時に分泌されるとか、そのことによって行動がインプットされるというのは、私自身非常に心当たりがある。私が大体立ち寄り先に選ぶ都市は、何らかの予想を超える驚きがあった場所である(大抵は美味い飲食店の事例が多いが)。その結果として別府名物がボルシチになってしまって、定期的に通ったりなんてことが起こってしまうのである。
忙しい方のための今回の要点
・ドーパミンと言えば快楽物質として知られるが、実は生物の生存にかかわる根本的な学習に関与している。
・線虫による観察では、線虫が食料である大腸菌の培養場所に到達した途端にドーパミンが働いて、そこにとどまるように行動が変容する。
・人工知能を使った強化学習の実験では、学習の結果としてドーパミンを得られる場所を効率的に回るように行動が変容することが確認された。
・ドーパミンは線条体に作用して行動を促すが、さらに前頭葉にも作用するという。前頭葉では目の前の利益よりも未来のより大きな利益を選択するような働きが生じ、その計算もドーパミンによる快楽の記憶が関与している。
・また人類が世界に拡散したグレートジャーニーの直前に、伝達物質に関する遺伝子に変異が発生し、ドーパミン分泌が多くて不安を感じにくいタイプの人類が登場したことが分かっている。それらのタイプはアフリカから離れるほど比率が増すという。
・さらにドーパミンは他者に共感する際にも作用していると考えられるとのこと。
忙しくない方のためのどうでもよい点
・なんかこんなのを見ていると、人類がかなりドーパミンに支配されているような気がしてきた。しかしタチが悪いのは「予測通りの報酬だとドーパミンが分泌されなくなる」という点。まあこれが新規の刺激を求める探求精神につながっているのは確かだが、依存症がだんだんと深みにはまるメカニズムでもあり、三年目の浮気のメカニズムでもあるわけである。
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