iPS細胞の最前線について山中伸弥氏が解説
今回はノーベル賞を受賞した山中伸弥氏を迎えてのiPSスペシャル。iPSがどのような未来を拓くかについて紹介。
ゲストで山中伸弥氏が来ているが、彼によるとiPSの実用化についてはマラソンで言うとようやく30キロ地点を過ぎたかなという感想だという。確かに様々な局面でiPSは応用されている。まずiPS細胞とは何であるかであるが、iPS細胞とは(induced Pluripotent Stem Cell)の略で、日本語では人工多能性幹細胞と言うのだそうな。端的に言えば、どんな細胞にもなれる細胞という意味である。
iPSを使って不治の病と闘う
このiPS細胞を使用して不治の病と闘う現場がある。難病として知られるALSだが、この治療薬の開発にiPS細胞が使用されているという。ALSの原因として考えられている遺伝子が30ぐらい存在するらしいが、この遺伝子の変異をマウスで行っても発症しないのだという。だから解明のためには人間の神経細胞で実験するしかないわけだが、そんなことは出来るわけがない。そこでALS患者の血液から免疫細胞を取りだし、それをiPS細胞に変換してから神経細胞を生成するのだという。このようにして作り出した神経細胞はALSの発症を再現したという(時間と共に神経突起が短くなって消滅した)。そこでこのような神経細胞に既に認可されているクスリを様々投与して実験したところ、パーキンソン病の治療薬(ロピニロール塩酸塩)が進行を遅らせる効果があることが判明したのだという。
薬の開発でもマウスでは効果があるが人間には効果がないものなどはよくあるが、この方法を使用すれば最初から人間に効果がありそうな薬を開発できる可能性があるという(さらには動物実験を減らせるという観点もありそうだ)。また人間の体質によって薬の効果が変わったりもするので、そういうのに対応したオーダーメイド的な開発の可能性も存在するという(結局は金持ち専用になる気がするが)。
iPS細胞は細胞の時間を巻き戻す
さらにiPS細胞の凄さとは「時間を巻き戻す」ことだという。生命は1つの受精卵から始まって、これがあらゆる臓器に多様化することで人類は生まれる。最初の受精卵はあらゆる細胞に進化する能力を有しているわけだが、それが発生の過程で特定の細胞へと限定されることになる。そしてこの流れは逆行不可能とされていたのだが、それを逆行させたのがiPS細胞である。例えば皮膚の細胞に山中氏が発見した4つの遺伝子を加えて培養すると、皮膚の細胞が受精から数日後の万能性を持った細胞に戻るのだという。つまりこれが「時間を逆戻し」しているわけである。そしてその後に培養条件を変えるとあらゆる細胞になり得る。
山中氏によると、iPS細胞の目標であり比較対象なのはES細胞であるという。受精卵から作成されるES細胞は万能性を有しているが、受精卵を使用するために倫理の問題がつきまとう。そこでiPS細胞がES細胞と同じ挙動を示すかで、iPS細胞の能力的な是非が確認できるのだという。目下のところ、ほとんどの臓器合成でiPS細胞はES細胞と同等の能力を発揮することが確認されているという。iPS細胞で不可能なのは、受精卵の最初期での分化である胎盤の生成ぐらいとのこと。
人類の発生メカニズムを解明して臓器製造につなげる
さらにiPS細胞を使うことで赤ちゃんの発生の過程を観察すると言うことも可能となったという。iPS細胞から作った前腸と中腸の細胞を引っ付けると、培養10数日で肝臓、胆管、膵臓、腸の細胞が生成したという。これはまさに赤ちゃんが成長している過程であるという。前腸細胞から何らかの物質が分泌され、それが中腸の細胞に分化が発生しているのだという。実際には観測できない発生の過程をiPS細胞を使用することで観測できたのだという。つまりはiPS細胞を使うことで生物の発生メカニズムをも再現できている。
このような研究から臓器を本格的に製造することなんかも進められており、将来的には移植用の臓器を自由に作ることが可能になることが期待される。
ちなみに山中氏の研究の独自性は、方法論が当時の主流の研究者と異なったという。受精卵から特定の細胞に分化する際は、他の遺伝子はブロックされていくわけで、そのブロックの仕組みを解明することでハズシ方を考えるというのが当時の主流だったという。これに対して山中氏はブロックの仕組みは置いておいて、何らかの鍵となる遺伝子を加えればブロックを外せるのではと考えたのだという。その結果、4つの遺伝子を加えるとそれが実現できることが分かったのだという。専門家にしたら「えっ?!」って感じだったらしい。山中氏にしたらダメ元というところもあったという。
ネアンデルタール人の脳細胞を現代人と比較する
またネアンデルタール人と現代人の違いをiPS細胞で調べるという研究もなされている。ネアンデルタール人は一番最近まで現代人と共存していた人類で、脳の大きさなども現代人とほとんど変わらなかったが、結果的には彼等は絶滅した。絶滅した彼等と、我々にどういう違いがあったかをネアンデルタール人の脳細胞をiPS細胞で復元することで解明しようとしたのだという。
ネアンデルタール人の遺伝子配列は既に骨の分析などから解析されており、現代人とは遺伝子の違いが61個あることが分かっている。その内の脳の働きを制御すると言われているNOVA1遺伝子に注目し、この遺伝子を人のiPS細胞に組み込んだのだという。そしてこの脳細胞(脳オルガノイド)について調べたところ、現代人の大きくて滑らかな細胞に比べて、1つ1つが小さくて周囲がガタガタしたものになったという。そして働きを調べると、現代人の脳は多くの神経細胞が連携するのに対し、ネアンデルタール人の脳細胞は連携が悪いことが分かったという。このことから現代人の脳はネアンデルタール人の脳よりも神経ネットワークを形成する能力が高く、これが環境変動への対応力の高さにつながったのではという。
iPS細胞の抱える問題と医療への応用
しかしiPS細胞が直面している壁もあるという。iPS細胞から生殖細胞を作ろうとした時にはマウスでは始原生殖細胞から精子と卵子を作り出して受精させてマウスを誕生させることは出来たのだが、人ではそれは技術的に上手く行かないのだという。人間では始原生殖細胞から精子や卵子の前段階までは進めるが、そこから精子や卵子を作ろうとすると上手く行かないのだという。ここに何か人間の深淵があるではという。もっともこれが技術的に可能となれば、人間の体細胞から人間を作り出すことが出来るようになるので、倫理的に大きな問題があることも間違いない。
またガン治療にiPS細胞を利用するという研究もなされている。ガンに対して抵抗するのがNKT細胞であるが、数が少ない上に培養が出来ないという問題がある。そこでiPS細胞を利用することでNKT細胞を大量に生産して投与するということが考えられており、既に臨床試験は始まっているという。またiPS細胞から初期段階の肝臓を製造して、これを肝臓病患者の肝臓に埋め込むという治療も検討されている。加えられた肝臓の細胞を元にして肝臓の再生が始まるのだという。この技術も来年以降に臨床を開始すると言う。さらには肝臓につながる胆管や十二指腸まで含めて一気に再生するという研究も進んでいるという。
以上、iPS細胞の最新研究について、山中氏をゲストに迎えての紹介。山中氏はiPS細胞を用いた研究が広く広がることを目論んで技術を広く公開したというが、その山中氏の意図が非常に効果を上げている。一般に企業などではどうしても開発した技術は秘匿して囲い込むが、それをしなくても良いのは公的機関の研究者のメリットでもあるし、山中氏の個人的な考えの面も大きい。これは人類にとっては幸いであったと考えて良いだろう。
もっとも山中氏も触れていたように、この技術は進めば進むほど倫理的な大きな問題を抱えており、それに対する慎重な議論が必要だろう。往々にして技術が登場すると倫理を放りっぱなしにしたまま究極まで突っ走ることが多いのは研究者の負の側面であり、特に倫理面の規制が弱い上に功名心の強い中国の研究者などは人造人間にまで突っ走るそうな気配があり、それは懸念されるところ。
忙しい方のための今回の要点
・iPS細胞は人工多能性幹細胞であり、環境によってあらゆる細胞へと誘導することが出来る能力を持っている。
・山中伸弥氏は体細胞に4種類の遺伝子を導入することでiPS細胞化できることを発見し、その功績でノーベル賞を受賞した。
・iPS細胞でALS患者の神経細胞を製造したところ、病気の発病が確認された。そこであらゆる薬をその細胞に投与することで、ALSの進行を遅らせられる薬が見つかった。
・さらにiPS細胞を用いて人類の発生のメカニズムの解明も進んでおり、そこから臓器を製造する手法も開発されている。
・またネアンデルタール人の脳細胞をiPS細胞を用いて復元することで、現代人はネアンデルタール人よりも神経ネットワークを形成する能力が高いことが環境変化への適応力につながったことが解明された。
・またガン治療のために、培養が出来ないNKT細胞をiPS細胞で増殖させて、患者に投与することで治療する方法や、肝臓病患者にミニ肝臓を移植することで肝臓を再生させる治療法などが臨床試験が始まっている。
忙しくない方のためのどうでもよい点
・iPS細胞の使用でバラ色の未来が見えるのですが、その一方で山中氏も懸念しているように、とんでもないディストピアが発生する危険もはらんでいます。その辺りは人類の叡智次第ですが、実はそれがかなり怪しかったりするのは歴史が証明している。科学者は常に良心の側から警告を発し続ける必要があるでしょう。
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