教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

3/3 BSプレミアム ヒューマニエンス「"呼吸"不完全が生んだ神秘」

人類の呼吸が不完全である意味

 人間が生きていく上で欠かせないのが呼吸。その回数は一生で6億回という。この呼吸、ただ単なるガス交換には納まらない意味を持っているという。

 現代人には「呼吸が上手く出来ない」という悩みが増えているという。姿勢が悪くなることで胸が開かず、呼吸が浅くなる人が増えているのだという。呼吸で吸い込んだ空気は肺胞に至るまでに長い気道を通るが、この部分は吸い込んだ酸素を活かせないために専門的には死腔と呼ばれている(デッドスペースってこと)。例えば500ミリリットルの空気を吸い込んだとして、150ミリリットルがこの死腔内に残るとしたら、肺に届く量は350ミリリットルとなる。これに対して呼吸が浅くなって吸い込む量が半分の250ミリリットルとなると、死腔の体積は変わらないので肺に届く空気の量は100ミリリットルと1/3以下になってしまう。また死腔の空気を十分に吐けないので無駄な呼吸が続いてしまうのだという。そのために呼吸の改善が必要なのだという。さらに肺が老化すると柔軟性がなくなって機能が低下、肺に残る機能的残気量が増えるので、ここで浅い呼吸をするとこれがさらに増えてしまうのだという。

 そもそもそれだけ大切な呼吸にもかかわらず、なぜ死腔なんかが存在するのか。ここに進化の妙が潜んでいるという。人類の祖先が水中で暮らしていた頃はエラ呼吸だった。空気の取り込みに関してはエラ呼吸は死腔の全く存在しない効率的なものである。これがポリプテレスという原始的な肺を持つ魚になると、エラだけでなく肺でも呼吸するようになった。これは水位の変わる川に対応するためだという。ここで食道が分岐して肺が出来る。肺を空気の入口から遠いところに作ったのは、心臓に近いところに肺を作るためだという。効率ではエラよりも劣るが、大気中は酸素量が水中の20倍も存在するのでこのような無駄があっても通用したのである。そして人類は二足歩行をすることで余計に死腔が伸びたという。しかしそのことによって人間は言葉を発することが出来るようになったのである。

 

 

人間にしかない呼吸

 あらゆる生物が行う呼吸だが、人間だけにしかない呼吸も存在する。弓道などではこの呼吸の制御が重要であり、これが人間の特徴だという。千葉大学の一川誠教授によると、呼吸にはヒトの心をコントロールする効果があるという。脳の中で呼吸を司っている機関は3つあり、まず脳幹は生きるために必要な代謝性呼吸を司り、大脳皮質が意識的な呼吸である随意呼吸を司っている。さらに感情を司る扁桃体が情動呼吸という感情に連動した呼吸を司っているという。だから精神的プレッシャーがかかった時などには呼吸が浅くて速くなる。随意呼吸はこれを抑制したりするために発達した。意図的に呼吸を整えることで不安を抑えることが出来るようになったのだという。例えば織田信長などは能のゆっくりした呼吸によって不安を鎮めたと考えられるという。

 

 

二酸化炭素や硫黄の働き

 また二酸化炭素は身体に悪いものと考えられているが、実はそうではないのだという。実は二酸化炭素は体内で血液のpHを正常に保つために使用されている。二酸化炭素はアルカリ性に傾いた血液を酸性側に動かすのに重要なのだという。先ほどの脳幹は脳脊髄液の二酸化炭素の濃度を測定しており、それに基づいて呼吸をしているのだという。つまりは我々は酸素が欲しくて息苦しくなっているのではなく、体内の二酸化炭素をコントロールしたくて息苦しくなるのだという。例えば二酸化炭素が少なくなって血液がアルカリ性に傾いた時に起こるのが過換気症候群だという。なお代謝性呼吸を抑えてしまうという意味で深呼吸のやり過ぎも良くないという。

 さらに40億年前からの進化の歴史の記録が現在の我々の身体に刻まれているという。地球上が酸素に溢れるようになったのはつい最近で、40億年前には酸素はほとんど存在しなかった。その頃の我々の祖先の生物は、熱水鉱床などから湧き上がる硫黄を使って呼吸をしていたという。それが酸素に大転換することとなった。しかし現在でも人体内には2キロの硫黄が存在しており、これがないとまともに呼吸できないという。ミトコンドリア内には硫黄が存在しており、これがないと機能しなくなるのだという。我々は今日でも食事から硫黄を補給しているという。

 

 

 以上、呼吸について。呼吸と言えば私なども姿勢の悪さと年がら年中襲いかかるプレッシャーのせいで非常に浅い悪い呼吸になっているのは自覚があります。そのためか何か年がら年中酸素不足で苦しい感覚があります。とは言うものの、このご時世柄酸素濃度を測定してみたところ、98%と極めて正常でした。どうもこの辺りの感覚のズレは謎。

 呼吸が感情と連動していることは常識のようによく知られていることで、緊張すると呼吸が浅くなるので、そこで深呼吸をすることで落ち着こうとするというのは、恐らく誰に教えられるでもなく誰もがやっていることでしょう。もっともこれだけで不安が取り除けたら苦労はしませんが。なおいざ作業をしようとする時になると、自然に呼吸が止まるのも同じような作用でしょうか。

 また人は二酸化炭素がないと生きられないというのは象徴的。そう考えると、体内に酸素を取り込んで健康になんて言っている酸素カプセルとかが意味がないってことも必然的に理解できることなのである。ちなみに最近は酸素自体も身体を老化させる物質という風に認識が変化しつつあるようであるので、かつてほど酸素カプセルなどが持て囃されることはなくなってきたようだ。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・生物の多くに必須の呼吸であるが、現代人は姿勢の悪さなどから深い呼吸が出来ない人が増えているという。人間の気管には酸素の取り込みに働かない死腔と呼ばれるデッドスペースがあるので、呼吸が浅くなると空気の交換に支障が生じるという。
・また人間の脳には呼吸を司る部位が3つあり、脳幹は生存に不可欠の代謝性呼吸を、大脳皮質が意図的にコントロール出来る随意呼吸を、扁桃体は感情に連動した情動呼吸を司っている。プレッシャーなどがかかると情動呼吸で浅くて早い呼吸になるため、大脳皮質が随意呼吸でそれを抑えることで冷静さを保つように働くのだという。
・また身体に悪いイメージのある二酸化炭素だが、実は体内で血液のpHを保つのに使用されており、必要な物質である。我々の呼吸は酸素を求めるためというよりも、二酸化炭素量をコントロールするために行われているという。
・40億年前の地球は酸素がほとんどなく、生物は熱水鉱床などから噴き出す硫黄を使って呼吸をしていた。そのために酸素で呼吸するようになった今日でも、ミトコンドリアには硫黄が含まれており、この硫黄なしには酸素の呼吸は出来ないという。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・たかが呼吸、されど呼吸、まあ息が止まったら生物は死んでしまいます。この呼吸だけでもさまざまあるものです。それにしても硫黄が生体の必須元素だというのは知っていたが、呼吸に関係していたとは初めて知ったな。

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