人類と共存してきた兄弟・真菌
今日の主役は真菌。真菌とはかびやキノコ、さらに酵母などであるという。細菌と一緒くたにされがちだが(かくいう私もあまり区別がついていなかった)、生物的には全く異なる種類であり、進化の道筋から考えると意外にも我々に近いものなのだという。
まず真菌は我々のかなり身近に存在する。我々は誕生して呼吸を始めた時から大量の真菌の胞子を吸い込むことになる。また私たちの体内の各所に真菌が共存しており、特に腸内は非常に多くの真菌が存在している。これらの真菌は我々の免疫を適度に刺激して活性化する働きがあると言うのである。
真菌の細胞を観察すると核を有し、さらにミトコンドリアなどの器官も存在する。これに対して細菌は内部の組織はハッキリせず、DNAなどがそのまま細胞内に遊離している状態である。真菌の細胞はかなり動物に近いわけだが、そもそも動物と真菌はその前段階のオピストコンタから分岐した兄弟であり、進化の樹ではかなり近い存在になるのだという。ちなみにオピストコンタとは鞭毛の生えた細胞でまさに精子のような生き物だという。キノコは精子と同様の配偶子であり、キノコの菌糸には精子に当たるものと卵子にあたるものがあり、それらが融合して二倍体になることで遺伝的多様性を生み、さらにそこから配偶したるキノコが現れて繁殖を行うのだという。
地球生物の主役の真菌
真菌は地球において欠かせない役割を果たしている。かつて植物が巨大化するのに重要な役割を果たしたのがリグニンの獲得であり、このリグニンを獲得することで強靱化した植物は巨大な樹木として繁殖した。しかしリグニンは同時に非常に難分解性の物質であり、当時の地上にはリグニンを分解できる微生物は存在せず、倒れた樹木は分解されないまま地表に大量に溜まっていったのだという。これらがそのまま化石になったのが石炭であり、その莫大な埋蔵量は地球の物質循環が行き詰まっていたことを示しているという。これを解決したのが真菌であり、真菌がリグニン分解能力を進化で獲得する(石炭紀が6000万年あることから、この獲得にはそれだけかかったのではとのこと)ことで倒れた樹木が倒木で埋もれず、豊かな土壌が誕生することになったのだという。地球全体を見た時に、真菌こそがもっとも重要な生物であると言えるという。
真菌は生物の死骸を分解するだけでなく、生きている生物と共生する例もあるという。その一番分かりやすい例が松茸で、松茸は松の木と共生して水分やリンの取り込みを行う代わりに光合成の養分を松から得ている。この共生があるからこそ松は荒れ地でも生えることが出来るのだという。
真菌は様々な物質を合成することが出来るが、それは多様な酵素を有しているからだという。その合成物の代表的なものにはアルコールがあり、腸内の真菌が炭水化物からアルコールを合成するために、飲酒していないにもかかわらず酩酊状態になってしまう腸発酵症候群なる病気も存在する。人間は腸管内で真菌が合成する多様な物質を吸収しているのだという。
時には生物を乗っ取る真菌の力
しかし真菌が完全に生物を乗っ取る例もある。有名なのが虫の身体を乗っ取ってしまう冬虫夏草である。このような菌は多数存在するが、その中でタイワンアリタケの一種が注目されているという。と言うのも、この菌がアリに寄生すると、アリはすぐに死ぬのではなくて、植物の葉や茎をガッチリと噛んでから死に絶えそれから真菌が発芽するのだという。明らかに真菌が生物の行動を制御しており、実際に筋肉を取り巻くように菌糸が伸びているという。人間でも極端に免疫が低下すると真菌に乗っ取られると言うことは全くあり得ないとも言えない。気管支の中でスエヒロダケが発芽して気管支を塞いでいる事例なども見つかっているという。
なお抗菌剤は簡単に作れるが、人体に悪影響を与えない抗真菌剤は難しいので、勢い抗真菌剤は抗菌剤よりも効きが悪いことになるという。これは真菌の細胞が動物のものと近いことによるという。真菌は体内のあらゆる場所で繁殖する可能性はあり得る。免疫力を落とさないことが重要だという。
もっとも体内環境は真菌にとっては決して快適なものではないという。真菌のほとんどにとって快適な環境は20~25度ぐらいであり、37度は本来は生きていけない高温だという。一説によると動物が体温を上げるのは真菌に対抗するためだとか。しかしたまたまその環境に入り込んでしまって、たまたま生き残って発芽できてしまった時に良からぬ病気につながってしまうのだという。ちなみに体内では細菌と真菌が絶妙なバランスを保っているので、片方が減りすぎるともう片方が急増して良からぬ病気を引き起こしたりすることがあると言う。
なお月の砂で真菌を生やして、土壌を作るという研究も行われている。人類が月や仮性などで生活しよう思うと排泄物の分解から食糧の確保までの物質循環が必需である。そのためには真菌の存在する生態系を確立するのが一番現実的であるという。
以上、真菌について。真菌と言われても私は「水虫の原因」ぐらいの認識しかありませんでしたので、細菌の一種だという認識でした(これでも理系)。ましてやキノコも真菌という認識は皆無でした。なるほど、病原菌の多くは抗生物質で殺せるのに水虫がなかなか治療できないのはこういう理由があったのかと今頃納得。
真菌に身体を乗っ取られるという話は織田裕二でなくてもゾッとするところですが、キノコに完全に身体を乗っ取られるとそれはマタンゴと言うモンスターになります。ところで「真菌のグラビア写真集」を出したという真菌ラブの研究者がゲストで出てましたが、どんな世界にもこういう人っているんだな。まあ研究者って多かれ少なかれこういうところはありますが。
忙しい方のための今回の要点
・カビ、キノコ、酵母などは真菌と言い、真核生物である真菌は動物などとかなり近く、細菌とは全く別種の生物である。
・真菌は地球の生態系に極めて重要な働きを行っている。真菌が植物のリグニンを分解する能力を獲得したことで、地球表面上の物質循環が成立して、豊かな土壌に豊かな生態系を確立できた。
・真菌は多くの生物と共生している。人間の腸管内にも住み着き、免疫力の強化に働いたり、多様な物質を合成したりを行っている。
・しかし時には冬虫夏草のように動物の身体を乗っ取ってしまう例もある。タイワンアリタケはアリを支配してコントロールするという。また人間でも極端に免疫力が低下すると体内の真菌が病気を引き起こすことがある。
・将来の月や火星への人類の進出に向けて、月の砂で真菌を育てて土壌を産出する研究がなされている。成功すれば排出物の分解や食糧の生産につながり、物質循環を確立することが出来る。
忙しくない方のためのどうでもよい点
・テラフォーミングの第一歩は、まずゴキブリよりも先に真菌をばらまくことから始まるようです。すると真菌から進化したアメーバ生物のようなものが植民者を襲撃するというSF作品が・・・。
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