教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

9/28 NHK 歴史探偵「肉食解禁!明治天皇の晩餐会」

肉食文化がなかったせいで失敗した大宴席

 今回は日本の肉食解禁についてとのことで、明治天皇がその国家的威信をかけて開催した晩餐会についてとのこと。

 そもそも日本政府がそのようなことをやった背景には料理に纏わる外交的失敗があったとしている。それはペリーをもてなした宴会。黒船を率いて来日したペリー一行と友好的に交渉するために幕府はペリー達を食事でもてなして友好ムードを醸成しようという考えだったという。

 幕府は江戸で評判の料亭百川に依頼して、1億5千万円もの予算をかけて準備を行い、もっとも格式の高い本膳料理を用意した。番組ではそれの再現なんかも紹介しているが、それはどうでも良いことであって、要は内容は日本食そのものであって、当時の日本では一般的に肉食の習慣がなかったことから肉類は魚ぐらいとのことで、日本人には実は高級で良質な料理である。

 しかしながらがさつなアメリカ軍人のペリー達の舌にはそのような繊細な料理は合わなかった。実際にペリーは「宴席に招かれたが日本の料理は味がなかった」というようなことを書き残している。要は連中にとにかく肉を食わせるべきだったわけである。

 

 

肉食を禁止していた日本の宮中文化

 ではなぜ日本で肉食文化がないかだが、幕府が後水尾天皇を二条城に招いた時に振る舞った料理の記録が残っているが、山海の珍味を並べた75膳という豪華料理だが、そこに含まれる肉類は鯉とか、あとはせいぜい鳥ぐらいしかないという。宮中はとかくタブーの多い世界だが、肉食もその1つで675年に天武天皇の時に肉食禁止令が出て以来その伝統が守られてきたのだという。

 肉食禁止の理由だが、宮中では式包丁という儀礼があり、とにかく食事も儀式に則って手を触れないようにして調理するという。それは穢れを払うという意味があり、そういう点では生血が溢れる獣肉は問題外で、せいぜいが鯉程度を儀式に則って捌く辺りが限界だったらしい。

 

 

西洋化アピールのための威信をかけた大晩餐会

 しかし西欧化を目指している日本にとっては都合が悪い。そこで明治天皇が自ら肉食を食すると表明したという。これで肉食こそが文明開化の象徴と肉食文化が一気に花開いたという。実際に明治天皇は政府の要人を招いて洋食による昼食会などを実施していたという。西洋料理に馴染むための練習でもあったという。

 そしてその明治天皇が1889年に日本の近代化を世界にアピールするべく、大日本帝国憲法発布を祝う大晩餐会を世界の公使を招いて実施することにする。そこで振る舞われたのはフランス料理のフルコースであり、器には菊の紋の入った有田焼の洋食器が用いられ、日本の技術もアピールすることになったという。晩餐会は好評であり、日本は大いに面目を施したという。


 と言うわけで、以上日本の面目をかけての晩餐会の話なのだが・・・ハッキリ言ってどうでも良いような大したことのないネタです。番組自体も佐藤二朗が復元された料理を食べて「美味い」とか言っていただけで、ゲストの河合敦氏に到っては番組そっちのけで本気食いしていただけという始末。佐藤二朗が「この番組やって良かったと初めて思った」とか言っていたけどそりゃそうだろ。ハッキリ言ってそんなシーンだけ見せられているこっちは「どうすりゃ良いねん」って世界だった。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・明治以降、日本は欧米化を進める意味で明治天皇が自ら肉食を始める。
・日本では穢れを防ぐという意味で、宮中では永らく肉食を禁じる文化が続いていたが、そのためにペリーを招いた宴席では、日本式の豪華な膳を出したにもかかわらずペリー達のがさつな舌には非常に不評であった。
・肉食を解禁した日本が世界にアピールしたのは、皇室外交として行われた大日本帝国憲法発布を祝う大晩餐会。各国公使を招いて日本製の洋食器でフランス料理のフルコースを振る舞い好評を得、日本は大いに面目を施した。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・ハッキリ言ってどうでも良いネタって印象だけが強かった。日本の肉食解禁を描くのなら、もっと巷のドタバタなんかを紹介した方が良かったように思う。

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