ウイルスでがん細胞を攻撃する
ウイルスを使用した画期的なガン治療薬が2021年の6月に承認されたという。これはがん細胞に感染して死滅させるウイルスだという。重い脳腫瘍に対して、標準的な治療だと15%だった1年後の生存率が、84.2%まで向上した。この薬を開発したのは東京大学医科学研究所の藤堂具紀教授。ウイルスの増殖力を逆手にとってがんを退治するのだという。
ウイルスは細胞内で増殖して最後は細胞を破壊して出てくることから、この性質を利用したらがん細胞を殺せるのだという。鍵となったのはウイルスを遺伝子操作したことで、正常細胞では増えずにがん細胞でだけ増えるようにしたことだという。ウイルスのDNAにはDNA合成に必要なタンパク質を合成させることと細胞を自滅させないという指示がかき込まれているのだが、これをタンパク質を作らず、細胞を自滅させるように書き方のだという。
用いられているのは身体のほとんどの細胞に感染する単純ヘルペスウイルスだが、DNA合成に必要なタンパク質を作るICP6遺伝子を働かないようにすることで、正常細胞内では必要なタンパク質を合成できないせいで増殖できず、がん細胞では既にDNA合成に必要なタンパク質を大量に持っていることから増殖できるのだという。さらに感染細胞の自滅を妨げるγ34.5という遺伝子をなくすことで、正常細胞だとウイルスが増殖する前に細胞が機能停止して細胞ごと死んでしまうが、がん細胞ではそもそも細胞の機能を停止する機能が損傷しているので、ウイルスは増殖できて感染を広げるのだという。
免疫に積極的に働きかけることで効果を増す
ただしこの2つの改変だけだと、がん細胞を殺す能力も低かったという。そこで免疫細胞から逃れるα47という遺伝子を書き換えて免疫に見つかるようにしたのだという。そのことによってがん細胞が免疫細胞に探知され、排除されることによって免疫細胞ががん細胞を特徴を把握して、各地の転移したがん細胞なども攻撃するようになるのだという。これによってがん細胞を殺す能力は10倍になったという。
現在、このウイルスは脳腫瘍だけでなく、あらゆるがんに対する効果が調査されている。信州大学では進行した皮膚ガンに対する試験が実施されている。従来は悪性黒色腫は転移が起こりやすいのでよく効く薬はほとんどなかったのだが、免疫チェックポイント阻害薬が突破口になり、ウイルスを免疫チェックポイント阻害薬と合わせて使用することで効果が増したという。この治療用ウイルスにはさらにインターロイキン12を作る遺伝子を組み込むことで、免疫細胞を活性化させる効果を持たせたという。この場合はウイルスが直接にがん細胞を攻撃するだけでなく、免疫が持続的にがんを攻撃しているのだという。
以上、新たながん治療の選択肢となり得るウイルス治療について。番組を見る限りでは非常に劇的な方法のように思えるのだが、恐らくまだ効く患者が限られているのが現実だろうと思われるので、藤堂氏が言っていたように、あらゆるがんに適用できるように拡大していくというのが鍵だろう。どうもがんという病気は患者ごとに特徴があるようで、同じガンと括られても病気の中身は大分違うというようなことが起こるようである。
なおウイルスにはDNAを書き換えるという能力もあるので、私などはDNAが損傷してガン化した細胞のDNAを正常に書き換えると言うことができないかなどと妄想するのであるが、どこが損傷してるかは人によって様々だから、現実的にはこれは難しいんだろうな。だけどこれが出来たらまさしくガンの根治治療法になると思われるが。
忙しい方のための今回の要点
・ウイルスを利用したガン治療法が開発され、このほど国内で承認された。
・ヘルペスウイルスを遺伝子書き換えし、DNA合成に必要なタンパク質を合成する機能と感染細胞の死滅を抑える機能を停止したものだという。これで正常細胞内では増殖できず、がん細胞内でだけ増殖するようになるという。
・さらに免疫細胞から積極的に発見される性質を加えたことで、免疫細胞ががん細胞の特徴を認識できるようになり、効果が10倍増したという。
・悪性脳腫瘍だけでなく、他のガンについてもウイルス治療薬の試験が実施されている。
忙しくない方のためのどうでもよい点
・がんに対してはいろいろな研究が進められていることで、新たな治療法が続々と出てきています。以前のような不治の病というイメージが徐々に変わりつつあります。もっともまだ早期発見が鍵ではあるようですが。
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