教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

12/14 NHK 歴史探偵「情報戦 関ヶ原」

関ヶ原での情報戦に注目・・・とのことだが

 今回は今更またもやの感がある関ヶ原の合戦。どうやら来年の大河が家康だそうなので(またやるのか)、それ絡みで引っ張ってきた模様。例によって過去に放送した関ヶ原関連の番組から映像引っ張り出してきて一本作っているお手軽企画。

 今回は関ヶ原における情報戦に注目するとのこと。当然のように関ヶ原の合戦では大名を陣営に引き込むための文書が飛び交っていたのだが、圧倒的な文書が残っているのは家康。それに対して三成の文書は少ないが、何もこれは三成が文書を送っていなかったのではなく、三成からの文書を受け取っていたと分かったらヤバいので、大半が処分されていて残っていないとのこと。むしろ一部でも今までの残っているのが驚きである。一方の家康からの文書となれば、当然のように大事に残されたのは当たり前である。

 

 

積極的に参加した毛利輝元に意外と追い込まれていた家康

 それらのやりとりされた文書をデータベース化したところ、今まで思われていた事実と異なっている実情も浮かび上がってきたという。例えば三成に無理矢理に西軍の総大将に祭り上げられていやいや参加したというように思われていた毛利輝元だが、実のところはかなり積極的に参加しており、実際に船を仕立てて大坂まで2日で乗り込んでいるという。輝元にすれば、この機会に西国を押さえてしまうおうという意図があったという。

 なお終始有利にことを進めていたように言われる家康であるが、実際のところはそれは結果的に勝ったから後から言われていることで、毛利輝元が大坂城に入って秀頼を手中にしてしまってからはかなり際どかったという。西軍は家康の罪を挙げて謀反人として家康を糾弾したので、家康としてはここで大名を自陣営から離反させないために多くの書状を送る必要があったのだという。

 鍵の一人となったのは福島正則。西軍との最先端にいた福島には是非とも率先して西軍と戦ってもらう必要があったという。しかし西軍からの働きかけも当然あったので福島正則も迷っていた。そのために半月ほど動かなかったという。そこで家康は使者を送って「日和るんじゃねぇ」と言わんばかりの挑発をしたのだという。これで福島が激発して岐阜城攻撃を始め、他の大名も雪崩を打って家康側に付いたという。

 

 

戦いの鍵を握った吉川広家

 さらに鍵となったのは毛利軍の吉川広家。関ヶ原の入口の南宮山を毛利勢が布陣しており、これを無視して関ヶ原に突入すると横擊を食らうことになってしまう。そこで黒田長政らが吉川広家に密書を送って、吉川を東軍に引き込もうとしていた。

 一方の吉川は輝元が秀頼と共に現れるのを待っていたという。しかし輝元は大坂城から動かなかった。それは輝元は関ヶ原よりも領土拡大のために四国や九州への派兵を優先していたのだという。もっともこれは輝元が無能だったと言うよりも、関ヶ原の合戦がたった一日で終わってしまうという事態の方が異常だったという。

 やってこない輝元に揺らぐ吉川広家。ここに戦いに参加しなれば毛利の領地は安堵するとの書状が届く。これで吉川は輝元が現れたら共に東軍を叩けばよし、現れなくても動かなければ領地は安堵と考え、結果として動かないという密約を交わしたという。これで東軍は南宮山を通過する。このことによって毛利が東軍に通じたことを小早川が理解したことが、彼の寝返りを促すことにもなったという。そして結果としては東軍が勝利することになる。なお毛利の本領安堵の約束は簡単に反古にされてしまう。

 

 

 と言うわけで結局は「あの時に毛利輝元が秀頼を連れて駆けつけていれば」との話になるのだが、実際にそれをやっていたら間違いなく福島正則などは寝返るか、戦場を離脱することになると思うので、勝敗の帰趨は完全にひっくり返っていただろう。

 なんだが、やっぱりこの番組らしく中身が薄い。ハッキリ言って今までやった番組の総集編を佐藤二朗を中心とした無駄話でつないでいただけ。ちなみに年明けの次回も大河関連のゲストを呼んで佐藤二朗の無駄話をするつもりの模様。何か段々とアホらしくなってきた。NHKの番組の劣化は止まらない。なおガッテンの後番組とかいう「トリセツ」も1度見てみたことがあるが、あまりの中身の薄さとまるで民放のバラエティのような下品な作りに耐えることができず、最後まで見ることがなく視聴を断念している。正直なところこの番組もこれ以上佐藤二朗を前面に出して無駄話ばかりさせるなら、私も落ちるかもしれん。「歴史への招待」の時代からこの枠の番組を見続けてきたが、もうそれも終わりかも。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・関ヶ原の合戦においては、大名を自陣営に取り込むための大量の文書のやりとりが行われていた。
・また文書から毛利輝元は言われているように仕方なく西軍に参加したのではなく、かなり積極的に参加していたことも分かってきた。
・西軍から秀頼をないがしろにしたと糾弾された家康は、大名を自陣営に留めるために多くの書状を送るなどの工作を行った。
・特に先鋒となる福島正則には硬軟両様で迫り、結局は味方に引き入れている。
・また毛利の吉川広家にも働きかけ、結局は毛利軍を引き込むことに成功。そのことが小早川秀秋が寝返りを決断することにもつながった。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・まあ今更というような内容ばかりでしたね。まあそれがこの番組の最大の特徴です。今や歴史番組としてはBS-TBSのにっぽん歴史鑑定の方が明らかに上ですからね・・・。NHKも一体どこまで落ちるのやら。これでBSで放送されているいくつかの優良番組まで消えたら、いよいよNHKを見切る時ですね。

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