教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

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1/15 サイエンスZERO「もはやSFでない!"人工冬眠"研究最前線」

SFの世界が現実化する?!

 冬などの寒くて餌の少ない時に、代謝を極限まで落として冬眠で乗り切る動物が存在する。これがヒトでも可能となれば、救急現場で措置までの時間を稼いで生存率を上げたり、また遠くの天体まで冬眠状態で移動するなどというSFの世界が実現する。今回はこのヒトの冬眠が、夢物語ではなく実現可能なのではないかと思わせる研究結果を報告する。

 冬眠する動物としては蛇やカエルなどの変温動物があるが、クマやリスなどの恒温動物の一部でも冬眠する。ちなみにシマリスは通常37度ぐらいの体温が5度にまで下がるという。また1分間に400回の心拍数も10回にまで減少するという。冬眠状態では代謝や酸素消費量が最少に抑えられているので、ヒトでこれが可能となると一刻を争う集中治療や緊急搬送の際に臓器や脳のダメージを抑えることが期待できる。

 

 

ヒトの冬眠の可能性を示唆した画期的研究報告

 2020年に驚きの論文が日本の研究チームから発表された。それは本来冬眠しないはずのマウスを冬眠状態に誘導できたというのである。研究メンバーの理化学研究所の砂川玄志郎チームリーダーは小児科医として児童の救命率を上げるために人工冬眠の研究を始めたという。転機はキツネザルが冬眠しているという論文だという。霊長類で可能ならヒトでも可能ではないかと考えたという。彼は「冬眠はしないが自ら代謝を落とすことができる」マウスで実験を行ったという。マウスは餌が不足などしたら日内休眠という代謝の落ちた状態になるのだという。これを利用したら人も冬眠できるのではと考えた。

 目安となるのは体温。冬眠動物は27度も低下するが、マウスの日内休眠では3.8度しか落ちなかったという。しかし2年後、筑波大学の櫻井武教授がマウスの脳の機能を調べるために神経細胞を刺激する実験をしていたところ、ある神経を刺激したら冬眠状態になって動かなくなったのだという。この時に刺激したのが視床下部のQニューロンと呼ばれる神経細胞群だという。そしてこの時に何が起こっているのかを親交のある砂川氏に相談したのだという。Qニューロンを刺激したマウスは体温が室温レベルまで低下し、さらに酸素消費量は激減してその状態が数日続いたという。Qニューロンを刺激することで、冬眠をしないと考えられていた動物を冬眠させられる可能性が浮上したのだという。

 ちなみにQニューロンはヒトにも存在するので、ヒトも冬眠が出来る可能性が浮上したわけである。砂川氏はこれを救急救命に使用することを考えている。

 

 

そもそも人間は冬眠していた?また臭い刺激で冬眠を誘導する

 昔の人類は冬眠が出来たのではないかという研究もあるという。50万年前のネアンデルタール人の祖先であるホモ・ハイデルベルゲンシスの骨を調べたところ、冬眠していたのではないかという可能性が浮上したのだという。骨に多くの穴や層が出来ていたことが冬眠をしていた証拠なのだという。

 さらに臭いでマウスを冬眠のような状態に誘導した研究もある。関西医科大学の小早川高准教授はマウスの嗅覚の研究の過程で、チアゾリン類恐怖臭という物質を使用してマウスを冬眠のような状態に出来たという。これはマウスの天敵の臭いを模したもので、これをマウスが感知すると身体の動きを止めて体温を低下させるという反応を起こすのだという。この状態だと通常は10分ほどで死ぬ低酸素環境でも5時間以上生存できたという。またこの状態で脳の血流を停止しても、脳の破壊が大幅に抑えられた。これをヒトに応用できれば救急搬送の際に臭いを嗅がせるだけで冬眠させられる可能性が生じる。

 

 

冬眠する動物が持つ特殊能力

 さらに冬眠中の動物を調べたところ、特殊な能力を有していることが分かった。ハムスターなどでは冬眠中に体温の上下を繰り返していることが分かったが、ハムスターは冬になると固まりやすい飽和脂肪酸を減らして不飽和脂肪酸の割合を増やす。しかし不飽和脂肪酸は体温が高い時には酸化しやすいという弱点がある。そこでハムスターはビタミンEを用いて不飽和脂肪酸の酸化を防いでいたという。この脂のコントロールが出来れば、生活習慣病の防止なども可能になるのではないかという。また冬眠中には数ヶ月にわたって絶食するクマだが、それにも関わらず筋肉量の減少がない。クマの骨格筋を調べたところ、タンパク質を作る命令系統とタンパク質を壊す命令系統が顕著に抑制されていることが分かったという。活動期のクマと冬眠期のクマの血清をヒトの筋肉細胞にかけたところ、冬眠期の血清の方が総タンパク量が多いことが分かったという。これは寝たきりの防止などのリハビリに利用できるのではという。

 なお冬眠は良いことばかりというわけでなく、冬眠中には免疫が顕著に低下することが分かっているので、これは要注意とのこと。

 

 

 以上、冬眠研究の最前線だが、ヒトにも冬眠の可能性がというのが驚いた。これが実用化されたらまさにSFの世界が実現することになる。宇宙旅行だけでなく、現在の医療で治療出来ない病人を未来の医療に託すということも可能性が出てくるだろう。

 実際に人工冬眠が可能となれば、将来に計画されている火星探査飛行なんかの持参する食糧を減らすと言うことも可能となろう。火星到着までは航路維持のための最小限の人員だけを起こしておいて、他のメンバーは冬眠させておけば必要食糧は最小限で済むことになる。と言うわけでこの技術はNASAなんかも興味を持つところだろうと思われる。

 もっとも冬眠が出来たとして、一体どのぐらいの期間だったら問題なく再び目覚めることが出来るのかということもあるだろう。いくら代謝を限界まで落としているといっても0ではないので、徐々に老化などは起こるはずだ。一冬を越すぐらいは可能でも、さすがに数十年となったら、冬眠の間に生命活動が終わってしまうという危険もあるような気がする。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・もしかしたらヒトも冬眠できるようになるのではという驚きの研究報告が2020年に日本の研究者グループからなされた。
・それは冬眠をしないはずのマウスの視床下部のQニューロンという神経細胞群を刺激すると、マウスが冬眠状態になったという報告である。なおヒトにもQニューロンは存在する。
・またヒトの祖先であるホモ・ハイデルベルゲンシスの骨格から、冬眠の痕跡が見られたことから、実はヒトはそもそも冬眠する能力を有しているという報告もある。
・また臭い刺激でマウスを冬眠状態にしたという研究もある。これはマウスにチアゾリン類恐怖臭を嗅がせると冬眠状態となり、通常なら10分で死亡する低酸素環境に5時間以上耐えたとのことである。
・人工冬眠が可能となったら、救急搬送時などに臓器や脳の損傷を防ぐための利用が考えられるという。
・さらに冬眠時の動物の研究からも様々なことが分かってきた。ハムスターは冬眠に備えて体内の脂肪の状態をコントロールし、クマは冬眠中にはタンパク質の合成及び破壊を抑えることで筋量の低下を防ぐ。これらの研究を成人病予防やリハビリに使える可能性があるという。

 

忙しくない方のためのどうでもよい点

・人工冬眠と言えばまさにSFそのものです。昔私が読んだSFに、数十年冬眠するはずだったのが、その間に核戦争が発生して数百年後の人類がほとんど絶滅した時代に目覚めるって話があったな。一種の一方通行のタイムトラベルものですね。こういうのもあり得ることになる。

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