教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

6/7 NHK 新プロジェクトX~挑戦者たち~「技術よ 小さき命を救え~町工場 夢の心臓・血管パッチ開発~」

町工場に画期的開発を託した心臓外科医

 今回登場するのは心臓に異常のある幼児のための手術用パッチ。従来品は伸びないことから心臓が大きくなると再手術して替える必要があった。しかし今回、その必要がない伸びるパッチが医師と町工場の連携で開発されたのだという。

血管パッチを使用した手術 出典:帝人HP

 大阪医科薬科大学の小児心臓血管外科の根本慎太郎医師は、子供の心臓手術で再手術で何度も負担をかけることに悩んでいた。自身の次男も病気を持っていて何度も手術をして8歳で亡くなっているという経験から、子供を手術に送り出さないといけない家族の苦しみはよく分かっていた。彼は我が子に伸びるパッチの開発を行うことを誓った。

 まずは協力してくれるメーカーを探したが、どこも「心臓はリスクが大きすぎる」と断られ続けた。そんな中で福井の町工場が医療技術に乗り出すという記事を見て、根元は実際にその町工場を訪ねる。

 根元を出迎えたのは繊維一筋40年の福井経編興業専務(当時)の高木義秀。従業員90人の中小企業であり、大手メーカーからアパレル用の生地を受注してきたが危機を感じていた。かつての繊維王国福井も海外メーカーの台頭などでメーカーも1/3までに減少していた。高木は新たな活路を求めて根本の依頼を受けることにする。

 

 

開発を託された技術一筋の男

 社運をかけた事業を託せる人物は生産部の山田英明しかいないと考えた。どんな難題にも挑む技術者だった。1993年に工業高校を卒業して入社した山田は大企業に勤める友人との給料などの差に落胆してやる気を無くしていた時、上司である開発課の竹村吉崇に「おもしろいもんを見せたる」と声をかけられる。山田が連れて行かれたサンプル室には創業以来の生地のサンプルが保存されていた。「編み方には人の数だけ答えがある」と言われた山田は自分だけの編み方を産み出したいとチャレンジするようになる。それから20年、彼の技術が試される時が来た。開発会議が行われたが、根本の要求は縦横2倍に伸びる生地というもので、山田らにとってはそれは無謀な要求のように思われた。

 2013年、開発が始まる。山田は溶ける糸に着目する。溶ける糸を編み込み、糸が溶けた後に伸びるようにすることを考えた。しかしなかなか上手く行かなかった。根本からの進捗チェックが気が重かった。しかし根本は根本で患者の望みを背負って諦めるわけにはいかなかった。

 一方の福井では1年だけで9社が倒産していた。失敗するわけにはいかないと山田にプレッシャーがかかる。そこをかつての上司の竹村が訪ねてくる。山田の近況を聞いた竹林は笑顔で「新しいことが出来るのは良いな」という。山田はもう一度、サンプル室を訪れることにする。そこで無数の穴が開いているメッシュ生地に目をとめる。穴を広げるのでなく、縮めれば良いのではというアイディアが浮かぶ。穴のある大きな生地を溶ける糸で縮めるという逆転の発想だった。

 

 

最後の問題解決に大手企業に協力を要請する

 開発を初めて半年、山田はようやく解答にたどり着いた。メンバー達はこれを見て驚く。しかし新たな課題も浮上する。このまま心臓に縫い付けると血液が漏れることが判明した。何か加工をする必要がある。加熱など様々試してみるが上手く行かず、町工場では限界だった。高木は思いきった手を打つ。長年下請けをしてきた帝人にこの布にコーティングを施して欲しいという逆提案を持ち掛けたのである。

 帝人の藤田顕久は心臓はリスクが高いとためらうが高木は食い下がる。帝人はこの逆提案を受けることになり、80人の社員を投入する。血を漏らさず、柔らかく手術しやすいものでないといけない。様々な条件を試し、5年をかけてようやくバッチが完成する。

 そして最後の難関の臨床試験が開始される。1年間何の問題も起こらなければ成功である。臨床試験が開始される。34人の協力者に手術が施される。そして経過観察がなされる。1年後、無事に何の問題も発生せずに臨床試験は終了する。バッチの販売が正式に承認される。11年越しの夢が叶った瞬間だった。

 

 

 一昔前のネタが多いこの番組にしてやけにホットで、いささか宣伝めいた感のある内容であった。もっともそれだけに「よくぞ」という感もある。この血管用バッチは「シンフォリウム」と名付けられ、つい先日に公式発表された直後である。これだけ迅速に番組に採用したのは、恐らくNHKも臨床試験辺りから注目して追跡していたのだろう。

www3.nhk.or.jp

 ただこの開発に成功した福井経編興業もこれで一躍大成長・・・とはならんだろう。相変わらず日本の繊維不況の根本体制は変わっていないし、新たな展開で一矢報いたという辺りが現実だろう。これがもっと大きな商売に拡大していったら、もうこっちをメインにする手はあるんだろうが。

 最初は尻込みしていた帝人も、下請け先にここまで熱く迫られたら断るわけにもいかんかったんだろうな。ただ80人も投入しての開発はかなり本気で、お義理でやったものではない。まあだからこそ開発に成功したんだろうが。福井経編興業の決断が一番すごいが、実はこの帝人の決断もなかなかにすごい。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・幼児の心臓手術用の血管バッチは、心臓の成長に合わせて取り替える必要があり、その度に負担の大きい手術を行う必要があった。
・大阪医科薬科大学の小児心臓血管外科の根本慎太郎医師は成長に合わせて伸びるパッチの開発を目指したが、協力を申し込んだ企業はことごとくリスクが大きいと尻込みする。
・そんな時、福井の町工場の福井経編興業が医療技術に乗り出すとの記事を見て、根本は福井経編興業を訪問する。福井経編興業専務の高木は根本の申し出を受けることにする。
・社運を賭けたプロジェクトに起用されたのは技術一筋の山田英明。しかし根本が要求する縦横二倍に伸びる生地という要求に苦闘する。
・しかし溶ける糸を使って穴の開いた大きな生地を縮めるというアイディアで根本の依頼を解決する。しかしこの生地は血液が漏れるという問題が発生、それを防止するためのコーティングの開発を大企業の帝人に依頼する。
・帝人では80人の研究員を投入して開発、5年後にようやくコーティングに成功。そして臨床試験も無事に通過して、ついに発売が決定される。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・まあこういうのはなかなかに良い話だと思います。今の日本ってこういういい話が本当になかなかないんだよな・・・。

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