教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

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番組リスト

6/16 サイエンスZERO「夢の資源!?"海水"研究最前線」

海から淡水を取り出す技術

 水の星の地球であるが、その水のほとんどは海水であり、利用可能な淡水は極めて限られている。そのために将来的に世界で水資源問題は深刻化することが予測されている。そこでこの海水を利用しようという研究の最前線を紹介する。

海を水資源として活用する

 まずは海水の淡水化技術。一番古典的な方法としては海水を沸騰させて蒸気を冷やせば淡水になるが、この方法はエネルギー消費が多すぎて実用的ではない。そこでいかに省エネルギーで淡水化が可能であるかがポイントとなる。

 神戸大学大学院工学研究科の松山秀人教授が開発した方法は、ほとんどエネルギーを使用せずに淡水を取り出せるという。赤い液体と海水を半透膜を介して隣接させると、海水から赤い液体に水が移動していく。これは赤い液体にはポリプロピレングリコールなどの高分子溶液であり、その濃度は何と80%もある。これに対して海水の塩分濃度は3.5%に過ぎないので、浸透圧のために海水から高分子溶液に水が移動することになる。ただここで赤い液体から水を取り出せないと意味がない。この赤い液体は80度程度まで温めると2層に分離するので、水を取り出すことができる。高分子が70℃以上では水分子を離すことで分離するのだという。この80度の熱は太陽光などで作り出せるレベルで、ハワイでの実験では1日当たり50万リットルの淡水を作り出すことに成功したという。

 

 

海水で育つ植物に海水からの水素取り出し方法

 淡水の消費が最も多いのは実は農業である。しかし植物は葉にナトリウムが入ると光合成が出来なくなって枯れてしまうために、海水で育てることはできない。ここで新しい植物の研究も進んでいる。農研機構遺伝資源研究センターの内藤健氏によると、小豆の仲間には塩水でも育つものがあるのだという。ハマササゲという種は波しぶきを被るような場所でも育つという。そこでナトリウムの蓄積を調べたところ、普通の植物は葉にナトリウムが蓄積するのに対し、ハマササゲではナトリウムはほとんど蓄積しておらず、根で阻止しているのだといる。また種によって茎に蓄積して葉に入れないもの、若い葉にナトリウムを押し付けるもの、さらにはナトリウムが葉に蓄積しているのに光合成ができるものなど、様々なものが存在した。内藤氏はこれらのメカニズムを解明することで、農作物を海水で栽培できるようになるのではと考えている。

波しぶきを被っても育つハマササゲ(出典:農業生物資源研究所HP)

 最後は海水からエネルギーを取り出す研究。海水から水素を作ろうというものである。海水を電気分解するとマイナス極に水素が発生するのだが、プラス極の方で有毒な塩素が発生し、電極を劣化させてしまうのが大問題となっていた。これに対して山口大学の中山雅春教授は、二酸化マンガンを用いることで塩素の発生を抑えられることを解明した。プラス極に二酸化マンガンをコーティングしたうえで加熱、ところどころに酸素欠損のある状態にしたところ、プラス極から塩素ではなく酸素が発生するようになるのだという。従来の電極では酸素よりも先に塩素が反応していたのだが、この電極では酸素欠損部に海水中の水分子の酸素が集結して、塩素よりも先に酸素が発生するのだという。酸素が先に付くことで塩素は近寄れなくなるということである。

 これ以外にも河口付近での海水と淡水の濃度差を使った発電なんかも研究されているという。

 

 

 以上、海水を利用するという研究について。海水から濃度差によって淡水を引き出すという研究は前から知ってはいたが、今回聞いた限りではもう実用化一歩手前という印象である。現在は番組中でも紹介されていた逆浸透膜に加圧する方法が主なのでエネルギー消費が多くて高コストという問題があるのだが、今回の方法が実用化されれば、太陽光や廃熱でも利用可能とのことなので、大幅なコスト低減が期待できる。気になることがあるとしたら、生成した水の純度(ポリプロピレングリコールが混ざるようでは飲料水としては問題)と高分子の利用可能回数(何度もリサイクルしていたら劣化するのでは)辺りだろうか。

 海水で育つ植物というのにはぶったまげたが、これが可能になったら淡水化して農業用水にするよりも低コストなので期待大ではある。ただしこの際には海上浮遊農園などの形にしないと、地上の畑に海水を撒いていたらさすがに塩分が蓄積して不毛の塩の大地になりそうである。

 なお水素については私は「そりゃ海水を電気分解すりゃいいのでは」と軽く考えていたのだが、塩素の発生は盲点だった。化学が本業の人間としては恥ずかしい限り。そりゃプラントから塩素がモクモク発生したら電極の劣化を除いても大惨事である。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・世界の淡水資源が切迫する中、海水の利用が研究されている。
・神戸大学の松山秀人教授は高分子を使用して浸透圧でエネルギーを消費せずに海水から淡水を引き出す技術を開発した。高分子溶液は80度の加熱で水と分離することができる。
・また塩分に強い植物のメカニズムを解明することで、海水で育てることのできる作物の研究も進んでいる。
・海水を電気分解して水素を取り出す際、陽極で発生する塩素が問題となっていたが、山口大学の中山雅春教授が二酸化マンガンを使用することで塩素の発生を抑えることに成功した。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・海水の利用についてだが、エネルギーを使わない淡水取り出しというのは一番実用性が高そう。
・なお水素取り出しを「エネルギー源」と言っていたが、厳密には電気分解に膨大なエネルギーが必要なので、実際はエネルギーの変換に過ぎないんだよな。赤道直下などで太陽光発電から水素を作って、それを輸送して各地で使用するみたいな。

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