教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

"ナチスの残虐行為に荷担しながら戦後に追及を逃れた大科学者" (7/30 BSプレミアム フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿「いのちの優劣 ナチス知られざる科学者」から)

ナチスの荷担しながらも追及を逃れたフェアシュアー

 ユダヤ人虐殺などの残虐行為を組織的に行ったナチスであるが、同時に600万人以上のの障害者も抹殺していたことで知られている。その影には一人の科学者が存在し、しかも彼は戦後に戦犯として追及を逃れてドイツ科学界の重鎮として君臨したというのである。

 ナチスによる障害者の大量虐殺は、それを進める多くの科学者や医師が関与していた。ヒトラーの主治医だったカール・ブラントは障害者を安楽死させる計画を立案・遂行した。精神医学者のカール・シュナイダーは人体実験で精神疾患の患者を解剖・殺害を繰り返した。アウシュビッツの医師だったヨーゼフ・メンゲレは処刑された人々の標本を作っていた。そして彼らの影から近年になって浮かび上がってきたのが人類遺伝学者のオトマール・フォン・フェアシュアーである。戦後ドイツの大学教授として要職を歴任し、ドイツの科学界トップに君臨し続けた人物である。

 

優生学に魅入られてナチスに協力したフェアシュアー

 ドイツ中心部の町ゾルツで1898年に産まれたフェアシュアーは大学で医学を学ぶと、当時最先端だった優生学に惹かれる。進化論と遺伝学が結びついた優生学は、遺伝的に劣性である者を取り除いて優秀な人類を作るという発想で、当時のドイツではかなり広がっていたという。

 優生学に取り付かれたフェアシュアーは双子の研究で遺伝が病気などに関わる度合いについて研究、結核の発症のしやすさには遺伝的な影響が相当な重要性を持つと結論づけたという。なおこのフェアシュアーの結論は間違っていなかったことは最新の研究でも明らかとなりつつあるという。彼の研究国際的に評価されて彼の地位は高まる。

 彼はそこからさらにこの結論を民族を守るために利用するべきと拡張して、優生学の観点から患者に不妊手術を施すことを主張した。さらには障害者に対しての不妊手術も主張した。当時、経済的に困窮していたドイツでは「障害者を助ける金で健常な人々を助けるべきである」としてプロイセンなどではフェアシュアーの考えに沿って障害者の不妊手術を求める法律案を作成、そこには「本人の同意があれば不妊手術を認める」と記されていた。しかし当時は国の法律で不妊手術は禁止されていたために、州独自のこの法案は成立に至らずに終わる

 しかしそこにナチスの台頭が始まる。ナチスが政権を握ると優生学に傾倒していたヒトラーは障害者の不妊手術を強制する「断種法」を成立させる。この法律は身体障害、知的障害、遺伝すると考えられていた病気などの患者に不妊手術を強制するものだった。ナチスはこれを「民族を守るため」と称して正当化、フェアシュアーはこれに積極的に関与することになる。フェアシュアーはヒトラーのことを「優生学を国家の主要原則とした初の政治家」と賞賛したという。

 ナチスと結びついたフェアシュアーはフランクフルト大学遺伝病理学研究所所長に就任、フランクフルト市民の遺伝情報を集めると遺伝カードを作成、断種すべき人々をあぶり出すことを始めた。遺伝的に問題ないと判断したカップルのみに結婚適性証明書を発行し、遺伝的に問題があると判断した場合には断種を優性裁判所に申請、ここで次々と断種の判決が下されて行ったという。フェアシュアーはこのような行為を「素晴らしいこと」と信じていたのだという(狂ってるとしか思えん)。1945年までに40万人が強制的に断種されたという。犠牲者は当時のドイツ国民の200人に1人にも及ぶという。

 

ユダヤ人の根絶にも積極的に関与

 さらにナチスはユダヤ人の根絶を目指す。劣等人種であるユダヤ人を放置するとドイツ民族が劣化するという考えで、フェアシュアーも科学者の立場からこれに賛同・協力する。1935年には血統保護法が制定され、ユダヤ人がドイツ人と結婚することや性的関係を持つことが禁じられた。しかし驚いたことに、ナチスはユダヤ人とは何なのかということを定義することが出来ていなかったのだという。ユダヤ人とドイツ人には外観上の差異がほとんどなかったために、誰がユダヤ人で誰がドイツ人かを確定できなかったのだという。

 フェアシュアーはユダヤ人を科学的に特定する方法の検討に乗り出す。そしてユダヤ人の身体的特徴を明らかにしようとした。その結果から、ドイツ民族の特徴の保存が脅かされないようにユダヤ人を完全に隔離することが必要であると結論づけた。彼はナチスがユダヤ人を隔離して殺害することを正当化したのである。

 その頃彼の元にヨーゼフ・メンゲレが赴任してきた。フェアシュアーは彼の能力に目をつけて彼を重用する。そしてフェアシュアーは血液からユダヤ人特有の性質を見出そうとしていた。この研究に必要な大量の血液を集める任に当たったのが、アウシュビッツに赴任したメンゲレであった。ここでメンゲレは大量の血液を集める。体中の血液を抜かれて死んだ人もいるという。こうして採取した標本はフェアシュアーに送られて研究に使用された。さらにメンゲレは標本を集めるために収容された人々の殺害を進めた

 

戦後はアメリカの思惑もあって責任追及を逃れる

 しかしナチスが敗北したことで彼らは追われる身となる。フェアシュアーは自らに不利な証拠を焼却したという。戦争に荷担した科学者や医師達は続々と有罪判決を受けて処刑されていた。フェアシュアーの弟子であったメンゲレは南米に逃亡して、死ぬまでの34年間を逮捕に怯える日々を送った。フェアシュアーも尋問されたのだが、アウシュビッツのことは全く知らなかったと主張、結局はたった45万円の罰金のみで許されたという。

 この背景にはフェアシュアーがうまく直接的関与を誤魔化していたこともあるが、当時はアメリカも積極的に優生学を進めており、フェアシュアーを追及することは自らにも疚しいところがあったので中途半端になってしまったと考えられるという。

 研究成果が認めたられフェアシュアーは戦後に科学の世界に返り咲き、ドイツの科学界に君臨することになる。彼は死ぬまで戦争中のことを語らなかったらしいが、恐らく反省は全くしていなかったと考えられるという。

 現代では遺伝学において優生学は明確にタブーとなっているが、その一方で胎児の出産前遺伝子検査が進んだり、中国では受精卵に対する遺伝子操作が行われるなど新たな問題が発生している。

 

 まさにとんでもないマッドサイエンティストであるのだが、あえて今、この話を放送したという背景について考える必要がありそうである。現在の日本では安倍政権に阿る御用学者のみが幅を利かせており、安倍政権が利権のためのオリンピックを実行するためにコロナの影響を誤魔化そうとして初期に検査を徹底的に押さえ込んだ政策を、彼ら御用学者がそれにお墨付きを与える役割を果たした。そして感染拡大防止に最重要な初期にそのような対応の決定的誤りをしたことを認めるわけにはいかない政府は、未だに検査は必要ないと御用学者に合唱させているのである。

 このような御用学者こそ、まさにフェアシュアーそのものである。ナチスによるユダヤ人虐殺にお墨付きを与え推進したフェアシュアーと、政府による国民切り捨てにお墨付きを与えている御用学者は容易に重なる。そういう連想が容易である内容をこの時期にあえて放送したのは、政権から御用放送に徹しろとの統制が強まっている中での現場からのせめてもの抵抗であると私は感じる。

 なお今回は優生学の暗黒面が象徴的に出てきていたのだが、優生学の根本的な誤りは、そもそもどのような特性が人類にとって有益であるかというのを一方的かつ短期的視点で判断することである。そもそも遺伝的多様性というのは生物にとっての生存戦略であり、それを「理想的な」単一種に誘導することは、環境の変化などで容易に種自体の絶滅を促す危険があるのである。番組でも上げられていたが、現在の飽食と言われる時代ではエネルギー吸収効率が悪くていくら食べても太らないような人間の方が有利であるが、これは一旦食糧不足の状態に陥ったら真っ先に命を失うタイプとなる。今日「障害」と言われている者でさえ、環境の変化が起これば生存に有利な条件になる可能性があるのである。例えば盲人などでも、何らかの理由で人類が光の十分に差さない地下生活を余儀なくされるような事態になれば、視覚に頼らずに聴覚などで周囲の状況を把握できる彼らは一転して生存に有利になる。生物の長年の進化を見ていく中では、まさに「奇形」と呼ぶべきような変化が後の進化につながっている例もあるのである。だから早計に目の前の状況だけで遺伝の優劣を判断するのは危険であるというのである。

 

忙しい方のための今回の要点

・優生学の観点から、ナチスによる障害者の虐殺やユダヤ人虐殺に荷担した科学者がフェアシュアーである。
・彼はドイツ民族を汚染から守るとして障害者の断種の強制を推進、さらにはユダヤ人の隔離を主張した。
・また彼はユダヤ人を遺伝的に判別する研究を進めるため、アウシュビッツにいた部下のメンゲルに大勢の血液サンプルなどを提供させた(メンゲルはその過程で多くの被験者を殺害している)。
・しかし戦後に尋問を受けたフェアシュアーは自らのアウシュビッツへの関与を否定。優生学に関してはアメリカ自らも疚しい点があったことからフェアシュアーの責任追及は有耶無耶となり、戦後には彼は科学会に復帰して、ドイツ科学界のトップに君臨することとなった。
・死ぬまで戦争時のことを語らなかったフェアシュアーだが、恐らく死ぬまで反省は全くしていなかったと考えられるという。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・それにしてあれだけユダヤ人根絶にこだわったナチスが「ユダヤ人とは何なのか」というのを規定できていなかったというのは驚き。これから推測すると、自分達に都合の悪い連中はドイツ人であっても片っ端からユダヤ人認定していた可能性がありそう。そう言えば今の日本でも、自分達に好ましくない相手を片っ端から朝鮮人認定している連中がいたな。
・まあ人種差別なんかに固執する輩は、自らその知能の低さを露呈させているようなものですから、実際に優生学に基づいて劣等種を排除するなら、彼らこそ真っ先に淘汰されるべき存在なんです。その辺りが最大の矛盾です。犯罪者や異常者は、自ら以外の他人がすべて狂ってると判断するものなので。

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