教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

"感染症の流行の度に失敗を重ねてきた人類" (7/23 BSプレミアム ダークサイドミステリー「感染症パニック!"見えない恐怖"なぜ人類は間違えるのか?」から)

コレラは狐のせい?

 伝染病は永らく原因が分からなかったために流行の度に人類を恐怖に陥れた。幕末に日本でコロリ(コレラ)が流行した時は、様々な民間療法が試され、挙げ句の果てにはコロリ退散の祭まで行われる始末だったという。当時の日本人はコロリは管狐という目に見えない微小生物が身体の管から体内に入り込んで悪さをしていると考えたという。荒唐無稽な考えなのだが、意外にも微小な生物が身体の管から体内に入り込むというのは的を射ているのが皮肉である。

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管狐

 さらには千年モグラなる妖怪が原因との説まであったとか。しかも知らない間にその千年モグラはアメリカ産ということになっていた。コレラはアメリカから持ち込まれたので、アメリカ産の千年モグラが原因と言うことで納得したらしい。とりあえず理由の説明を求める人間的な心理である。で、これらの異国の悪獣を退治するのがニホンオオカミと考えられ、狼の頭蓋骨が薬として飲まれたという。しかし結局はそのことがニホンオオカミの乱獲につながり、絶滅の原因の一つとなったというのだからなんたる皮肉。

 

ペスト大流行がユダヤ人虐殺を呼んだ

 かつてヨーロッパでは感染症は悪い空気が原因となると考えられていたので、ペストの流行時には鳥の頭のような特殊なマスクが使用されていた。また上流階級は郊外に逃げたりステイホームしたりしてかわしたという。人間同士で何かが感染することは分かっていたが、それが何かは知らなかった。当時の科学者は病気が世界のバランスの崩れによって発生した瘴気から発生すると考えていたという。しかしこれは庶民には理解できるものでも納得できるものでもなく、結局はユダヤ人が毒をばらまいているという結論にたどり着き、多くのユダヤ人が虐殺されることになった(ヒストリアでも放送されていた)。

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 見えない恐怖が差別感情を表に引きずり出してこのような凶行に走らせたのである。このようなことは残念ながら起こりやすいことで、日本でも関東大震災の直後に朝鮮人が井戸に毒を入れたとのデマが流れて、朝鮮人が虐殺されるという事件があった。そして現在でもコロナが発症したらその患者をまるで犯人かように攻撃しているのも似たようなものである。

 

手洗いの重要性を訴えた医師の不幸な結末

 現在はコロナ予防で手洗いの重要性が主張されているが、手洗いが感染症予防の基本と認識されたのはかなり最近のことだという。17世紀には微生物が顕微鏡で観察されたことから、これらが病気の原因とする病原体説も出てきていたが、19世紀までは医学会の主流は瘴気説だったという。

 こんな19世紀の半ばのウィーンでウィーン大学病院の産科医師であるイグナック・ゼンメルワイスは産褥熱の原因を調査していた。出産後の妊婦が謎の高熱を出して死亡する病気で、ウィーン大学病院でも1ヶ月に出産した母親208人の内、36人が産褥熱で死亡したという。ある日、産褥熱で死亡した患者のデータを見ていたゼンメルワイスは、医師や医学生が診察する第一産科と助産婦が出産を担当する第二産科で産褥熱による死亡率が第一産科で18.2%、第二産科で2.8%と大きく異なっていたことに気づく。

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イグナック・ゼンメルワイス

 原因究明のためにゼンメルワイスは二つの産科の違いを調査したが、環境面では大きな差はなかった。また両病棟は隣り合っているので、瘴気が原因なら第一産科だけ死亡率が突出するのも説明が付かなかった。そうして様々な要因を調査していた結果、第一産科の医師だけが死亡患者の解剖をしているということに思い至る。ここからゼンメルワイスは医師達の手に死体因子とでも言うべきものが付着して妊婦に感染したのではと考える。そしてそれを防ぐには手洗いで洗い流せば良いと思い至る。そして医師達に石けんで手を洗うのみでなく塩素系の薬品で手を洗い、爪などは入念にブラシで洗うように指導する。すると第一産科の死亡率が第二産科と同レベルまで激減し、その後も低下し続けたのである。ゼンメルワイスはこの成果をまとめて産褥熱の予防法として1861年に発表する。

 この報告は医学会に歓喜で迎えられ・・・と考えそうなところなのだが、実はそれとは真逆の反応を引き起こした。医学会の権威は彼の考えに激怒して手洗い励行の訴えは完全に無視された。彼の主張は当時まだ主流だった瘴気説を否定していた上に、医師が病気を感染させていたという事実を認めることは彼らのプライドがそれを許さなかったのである(ゼンメルワイスの主張方法もやや刺激的に過ぎたところがあったように私には思われたが)。結局は彼らの逆鱗に触れたゼンメルワイスは4年後に精神がふれてこの世を去る病気の原因が病原体であることをロベルト・コッホが証明したのは、ゼンメルワイスの死のわずか10年後である。コッホの3原則は、まず病気にかかった動物から原因の可能性のある細菌を取り出し、これを培養してから健康な他の動物に摂取し、同じ症状が出ればその細菌が病気の原因であるという極めて明快なものであり、この原則が瘴気説を完全に打破したのである。そしてゼンメルワイスの唱えた手洗いの重要性が証明されることになったのである。

 

未知の病気インフルエンザの登場

 こうして病気の原因は細菌であると判明した。しかしこれだけでは説明できない病気が登場した。それがスペイン風邪ことインフルエンザ。戦争中の兵士達に一気に広がってヨーロッパに拡大した。しかし病原菌を見つけてワクチンを製造するということは成功しなかった。インフルエンザの原因は細菌ではなくてウイルスであったのだが、当時はそれがまだ分かっていなかった。

 アメリカのサンフランシスコにインフルエンザが上陸し、拡大の兆しを見せた時にそれに立ち向かったのがサンフランシスコ市保健委員会委員長のウイリアム・ハスラーだった。彼はワクチン接種以外に人の接触を減らす手を打つ。娯楽施設や学校、礼拝所など人が集まる場所を立ち入り禁止にした。さらには一般市民にはまだ馴染みのなかった医療用のマスクの着用を義務づけた。さらに新聞に広告を打って国を守るためにはマスクの着用が重要であると訴えた。当時戦争中であり、この訴えは国民の愛国心を刺激して義務化以前にマスクの着用率は99%を超えたという。その結果、数ヶ月後にはインフルエンザの感染者は激減し、サンフランシスコ市はマスク条例を解除、そして閉鎖されていた施設も再開した。しかしこの頃に第一次大戦が休戦になったこともあり、国民の意識はマスク条例解除の前に一気に緩んでしまった。その結果、再び感染者数が上昇を始め、再びマスクを義務づけるようハスラーは提案するが、時はまさにクリスマスでマスクをしてはクリスマスを楽しめないとマスク着用条例は市議会で否決されてしまう。結果、サンフランシスコでのインフルエンザ死者は3500人にのぼることになってしまう。その内の4割の1453人はマスク着用解除後の死者だったという。

 

 なんか日本のGoTOキャンペーンの愚策を先取りしてしまっているかのような話になってしまっている。サンフランシスコでは国民の気の緩みで再度の感染爆発を起こしてしまったが、日本では政府の利権優先の愚策が国民の命を危険にさらそうとしている。と、そういうことをハッキリとは言えないものの明らかに匂わせているのは、やはりNHKの現場の些細な抵抗でしょうか。NHKの上層部は安倍総理の宣伝に徹するように指示が出ているが、やはり現場にはいろいろと思うところのある人物も多いはずである。

 

忙しい方のための今回の要点

・日本でコレラが流行した時、民衆はこれらの原因を謎の生き物のせいと考え、狼がそれを駆除してくれると考えたため、ニホンオオカミが薬として乱獲させる羽目になってしまった。
・ヨーロッパでは永らく伝染病は瘴気によるものだと考えられており、細菌が顕微鏡で観察された後になっても、その考えは医学会で主流だった。
・ウィーン大学病院の産科医師であるイグナック・ゼンメルワイスは、産褥熱の原因が医師からによる感染と考え、手洗いの徹底で感染を防止できることを明らかにしたのだが、彼の説は医学会の権威の猛反発を受け、彼はその後精神に異常を来して4年後に亡くなる。
・ゼンメルワイスの死の10年後に、コッホが病気の原因は細菌による感染であることを明らかにし、瘴気説が完全に否定される。
・インフルエンザが流行した時、細菌の探索とワクチンの開発が行われたが、インフルエンザの原因がウイルスであることが分かっていなかったために失敗した。
・インフルエンザがアメリカに上陸した時、サンフランシスコ市保健委員会委員長のウイリアム・ハスラーは人が密集する場所の閉鎖とマスク着用の義務化で一旦は流行を押さえ込む。しかしマスク着用の義務化が解かれて人々の意識が緩んだことで再び感染が爆発。結果として多くの死者を出すことになってしまう。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・結局はトップが対応を間違えたらとんでもないことになってしまうということで、今の日本がまさにとんでもないことになりつつあります。

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