教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

"人類はいかにして未知の病によるパンデミックの危機に対処したか" (7/8 NHK 歴史秘話ヒストリア「ペスト 最悪のパンデミック」から)

元々は中央アジアの風土病だったペスト

 新型コロナの国際的広がりが多くの犠牲者を出して問題となっているが、このような伝染病の爆発的な広がり、パンデミックを人類は今まで幾度となく経験している。かつて世界中にペストが広がった時、人類はこの病に対していかに対抗したか。

 有史以来ペストは何度か流行して多くの人の命を奪ったが、もっとも被害が大きかったのが14世紀のヨーロッパでの感染拡大である。3000万人が亡くなり、これはヨーロッパの人口の1/3に当たるという。

 そもそものペストの発生地は中央アジアであると考えられている。中央アジアのライシェボで14世紀にパンデミックを引き起こしたペスト菌の祖先が見つかったという。ペストはねずみなどの病気なのだが、ノミを介して人に感染し、飛沫や体液を通して人の間でも感染する。発症すると悪寒などと共にリンパ節が大きく腫れ上がるのが特徴、そして重度の肺炎を引き起こして死に至る。このペストがヨーロッパに広がったのは、モンゴル帝国による世界遠征が影響しているという。モンゴル帝国が交通網を整備して移動が盛んになったことが、伝染病を各地に広げることにもなってしまったという。

 

モンゴルによって持ち込まれたペストが不適切行為で拡大

 14世紀の半ば、黒海に面したカッファはジェノヴァの植民地であり交易都市だった。このカッファをモンゴル軍が攻めた時、モンゴル人の間にペストが蔓延、なんとモンゴル軍はペストの死者の遺体を町に投げ込むという策を取り始める(世界最初の細菌兵器かもしれない)。その結果、カッファの町の中でペストが流行、さらに交易路を通してヨーロッパに感染が拡大する。最初はイタリアの港湾都市に広がった。病気の原因が分からなくてパニックになった人々は救いを求めて教会に殺到する。結果として教会が三密状態になってしまう。また不安から現実逃避に走り、賭け事なんかに興じる者が増えたという。結局はこれも三密になってしまう。そして感染はフランスにも広がる。ここで人々はペスト発生地から逃げ出すという行為を取ったために(Go to トラベルである)これが各地にペストを拡大させることになった。そして感染は人の少ない地域にまで広がっていった。修道院の跡からペストで亡くなった48もの遺体がまとまって発見された例があるという。個別に埋葬する余裕さえないぐらい次々と亡くなったのである。そしてペストはついにヨーロッパ全域に広がる。

 この時期は人口爆発の時期で、人口密度が高かったことが感染を広げることになったという。人心は荒廃し、ユダヤ人がペストを広げたというデマが広がって、200以上のユダヤコミュニティが虐殺で壊滅したという(ヨーロッパでは何かがあるとユダヤ人がスケープゴートにされる)。5年間でペストは3000万もの人命を奪った。

 

ペストに対抗する知恵を獲得した人類

 しかし何度かペストの流行にあっている内に、人はペストに対する対抗法を身につけ始める。ペストの流行に何度もさらされたヴェネチアでは離れ島に検疫所を設け、ペストの潜伏期間である40日間を島で暮らして、病人がいないことを確認して初めて上陸が許された。また島には患者を隔離するために施設も設置されており、ここで治療を受け、回復すると別の島の保養所でしばし暮らしてから、社会復帰することになっていた。

 ヴェネチアのカーニバルで見かける鳥のような仮面に黒ずくめの服装というのは、実はペスト専門医の服装を真似たものだという。

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こういう類いの衣装(出典:https://4travel.jp/travelogue/10315151)

 長い嘴に感染を防ぐ効果があるとされたハーブを詰め、手にした杖で患者に直接触れずに診察し、全身を覆う服は感染を防ぐ防護服だったのだという。医療従事者を守りながらペストに対峙する方法が徐々に確立していったのだという(雨合羽でコロナに対峙させようとした維新府政下の大阪よりもよほど進んでいる)

 またトゥルーズでペストが流行したときには、町中を消毒するということまで行われたという。また身体の毒を蒸し風呂で出そうというようなこともなされたらしいが、これについてはデトックスと同じで残念ながら効果なしである。もっとも身体を清潔にすることは疫病防止には間違いなく効果がある。また洗濯、太陽光による消毒、さらには火で燃やすなどの方法も取られたという。これらの対策でトゥールーズでは1年ほどで終息を見たという。

 しかし17世紀半ば、イギリス中部の山村イーム村でペストが発生した時は、牧師のモンパッソンは村人に、外に感染を広げないために村を丸ごと封鎖することを提案する。キリスト教的犠牲心の発露のようだが、外にの感染の広がりを防ぐことは出来たが、医師のいない村の中でペストが流行し、村では4割もの人々が命を落とすことになったという(国によっては外から村を閉鎖して、住民ごと丸ごと焼きはらったなんて例もあるが)。

 

ペスト対策に決定打を放った日本人

 19世紀の終わり、ペストの正体に迫ろうとしているしていたのが北里柴三郎である。彼はペストが流行していた香港に乗り込んで命がけでペストの研究を行った。彼はペストが炭疽病に似ているという仮説から、炭素病菌を見つけるのと同じ方法でペスト菌を探した。そして血液の中からペスト菌を発見することに成功する。これでペストの正体が分かり、一気に対策が進むことになる。ペスト菌は細菌を守る芽胞という殻を持っていないことが分かったため、フェノール水溶液による殺菌、熱を加えること、太陽に当てることなどが有効であることが判明した。

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細菌学の権威・北里柴三郎

 そしてペスト菌の発見の5年後、ついにペストが日本にも上陸する。北里は現地で対策の指揮を執る。患者を病院に隔離し、患者の発生した家を屋根裏から徹底消毒した。しかし当時の大阪では、ネズミを大黒天の使いとして崇める風習があったために、ネズミの駆除に反対する者が出る始末。また医療費の負担や失業を恐れる貧乏人が、感染を隠す例などもあったという。

 これに対して、ネズミについては1匹当たり5銭で買い取るようにしたところ、1日4000匹以上のネズミが駆除されるようになったという(神の使いとして駆除に反対していたのに、買い取りにした途端にこれって、やっぱり大阪人ってとにかく金?)。またペストの予防法の啓蒙活動なども行って、人々の意識の改革を目指したという。こうして30年後に日本国内ではペストの押さえ込みに成功する。

 

 要は感染症の押さえ込みには人々の意識の改革なんかも必要ですというお話。しかし特に重要なのは政府などによる迅速かつ合理的な対策なのだが、今回露呈したようにこんな時にまで利権を漁るような安倍政権のせいで、今の日本ではまともな対策が打てないと言うこと。これは完全に致命的である。

 それにしてもいよいよ東京で感染の二次爆発(というよりも、まだ一次が終息していないのだとも思うが)が発生している一方で、Go to トラベル。これには絶句した。しかも予定前倒しだとか。よっぽど利権が欲しいらしい(今回のこのキャンペーンで竹中平蔵に中抜き利権が大量に転がり込むらしい)。ペストの教訓は今の日本では全く生きていないらしい。これは北里柴三郎が見たら、呆れて天を仰ぐだろう。

 

忙しい方のための今回の要点

・14世紀にヨーロッパではペストが大流行して、人口の1/3に当たる3000万人が亡くなった。
・ペストは元々中央アジア付近で発生したと思われるが、それがモンゴル帝国の世界征服で広がっていった。
・黒海沿岸の交易都市カッファをモンゴル軍が攻撃した際、モンゴル軍内でペストによる死者が出る。モンゴル軍はその遺体を町の中に投げ込み、細菌兵器として使用した。その結果、カッファでペストが流行し、交易ルートを通ってまずイタリアに上陸、そしてヨーロッパ全土に広がった。
・不安に駆られた人々が救いを求めて教会に殺到したことによる三密。発生地から人々が慌てて逃亡したことによる感染の拡散などがヨーロッパ全土に広がった原因。
・また人心の荒廃で、ユダヤ人がペストを広げたとしてスケープゴートにされ、200のユダヤ人コミュニティーが虐殺によって壊滅した。
・時代が下って科学が進歩してくると、検疫や隔離などでペストを抑制するようになる。
・19世紀の終わり、日本の北里柴三郎がペスト菌を発見したことで、ペストに対する殺菌法などが明らかとなる。日本でペストの対策に当たった北里は、ネズミは大黒天の使いとして駆除に反対する者がいたことからネズミを1匹5銭で買い取るなどして駆除を進めると共に、ペスト予防法についての啓蒙活動にも力を入れた。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・というわけで「Go to トラベル with コロナ」キャンペーンが始まりそうですね。えっ? 何か後に余計なものが付いてるって? だけど今から東京の人間が大量に各地に飛び出したらまさにそうなるでしょ。14世紀のヨーロッパ感染爆発の再現です。

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