教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

"初の劇場型犯罪、連続殺人ゾディアック事件とは" (7/9 BSプレミアム ダークサイドミステリー「やあ諸君、私は連続殺人鬼だ ゾディアック事件」から)

初の劇場型犯罪

 前回は愉快犯であったが、今回は初の劇場型犯罪と言われるゾディアック事件について。劇場型犯罪とは犯人が積極的にマスコミなどに自らの犯罪をアピールし、一般人にまるで演劇でも見せているかのように野次馬根性を湧かせるタイプの犯罪。大抵の犯人は何らかの強烈なコンプレックスのあるつまらない奴であり、その反動の強烈な自己顕示欲の発露である場合が多い(犯人像としては先週の愉快犯に被る)。

 最初の事件はサンフランシスコの北40キロの位置にある地方都市・ヴァレーホで発生した。1969年アメリカ独立記念日明けの7/5の深夜、ヴァレーホ市警察に「二重殺人の報告をする」という電話がかかってきたのだ、それは二人を殺害した現場と凶器を告げると共に、昨年にも同様の犯行をしたことを伝えるものだった。実際にこの電話の40分前に郊外でカップルが10発以上の弾丸を受ける事件が発生しており、女性は死亡、男性の方は奇跡的に命を取り止めたという。さらに半年前にも今回の現場から5キロ離れた場所でやはりカップルが襲撃されて射殺される事件も発生していた。

 

新聞社に送りつけられた犯人からのメッセージ

 最初の声明から3週間後の8/1、今度はサンフランシスコ最大の発行部数の新聞社サンフランシスコ・クロニクルに犯人からの手紙が送りつけられてくる。そこには自分が犯人である証明として警察が公開していない犯行に関する詳細な情報が記されていた。そして差出人の名前の代わりに円に十字を重ねた奇妙なマーク(ライフルの照準スコープを連想させる)が記され、奇妙な文字を羅列した暗号文が添付されていた。ここに自分の正体につながる情報が記載してあるというのである。犯人の要求はこの暗号文を8/1の午後まで一面に掲載しろというもので、もし掲載されなければさらに殺人をするという脅迫がつけられていた。

 サンフランシスコ・クロニクルの社内は騒然とする。しかしこの日は既に朝刊は配り終えて夕刊はそもそも出していないので犯人の要求に応えるのは無理だった。同じ要求はクロニクル以外にエグザミナーとタイムズ・ヘラルドにも送られており、対応に苦慮していたという。各社が懸念したのは、犯人の要求に屈することで同じことをする模倣犯も登場するのではということだったという(大いに考えられる)。結果としてエグザミナーは手紙の内容は掲載したが3面で暗号文は掲載せず、タイムズ・ヘラルドは系列の夕刊紙で要求通りに1面に暗号文を掲載した。犯人がこれで満足したのかは不明だが、この時に脅迫にあった無差別殺人は起こらなかったという。

 

犯人の目論見通りに市民の注目が集まる中、犯行はエスカレートしていく

 翌日には各紙は犯人からの暗号文を掲載し、いよいよ本格的な劇場型犯罪の始まりとなる。さらにはヴァレーホ警察の署長が手紙の主に「犯人である証明としてさらに詳細な情報を送れ」とのメッセージを出すという事態になる。それに対する返答を犯人はすぐにタイムズ・ヘラルドに送ってくる。そこで犯人は自らをゾディアックと名乗り、警察が暗号文を解けるように頑張れと伝えてくれと挑発するような内容を記していた。

 この挑戦状に市民が食いつき、暗号が解読できたという電話が警察に殺到することになったという。しかし実際にわずか1日で暗号解読に成功した者がいた。それは高校教師のドナルド・ハーデンで、暗号マニアだった彼は暗号文に多く使われるだろう言葉として"kill"を予測し、その文字列を見つけ出すことから暗号解読につなげたのだという(これは暗号解読によくある正統派な手法である)。解読されたその内容とは「俺は人間を殺すのが楽しいから好きだ」というような内容で「俺は自分の名前を貴様達に明かしたりしない」と記してあったという。偉そうなことをいうような犯人に限って実はチキンであるということを示す好例でもある。

 その1ヶ月半後さらに事件が発生、またもカップルが襲撃され、女性は死亡、男性は一命を取り留めた。しかし今までは深夜に郊外の人目に付きにくい場所での犯行だったのに対し、今回は午後4時の市民憩いの湖という人目に付きやすい場所で行われていた。全身黒ずくめで現れた犯人は、二人を銃で脅迫してロープで縛ってから、銃ではなくナイフで滅多刺しにした。さらに車には自らをアピールするメッセージを残していた。瀕死で救助された男性の報告からゾディアックの異様な姿(処刑人でも気取るように全身黒ずくめのところにゾディアックのマークを記していたという)犯行はエスカレートしていた。

 犯行後、さらに新たな暗号文を送りつけてきたというが、通称Z340と呼ばれるこの暗号は未だに解読されていないという。全くの出鱈目である可能性もあるのではないかとされているが、私も世間を混乱させて嘲笑う犯人像からその可能性が高いと考える。

 

ついには市民も巻き込まれた大パニックへ

 犯行のエスカレートで、今までは無関係な観客を気取っていたサンフランシスコ市民もが恐怖に巻き込まれる事態が発生する。ゾディアックが町中でタクシーの運転手を射殺したのである。当初は単なるタクシー強盗と考えられていた事件が、3日後にクロニクルにゾディアックからの犯行声明が送られてくることで事態が変わる。ご丁寧なことに自らの犯行を証明するために被害者の血染めのシャツの一部までが添付されていたという。もう町中で誰が狙われるか分からない事態になり、市民は恐怖のどん底にたたき落とされることになる。

 さらにゾディアックがそれに拍車をかける。ゾディアックの犯行声明の後半にはスクールバスの襲撃をほのめかせる記述があったのだという(ショッカーの元ネタか?)。前輪を銃で撃ち抜いて子供達が慌ててバスから降りてくるのを狙い撃ちにしてやると書いてあったのだという。これで市民はパニックになって警察には怪しい人物の目撃情報が相次ぐことになったという。さらに市長がゾディアックに自首を求める嘆願書を発表する事態になる。

 しかしその3日後に事件はとんでない局面を迎える。ゾディアックが警察への電話でテレビ番組のトークショーに電話を入れることを伝えてきたのだという。殺人犯のテレビ生出演という異例の事態の要求である。地元テレビ局のKGO-TVはこれは視聴率につながるという計算もあって、通常番組を中止して特番を組むことになった。

 午前6時30分に特別番組は放送され、7時20分に犯人からの電話がかかってくる。ゾディアックに指名された弁護士が犯人に「君のことは何と呼べばいいかな?」と聞いたところ、「サム」と答えたという。警察の逆探知を気にしているのか、電話は何度も切れてはかけなおされたという。電話の内容は「頭が痛い」とか「子供を殺す」というようなまとまりのない異様な内容だった。電話は計12回に及んだという。警察は逆探知を行った。その結果、電話の主は州立病院に入院している患者だった(恐らく精神病だろう)。ゾディアックではなかったのである(番組だけではそもそも最初にテレビ出演を要求したのもそいつだったのかが分かりにくいのだが・・・)。

 

ついには爆破予告まで、しかしその後に急に犯行が途絶える

 大混乱の中でサンフランシスコでは緊急警告が発令され、全てのスクールバスに警察官が同乗したりパトカーで追尾するなどの厳戒態勢が敷かれた。さらにスクールバスの運転手には「もしタイヤがパンクしてもバスを止めずに走らせ続けろ」との指示が出たという。信号もクラクションを鳴らしながら通過して、人気の多いところに出るまで停止するなとのことである。

 しかしゾディアックはさらに手作り爆弾の設計図までクロニクルに送りつけてきた。爆破の予告である。クロニクルはこの爆弾設計図については記事にしなかったのだが、5ヶ月後にゾディアックから、爆弾を使われたくなかったら爆弾のことを組み立て方まで細かく報道するように要求してくる。ここまで深入りしすぎていた新聞社はやむなくこの要求を呑む。しかしその後、事件は発生せずゾディアックからの手紙は途絶えてきて、4年後にはとうとうゾディアックはこの世から姿を消す。犯人の要求が満たされて満足したのか、それとも警察の厳重警戒にビビって逃げたのか(基本的にチキンな犯人像が浮かび上がる)。なおその後も模倣犯が続出したという。そして真犯人は未だに捕まっていない。

 

 というのが最初の劇場型犯罪とされるゾディアック事件について。なお現在はこの手の犯罪に対するマニュアルが完全に整備されているので、アメリカではこの手の犯罪は起こらないだろうとのこと。つまりはこの手の犯人はメディアなどが要求に従うと調子に乗ってエスカレートするので、「全く相手にせず無視」という対応が原則となったようである。ちなみに日本で同様の対応がマニュアル化されたのは「グリコ・森永事件」以降と思われる。

 ちなみに犯人像としては当初に執拗にカップルを狙っていることなどからも、非モテでそれについて強くひがんでいる男という人物像は覗えるのだが、それだけでは残念ながら犯人を絞り込みようがない。恐らく犯人はその鬱憤を社会を大混乱させることで「俺は大者だ」と自己満足して解消しようとしたんだろう。自分がモテない鬱憤を秋葉原で大量殺傷することで解消しようとした加藤智大と同様の心理である。

 しかしそんなことで無差別殺人なんかをしていたらたまったものではなく、それなら私なんかも日本人丸ごと抹殺ぐらいしないといけないところである。そのような鬱憤がどうして短絡的にその手の犯行に結びつくのかという辺りは今後の精神医学の課題であろう。何らかの先天的素因があるのか、それとも環境的な因子があるのか。どのような条件が揃った時にそういうことが起こるのかが分かれば、回避の方法もあるというものである。

 なおWikipediaに目撃者証言に基づくゾディアックの想像図というのがあるが、これが本当に犯人像だとしたら、典型的な非モテのオタ男が浮上するのだが・・・。

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 犯人の衝動としては前回の愉快犯とも完全に被り、やはり根底には歪んだ自己顕示欲がある。どうも昨今はネットの発達でこれがさらに刺激される者が増えているので、この手の犯罪にエスカレートする可能性のある予備軍が増えているのが懸念されるところ。誰も彼もが「もしかしたら上手くいけば俺も一夜にして超有名人」なんて妄想を抱いてネットに参戦するものの、どっこいそう世の中は甘くなく、結果として名を売るために行為をエスカレートさせていくという例は多い。バカッターのようなところから始まり、実際に炎上商法なんてものまである。こういうのがさらにエスカレートしたらこの手の犯罪に走るのは紙一重(というか、既にネット上でも脅迫などの犯罪行為は続発している)。

 まあネットが自己顕示欲を刺激するメディアであることは間違いないし、私自身もこんなブログを運営している背景に自己顕示欲がないなんていう気もさらさらない。私とて「超有名人」までは考えてなくても、やはり世間に「一廉の人物」とぐらいには認識されて、ある程度の影響を社会に与えたいぐらいの野心はあります。まあ逆にこの意識が本当に微塵もない人間は向上心も持てませんし。要は程度の問題なんですけど。健全と不健全の境界がどころにあるのかは非常に難しい。

 

忙しい方のための今回の要点

・アメリカで初の劇場型犯罪とされるゾディアック事件は1969年にサンフランシスコの近郊都市のヴァレーホで発生した。
・最初は警察に犯行声明の電話があったのだが、すぐに新聞社に犯行声明と自らの正体に迫るとされる暗号文が送りつけられてきて、その掲載に対する要求があった。
・対応は各社で分かれたが、その後に犯行はエスカレートしていき、ついにはサンフランシスコ市内でタクシー運転手が射殺され、スクールバス襲撃がほのめかされる事態が発生して、市民はパニックになる。
・警察はスクールバスに警察を同行させるなどの厳戒態勢を取る。その最中、ゾディアックからテレビ局に電話をするとの連絡があり、殺人犯のテレビ生出演という異例の事態が発生するが、逆探知の結果、電話の主は州立病院の患者(多分精神病)だと判明し、ゾディアックと無関係であった事が分かる。
・その後、今度は新聞社に爆発物の作り方が送られてきて、5ヶ月ごとにはその方法の詳細を掲載するように要求があり、新聞社はそれに従う。その後、事件も起こらずゾディアックからの連絡も減少、4年後に完全にこの世から姿を消す。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・結局は犯人が捕まらなかったという点でも「グリコ・森永事件」と同じです。この手の事件の難儀なところが、犯人の目的と犯行がつながりにくいところ。この事件でも被害者に怨恨などがあったわけでないので、人的関係から辿るのが無理で結局それが犯人が分からなかった原因となっている。単なる脅迫事件とかなら、脅迫対象に怨恨を持つ線などから絞りにくいのだが(もっともその怨恨も、京アニ事件のように一方的かつ歪んだ思い込みの場合もあるから、そういう場合はなかなか難しいが)。

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