産業に重要な接着剤の最前線
あらゆる産業分野で利用されるようになった接着剤。今では軽量化のために接着剤で組み立てられた車まで登場しているという。さらに最新のスマホなどを支えているのも接着の技術である。そのような接着剤の最前線を紹介。
接着剤は昔から使われており、バベルの塔でもアスファルトを接着剤として使用したと記されているという。しかしこのような接着剤だが弱点は「水中では使えない」ということだったという。この難題に挑戦したのが東京大学工学部の江島宏隆准教授。
彼が2022年に発表したのが水中でも物を接着することが出来るという画期的接着剤である。1平方センチ当たり100キロに耐える接着力があると言う。彼がこの接着剤にたどり着いたヒントがムール貝だという。ムール貝は糸を出して岩に貼り付くが、この接着に使用しているたんぱく質がフェノール性の水酸基を持っていることが解明されたのだという。水中の物質は水で表面が覆われているために接着剤が接近できないが、水酸基は水と構造が似ているために水と置き換わって接着が可能なのだという。江島氏は水酸基を増やせば接着力が強くなると考え、水酸基を4つに増やしたところ接着力が6倍になったという。
この接着剤は水中の遺跡やサンゴなどの修復の他、医療などにも使用できると期待されているという。また水に強いことから野外での耐久性が増すことが期待できるという。
接着の原理の解明
このように便利な接着剤だが、実はその接着の原理は実は良く分かっていないのだという。それを解明することに挑んだのが産総研の堀内伸氏。彼は透過型電子顕微鏡でアルミの接着面の薄片を切り出し、これが剥がれる様子を観察したのだという。その結果、接着剤層に亀裂が入り、境界面に複数の穴が開くことで一気に破壊されるという様子を観察できたのだという。このような接着剤が剥がれるメカニズムが観察されたことで、一気に剥がれることがない接着剤の開発などの安全技術の開発に結びついたのだという。彼の観察結果から、接着剤に柔軟性を持たせることで急激な破滅的破壊を防げることが分かったという。
さらに極小の世界で分子と分子を接着する技術を開発しているのが岐阜薬科大学の井川貴詞准教授。彼が開発したのがらせん分子。ベンゼン環の化合物がらせん状に重なっているものであるが、二つの化合物を引っ付けているのがヤモリが壁に引っ付くのと同じ力だという。それはファンデルワールス力。これは引っ付いたり剥がれたりが自由に行えるのが特徴で、井川氏はこれを医薬品などにも使用できるのではと研究を進めているという。
さらに熱や紫外線などで綺麗に剥がせる接着剤の開発などもされており、さらには自己修復することで永久に接着の出来る接着剤などの開発も行われているとか。
以上、接着剤について。なかなかに興味深い内容。なお一般的な視聴者はファンデルワールス力なんて言われても初めて聞く言葉かもしれないが、私のような化学屋には非常に馴染みがある言葉で、要は原子がある距離以上に近づいた時に原子間に働く結合力のことである。一つ一つは非常に小さい物だが、ヤモリのように多くの毛で圧倒的な数を稼いだら、トータルで大きな力になるということだし。剥がす時は端から順に外せば、一つ一つの力は非常に小さいのでペリペリと簡単に剥がすことも可能だろう。
車を接着剤で作るというのには驚いたが、そのためには様々な接着剤が使われているのだと思われる。接着剤の樹脂の中には熱をかけると柔らかくなるもの、逆に熱で硬化するもの、さらには紫外線などを与えると固まるものなど様々なものがあるが、その辺りの使い分けが高度なノウハウとなるわけである。なお接着と似たものに粘着があるが、これなども研究していけばなかなか面白いものがありそうである。
忙しい方のための今回の要点
・産業の様々な分野で接着剤が使用されており、その開発も続けられている。
・東京大学工学部の江島宏隆准教授は水中で接着できる接着剤を開発した。ムール貝が岩に貼り付くためのたんぱく質を参考にしたという。
・また接着原理は今まで明らかではなかったが、産総研の堀内伸氏が接着面の破壊の様子を顕微鏡で観察したことで、同時破壊的に剥がれが起こるメカニズムが観察され、接着層に柔軟性を持たせることで破滅的な破壊を防ぐことが分かったという。
・さらに分子レベルでの接着を研究しているのが岐阜薬科大学の井川貴詞准教授。彼はファンデルワールス力で分子が接着するらせん分子を開発、この技術の応用を目指している。
忙しくない方のためのどうでもよい点
・接着剤というのも非常に進歩の著しい分野で様々なものが登場してます。私が子供の頃なんかに使用していたものと比べて、性能も向上してますが、とにかく用途別に多彩になっているのが印象的で、正直なところ使い分けが大変。
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