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4/15 BS11 歴史科学捜査班「織田信長 天下統一のカギはマネー戦略にあり!」

 天下統一をほぼ成し遂げた織田信長だが、信長がそれを出来た理由は経済力にあった。例えば長篠合戦で信長が揃えた鉄砲は3000丁と言われているが、それだけの鉄砲を購入するには今の貨幣価値で15億円が必要であったという。どうやって信長がそれだけの財力を手に入れることが出来たか。

 信長と言えば楽市楽座というのが教科書にも載っている。信長は市での税金をなくし、特権的立場を保っていた座を廃止することで誰でも自由に商売が出来るようにして経済を活性化したと教科書には書かれている。しかしこれが実は少々違うらしいというのが最近の解釈らしい。

 信長の楽市楽座令の20年前の六角氏の文書の中に既に楽市という言葉が出てきているという。つまりは信長が楽市楽座を出す前に既に、楽市というものは存在していたのだという。要は楽市楽座令は何も信長の専売特許ではなかったということ。実際にこの時代には信長以外にも楽市楽座を行っていた戦国大名は少なくない。ただ信長は楽市楽座令を4回も出しており、しかも最後に安土に対して出した内容を見ると、楽市楽座と言うのを都市建設の一種のスローガンとして使用していると考えられるという。つまりはそういう経済発展を見通して城下町を建設しており、信長はこの辺りの感覚に長けていたという。

 また信長は通貨の安定に貢献している。当時の日本では中国から輸入された銭が使用されていたが、この頃には輸入が減って銭が不足していた。その結果として古くなって損傷した銭やら、日本で鋳造された粗悪な銭などのいわゆる悪銭が出回るようになっていた。しかしこのような悪銭は取引で嫌がられるため、当時の幕府は悪銭の使用を禁止していたという。しかし信長は撰銭令を出し、悪銭の程度によってレートを定め、悪銭も流通貨幣として使用できるようにしたのだという。これによって経済はさらに発展して信長の城下も賑わうことになるという次第。

 さらに信長の財力に大きく貢献したのは生野銀山の所有。信長はこの時代の最大の銀山である生野銀山を支配していた上に、当時最先端の製錬技術であった灰吹き法を導入しており、高純度の銀を精錬できるようになっていた。当時の国際通貨は銀であったために、当時ほとんど輸入に頼っていた硝石(火薬の原料)の購入の支払などに充てることが出来、大量の鉄砲を運用できることにもなったということである。

 このように信長は畿内を発展させる「天下静謐」(以前にヒストリアで出てきていたな)を成し遂げることが出来たのだとのこと。

 今回は経済学と言うことでライザップ・森永がゲストでしたが、正直なところ当たり前のことしか言っていなかったなという印象。経済学と銘打っていた割には、経済学と言うほどの経済理論も出てきていなかったような・・・。せめて銭が不足することよってインフレ状態になって云々ぐらいは欲しかったような・・・。

 とにかく信長が特異だったのは、まだ経済の中心が農業であった時代に商業の価値を理解していたらしいところ。恐らく信長が本能寺の変で死なずに天下を統一していたら、日本は大航海時代となって海外に繰り出して、スペインなどと世界の覇権を争っていたのではと思っています。この信長の経済感覚は、やはり尾張という当時としては豊かで商業も活発な地で生まれ育っているということが大きいでしょう。

 

忙しい方のための今回の要点
・楽市楽座は信長の専売特許ではなく、既にあったものであるが、信長はこれをスローガンとしてうまく利用した。
・信長は撰銭令によって悪銭も有効活用することで銭の流通量を増やして経済を活性化した。
・信長が支配した生野銀山では灰吹き法による高純度の銀の生産が行われていた。

 

忙しくない方のためのどうでもよい点
・ライザップ・森永はいくらかリバウンドはしたようだが、それでも以前よりはまだスッキリした体ではいるようだ。
・当時の兵士の兵糧は1人1日米6合と計算していましたが、さすがに兵士は肉体労働だけあって結構食べますな。
・生野銀山は今でもイケメン八頭身鉱夫人形が健在のようである。