教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

10/6 NHKスペシャル「大廃業時代~会社を看取るおくりびと」

大廃業時代、5社に1社が1年以上に廃業する?!

 現在の日本では廃業を選択する中小企業が増加している。この10年ほどで件数は急増し、昨年1年間では廃業した中小企業は4万6千件に及ぶという。中には取引先と突然に連絡が付かなくなり、訪ねてみると業務停止状態だったという企業の「孤独死」のケースも増加しているという。原因には地方経済の低迷、後継者問題など様々であるが、今後人口の減少に伴う地方市場の縮小などからさらに廃業する中小企業は増加すると推測されている。信用調査期間である帝国データバンクが全国140万社のデータから分析したところ、何と31万社が1年以内に廃業する可能性があるという恐るべきデータが出たという。

 

廃業が地域経済に与えるダメージ。

 企業の廃業は地域経済への影響も大きい。ある地方スーパーの事例では、全国チェーンの大手ショッピングモールの進出で経営状態が悪化、廃業のための手続きに入って所有する8店舗の内で黒字の3店舗を売却して借金などの返済に充てようとしたが不足し、金融機関が廃業を認めなかったために倒産ということになってしまったという。そのために多くの取引先が売掛金の回収が出来ず、その上に大手取引先を失うことになってしまったことから、連鎖して廃業する企業も出たという。地方スーパーの取引先はその地方の中小企業である場合が普通なので、これは地域経済全体の沈下を意味することになる。なおこのスーパーの社長はさらに自己破産もすることになってしまい、妻とも離婚して孤独な生活を送っている。

廃業のタイミングによって地獄が発生する

 また廃業のタイミングも難しい。経営コンサルタントなどによると、まだ余力のある内に借金等を精算して廃業をすることを勧めている。ある金物卸会社の事例では、リーマンショックで打撃を受けた時に中小企業救済のための金融円滑化法(モラトリアム法)の適用でその時点での倒産は免れたのだが、結局は経営再建のためにさらに借金を重ねて結局は泥沼に陥ってしまったという。金融円滑化法のおかげで経営再建した企業もある一方で、本来は廃業するべきだった企業が無理矢理に延命してさらなる泥沼に陥るケースもあるという。またこの会社の社長が廃業に踏み切れなったのは、自宅などが借金の担保となっていたからだという。この状態で廃業すると生活基盤すべてを失うことになってしまう。このように事業の借金の担保に自宅などが入っている中小企業経営者は多い。結局彼が廃業に踏み切ることが出来たのは、国から出た経営者保証ガイドラインによるという。これは事業の担保などになっている個人資産の一部を保証するという制度である。おかげですべてを根こそぎ失うという事態は避けられたようだ。ただその後も彼は、もう少し早いタイミングで廃業できたのではと悩む日々のようである。

 

廃業コンサルタント(おくりびと)の登場

 このような事態は金融機関の存立にも関わってくる事態であると、警戒している金融機関も多い。その一方で円満な廃業を迎えるべくアドバイスするコンサルタントも登場しているという。それが経営コンサルタントの奥村聡氏。廃業する中小企業のおくりびとである。

 そんな彼のセミナーに熱心に聞き入っていた一人がガソリンスタンドのオーナー。最近は売り上げは右肩下がりであり、後を託すべき後継者もいない。今のうちに廃業すればまだ大きなキズにはならない。そこで彼は結局は奥村氏にコンサルを頼み、廃業の方向で検討を進めることにしたようである。

 奥村氏が関わった事例の中にある印刷会社の事例がある。そこの女社長は父親から事業を継承したのであるが、売り上げは年々低下、しかも大手取引先の廃業などが相次いで売り上げは昔の半分ぐらいに低下してしまっていた。結局は彼女は奥村氏に相談し、会社の土地などを売却して借金を整理し、また仕事などは同業の他社に依頼、さらには従業員の内から3人も同業他社に移籍することにして、極力回りに迷惑をかけない形の廃業に持ち込むことが出来たという。追い込まれての倒産ではなく、余力のある内の廃業の方が経営者も従業員も新たなスタートをとりやすいという。この社長は今ではデパートの販売員として働いている。

事業移管をスムーズに進めるシステム

 後継者がいないことで廃業になる中小企業の事業を継続する経営者を探すための事業を立ち上げて人物もいる。トランビ社長の高橋聡氏は、事業を譲りたい経営者とそれを買い取りたい経営者を結びつけるM&A支援ビジネスを行っている。実は彼自身がゴムなどの材料加工を行う中小企業の経営者であり、取引先の廃業などで非常に困った(特殊な材料などの調達が出来なくなる)経験を持っていることから、この事業を思いついたのだという。

 この会社を通して事業の譲渡を検討しているのが、富山で和菓子店を営む社長。従業員3人の中小企業だが、自ら材料にこだわって製作した和菓子は地元では評判であり、地元の行事などにも欠かせないものとなっている。しかし力仕事の多い和菓子製作は高齢化によってかなりキツくなってきたのだという。後継者もいないし廃業を検討していたところ、地元の信用金庫から高橋氏のM&Aの会社を紹介されたのだという。事業買収を提案してきた一人の人物が東京からやって来て社長と面談。彼は富山に製造拠点を置いたままで製品を東京などでも販売して販路を拡大するビジネスを考えているという。製造には新たに菓子職人を雇い、社長から製造ノウハウを学んでから事業を完全移管するシナリオ。社長は「まだ頑張らないといけないな・・・」と言いながら、新たな選択肢を検討中である。

 

 日本の経済を足下から揺るがしかねない深刻な事態であるのだが、安倍などは自分に大口献金をしてくれる大企業だけを優遇していたら良いと考えているので、中小企業のことなどは全く考えていない。今回の消費税増税は間違いなく日本経済の停滞を招くが、その時には真っ先に中小企業がダメージを受けることになる。実は日本の経済は大企業が支えているのではなく、こういう中小企業の比率が非常に大きいのだが、その辺りは大口献金者にしか目を向けていない今の政府の想像の及んでいないところである。

 また日本を支えた多くのハイテクも中小企業に依存していた部分がかなりある。大阪の町工場のロケットの話があったが、実際に家電大国だった日本を支えたのもハイテク中小企業である。しかし大企業がこれらの中小企業を切り捨てた結果どうなったか。実はこれが今日の日本の家電メーカー総倒れの事態につながった。自動車メーカーなんかでもカルロス・ゴーンのような取引先中小企業を切り捨てて帳簿上だけの収支を改善させて、その一部を自らの懐に入れるというような輩が幅を効かせるようになっており、恐らくこのままだと5~10年遅れぐらいで今の家電メーカーと同じ道を辿ることが予想できる。

 番組中で経営コンサルタントが「退場するべき企業は退場することで新事業が立ち上がって新陳代謝する」という類いのことを言っているが、実はこれは一部はその通りだが、根本的に大きな間違いが一つある。それは従来の企業が退出しても、それが必ずしも新規事業の登場にはつながらないということ。新規事業が本当に登場する時は、実際には従来事業に関係なしに登場するのであり、従来事業がなくなったら登場するというものではない。また根本的な問題として、従来事業がなくなることによる雇用の消失と新規事業が登場することによる新規雇用の創出を比較すると、ハイテク化が省力化につながっている現代では、概して後者が圧倒的に少ないという問題もある。さらには昨日までガソリンスタンドの店員だった人物が、いきなりIT企業でエンジニアになれるわけがないという問題もある。

 ただだからといって既存事業を残せるかと言えばそれも無理だろう。この番組で登場した廃業を考えている社長と実際に廃業した社長の業種が象徴的である。ガソリンスタンドはこれから電気自動車が主流となっていく世の中の中では明らかに不要となっていく事業であり、印刷事業も電子デバイスが発達してペーパーレス化が進む時代には市場が大幅に縮小するのは間違いない。こういう展開が彼ら自身にも見えているので、廃業という選択肢が頭に浮かぶのだろうと思う。このような社会の変化で不要となっていく事業が整理されるのは、いかに支援したりしたところで阻止は不可能であるので、こういう事業は安楽死させるしか仕方なくなってくる。

 なお地方経済の停滞がいわれていたが、これは人口減少も影響しているが、実際には首都圏への過度の集中が一番の原因となっている。人口減少と言っても、実際の現時点の日本の人口は「増えていない」というのが実態で、本格的に減少に向かうのはこれからである。にも関わらず大分前から地方経済が急激に悪化しているのは、地方の活力がすべて首都圏に吸い上げられてしまっているからである。その一方で首都圏は過度な集中によってその重みで破綻寸前になっており、生活空間としての東京は大分前から完全に破綻している。まず日本全体でのこの歪な状況を改善することが必要なのであるが(だから私は以前より東京解体を主張している)、これも利権が絡むために本気で挑もうと考えている政治家は皆無。とにかく現状の日本の政治状況を眺めると、悲しいかな八方塞がりである。

 

忙しい方のための今回の要点

・中小企業の廃業が近年増加しており、帝国データバンクの分析では全国140万社の内の31万社が1年以内に廃業する可能性がある。
・一つの企業の廃業は地域経済に与えるダメージが大きく、ある地方スーパーの廃業では取引先企業の連鎖廃業にもつながった。
・まだある程度の体力がある内に廃業をすることが周囲への悪影響を最も減らす方法であるとして、廃業を支援するコンサルタントも登場している。
・また後継者のいない中小企業を事業を買収したい経営者に紹介するM&A支援事業を手がける会社なども登場している。

 

忙しくない方のためのどうでも良い点

・今の社会の状況を見ていると、明らかに中小企業を排除していく方向に社会が向かっているんですよね。例えばAmazonの登場は全国の書店を壊滅状態に追い込んだし、ネット通販の発達で家電量販店は壊滅状態。このまま行くとほとんど小売り事業はAmazonに集約されてしまうという事態になりかねない。その時にAmazonの事業が拡大して新たに雇用される人数と、町の書店が倒産して仕事を失う人数とを比較したら、後者が圧倒的に多いんですよね。結局は経済構造が人間を必要としないものになりつつあるという側面もある。人間がいなくなった都市で、機械同士だけがやりとりしているという未来のディストピアの風景さえ浮かんでくる。