教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

3/7 NHKスペシャル「東日本大震災 40m巨大津波の謎に迫る」

揺れが小さいのに40mの津波が起こった謎

 東日本大震災では三陸地方は高さ40mもの巨大津波に襲われた。しかし最大震度7の宮城県では津波は多くの場所で15m以下だった。一方で最大で震度5強だった岩手県北部に30mを越える地点が集中している。これは地形を考慮しても説明がつかない現象であった。専門家が9年間この謎に挑んだ結果、海底で起こった現象が原因である事が分かってきたという。

 津波の破壊力は凄まじかった。津波の高さは想像を超えており、高台に避難したつもりの人々をも飲み込んだのである。宮古市田老地区では万全と思われていた高さ10mの防潮堤を津波は易々と越え、多くの建物を破壊して人々を飲み込んだ。想像を超えるような奥地にまで津波は侵入したのである。

 宮古での地震は「やや大きめの地震」という印象だったという。それだけにあれだけの巨大津波が襲ってくるとは誰も想像しておらず、しかも津波警報での予想高さも3mなどの数字であった。そのために多くの人々が逃げ遅れて津波に呑まれてしまったのだという。

 

巨大津波発生のメカニズム

 津波研究の第一人者、東北大学の今村文彦教授は、120年以上前の明治三陸津波に注目した。岩手県北部は震度3程度の揺れだったのに、10mの津波が押し寄せたのだという。通常の津波はプレートが一気に動く事で津波が発生するが、明治三陸津波の場合はプレートがゆっくりと動いたために揺れは小さく、しかしプレートが大きく動いたので巨大津波が発生したと考えられるという。今回も同様の現象が起こったのではないかと分析を行っていたのであるが、その過程でもう一つの可能性が浮上したという。

 2018年のインドネシア・スラウェシ島の地震では通常と異なる津波が発生した。予想を超える遥かに巨大な津波が5000人の命を奪ったという。船で撮られた映像では激しい地滑りが映っており、これが海底でも起こっていた事が分かったという。海底で大規模な地滑りが起こった場合、揺れはそう多くないのに巨大な津波が起こる可能性があるのだという。

 ゆっくりしたプレートによる津波と地滑りによる津波は大きな揺れを伴わないサイレント津波だという。シミュレーションの結果、東日本地震発生後に震源の北部でこのサイレント津波が発生し、これが複合して岩手県北部に巨大津波が襲撃したのだと推測されたという。

 

全国に潜むサイレント津波の危険

 このサイレント津波のリスクは全国各地に潜んでいるという。地滑りの可能性がある地形は日本近海に無数にあり、東京湾の中にさえ存在するという。首都直下地震が起こった場合、従来の想定では津波の高さは90センチだが、海底地滑りにより4.6mの津波が東京湾沿岸を襲う可能性があるという。さらにその速度も予想を超える。もし大阪湾では地震が起こった場合、神戸空港では5分で津波が到着するという。

 

防潮堤が津波の破壊力を増す

 また皮肉な事に巨大な防潮堤が仇になる場合があると言う。中央大学の有川太郎教授によると、防潮堤を乗り越えた水流が勢いを増して破壊力を増すのだという。実験によると高さ10mの防潮堤を越えた場合、わずか15センチの水位で大人が一瞬で流されてしまうだけの破壊力を持つのだという。

 

急がれる対策

 いち早い避難のためにどんな津波も迅速に見つける観測網の整備も進んでいる。海底に水圧計を設置し、海面上昇に伴う水圧の変化を検知して津波を見つけるのだという。三陸や四国の沖に設置が進んでいるという。

 関西大学の高橋智幸教授は、海岸に津波海洋レーダーを設置し、レーダー波の反射で海岸から津波の接近を検知するという試みも行われている。

 しかしどんなに備えをしたところで、最終的に一番大事なのは個々人が危機意識を持つ事。高台に移転した保育所では、津波後に生まれた子供達が今日も津波の避難訓練を行っている。

 

 サイレント津波。なかなか恐ろしいです。いくらリアス式海岸と言っても岩手沿岸だけが異様に津波の被害が激しすぎるというのは私も感じてはいましたが、こういうメカニズムがあったとは初耳です。しかし海底地滑りの可能性のある地形というのがほぼ日本沿岸すべてというのがなかなかショッキングでして「どうすりゃいいねん!」と言いたくなる状態です。神戸の和田岬沖にまで海底地滑りの可能性があるということなので、そうなると瀬戸内海で巨大津波という可能性もあるわけです(そしてその津波が5分で神戸空港を飲み込む)。もうそうなったら避難の時間さえありません。

 阪神大震災や東日本大震災など大きな犠牲を出して地震の事が少しずつ明らかになってきていますが、分かったと思っていたら想定外の事が発生するというのが自然の恐ろしさ。だからこそ日頃の心がけが肝心という事で、番組も半分は体験者の証言で構成されていると言うわけでしょう。ただ問題は、年月が経つと共に経験は風化し、その内に体験者もこの世を去って行ったらかつての教訓なんて綺麗に忘れ去られてしまうということ。これは自然災害に限らず、戦争なんかでも体験者がいなくなると共に「日本も戦争をしないと」などと馬鹿を言う奴が出てくるわけです。

 

忙しい方のための今回の要点

・東日本大震災では、最大震度7だった宮城県での津波が最大15mに対し、最大震度5強の岩手県北部で30m以上の津波が発生しており、地形の影響を考えても説明がつかなかった。
・最新の研究の結果、地下のプレートがゆっくりと動いて津波が発生したり、海底地滑りなどで津波が起こるサイレント津波が発生していた可能性が分かってきた。
・サイレント津波の原因となる海底の急斜面は日本近海に無数にあり、東京湾内にもある。
・また巨大な防潮堤は、津波がそれを乗り越えた時に逆に破壊力を増さしてしまうということも明らかとなった。


忙しくない方のためのどうでも良い点

・うーん、なかなかキツい番組です。未だにこういう番組をまともに見れない人もいるでしょうね。実際に私は阪神大震災の被災者ですが、幸いにして身内に亡くなった者はいないにもかかわらず(ただし実家は全壊)、震災の映像を冷静に見られるようになるには結構時間がかかりましたから。どうしようもなかった自身の無力さを思い知らされるんです。だから目の前で家族が犠牲になった人なんて、恐らく一生完全には立ち直るのは難しいと思います。