教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

10/28 BSプレミアム フランケンシュタインの誘惑「ナチス 人間焼却炉」

ナチスのユダヤ人虐殺に協力した技術者

 今回はナチスのユダヤ人大虐殺に裏から貢献することになった一人の技術者の話。ナチスは大量にユダヤ人を虐殺したが、その人数はアウシュビッツだけで1日に8000人にも及んだという。それらのユダヤ人遺体の焼却処理のために技術面から貢献したのが工場設備メーカーのエンジニアのクルト・プリューファーである。

 

 

労働者家庭から大企業に入社して火葬の専門家となる

 プリューファーはドイツの貧しい労働者階級の家庭に生まれた。彼は中等教育を終えた後、すぐに建築現場で働くが、上昇志向の非常に強かった彼は3年後専門学校に入って建築を学ぶ。その後、彼は地元を代表する大メーカーであるトプフ&ゼーネ社への入社を目指すが失敗、別の職場で働きながら応募を続け、結局は3度目の応募でようやく入社を果たす。彼は大企業に就職することによって豊かになること、そこで出世することで社会的評価を得ることを強烈に求めていたという。

 23才で第一次世界大戦に従軍し、除隊後に会社に戻ると焼却技術部門に配属される。工場のボイラーなどを主に扱う部署の中でプリューファーが扱うのは火葬設備に関するものだった。ヨーロッパは本来は土葬が通常だったのだが、産業革命後の人口爆発で墓地が追いつかず、埋葬のスペース減少のために徐々に火葬が広がり始めていたという。今後成長が望める市場と考えたプリューファーは火葬に関する技術を研究する。しかし世界恐慌での不況に陥ったドイツの中で、プリューファーは会社にリストラされそうになる。

 

 

法律に対応した火葬炉を開発して第一人者となる

 その危機を救ったのはナチス政権だった。ヒトラーの大規模公共事業などの政策で景気は回復してプリューファーの解雇も撤回される。この経験でプリューファーは自身の立場の危うさを痛感し、会社に対して強く出られる切り札を有する必要性を強く感じさせる原因となったという。

 1934年にドイツ全土で火葬が合法化される。ただしここで死の尊厳を守るために火葬の条件が細かく法律で定められる。それらは、まず一人ずつ棺に入れて行う、煙や臭いを発生させない、遺体を直接炎に触れさせてはならないである。この内の前の二つはさほど困難ではないが、問題は最後のものだという(番組では言っていないが、恐らくこれが定められたのは、かつて火葬は背教者などに対する火あぶりを意味していたからタブーだったとされていたことが影響しているだろう)。これを解決するには遺体を1000度以上の高温にして自然発火させる必要がある。この課題をプリューファーは高温の燃焼ガスを炉の周囲に流して遺体に直接に触れさせずに内部を1000度以上の高温に出来る炉を設計、技術的に法律の問題を解決する。そうしてプリューファーは「火葬は死体処理のレベルに落ちてはならない、畏敬の念を考慮しなければならない」と講演で訴える。この炉は増え始めていた火葬場で採用され、会社は火葬設備のトップメーカーとなる。

 と、ここまでなら立派な技術者の技術革新の物語で万々歳なのだが、プリューファーの転落はこの後に始まる。

 

 

ナチスに協力することで会社での地位も向上する

 1939年、ナチスはポーランドに侵攻し第二次世界大戦が始まる。この時に火葬業界で第一人者となっていたプリューファーの元にナチス親衛隊からの依頼が舞い込む。捕虜収容所であるブーヘンバルト強制収容所の火葬設備の依頼であった。元々政治犯を中心に収容されていたこの収容所に、ユダヤ人弾圧の激化で大量のユダヤ人が収容されるようになった。すると衛生状態の悪化などから疫病が発生、1月に800人も死者が出て、遺体の処理が問題となっていたのである。

 大量の遺体を跡形もなく迅速に処理したいというナチスの要望に、プリューファーは新しいタイプの炉を設計することで答える。2つの炉室を1つにまとめることで熱を効率化し、遺体を棺に入れずに炉室に直接入れ、さらに完全に灰になる前に次々に炉室に入れる。不完全燃焼となった炉室は黒煙と悪臭を発するが、これで焼却時間が2時間から15分に短縮されて効率化したのである。プリューファーはドイツの法律も死の尊厳も完全に無視したことになる。彼はナチスがそのようなことは省みないことを分かっていたのだという。この時にプリューファーはそれまで「火葬室」と表記していたものを「焼却室」と変更したという。ユダヤ人の死体を動物の死体や廃棄物扱いにしたのである。

 実際にこの炉はナチスの要求を満たすものであり彼らを十分に満足させた。その一方で彼は無煙無臭を謳った一般人向けの火葬設備を作り続けていたという。完全に矛盾する行動を明らかに切り分けていたのである。このことに対してプリューファーの良心が咎めたと思える形跡は全くないという。

 ナチスはプリューファーに他の収容所の焼却炉も依頼するようになる。その中にアウシュビッツも含まれていた。プリューファーは会社に対して昇給昇進を何度も訴えたが、火葬の市場はまだ小さくてその売り上げは全社の3%程度なので、実はプリューファーは社内的にはあまり評価されていなかった。

 そんな中でプリューファーが会社に対して自分の価値をアピールできるチャンスが訪れる。会社の社長であるルートヴィヒ・トプフが軍に徴兵されたのだ。兵役を回避したい社長はプリューファーを頼り、プリューファーは懇意にしていた収容所のナチス将校に働きかけて、社長はアウシュビッツの火葬設備建設に不可欠と強引にこじつけて兵役の回避を実現する。こうしてナチスとのパイプでプリューファーの社内での立場は強化される。

 

 

ナチスのユダヤ人大量虐殺に積極的に協力した結果

 ナチスは1941年、ユダヤ人問題の最終解決としてユダヤ人の根絶を打ち出す。そして計画的な大量虐殺が開始される。ナチスとの関係を深めるプリューファーはアウシュビッツで効率的にユダヤ人を殺害するためにさらに効率を上げた新たな焼却炉を提案する。彼はユダヤ人虐殺に積極的に協力したのである。しかしプリューファーが反ユダヤ人的思想を持っていた兆候は全くなかったという。彼はあくまで仕事として積極的にこの残虐行為に荷担したのだという。

 プリューファーの設計した新型炉はナチスの需要を満たしていた。さらにそれだけに及ばずガス室の殺害の効率を上げるために炉の余熱を利用することまで提案したという。こうしてアウシュビッツに死の工場が建設されることになる。1日8000人がアウシュビッツで処理されたという。そしてプリューファーは会社にさらにボーナスを請求したという。

 しかし第二次大戦はスターリングラートでの惨敗でドイツの劣勢に傾く、そしてナチスは大量虐殺の隠蔽のためにプリューファーの焼却設備を爆破する。しかしナチスは降伏、プリューファーはナチスに協力したとしてアメリカ軍に逮捕される。その翌日に会社の社長が自殺する。この時には証拠不十分で釈放されるが、その後ソビエト軍に連行される。そこでプリューファーはすべての責任を社長に被せて責任回避しようとするが、裁判なしで有罪が確定して25年の強制労働が科される。4年後拘禁期間中に脳卒中を起こし61才でこの世を去った。

 

 

 なかなかに考えさせられる話である。確かにプリューファーは恥知らずな人間であるが、実際の彼はとにかく金が欲しい出世したいという欲望が強かっただけの小市民である。それがナチスとかかわることでドンドンと邪悪な方向に進化してしまった。彼の上昇欲がナチスの伸張と不幸なコラボをしていたわけで、当の彼自身は決してユダヤ人虐殺に積極的に協力したいというわけではなく、「儲かって評価される仕事」として良心を完全に麻痺させていたわけである。

 しかし気をつけないと企業人はこのわなに陥りやすい。最近でも会社ぐるみでの不祥事の隠蔽などがあったが、それなどまさに同じメカニズムである。たとえ個人としての良心が咎めても、組織内部で反抗したら地位も職も失うことになりかねない。そこであえて良心を麻痺させるということになりやすい。ましてや日本のように悪の方が開き直って善良な市民を平気で虐げる社会ならなおのこと。当時のドイツなんかはまさしくそうである。もしプリューファーが人道的で善意に溢れる人間だったとして、ナチスの方針に叛逆したとしたら、恐らくどこかの時点で彼自身が反逆者として収容所送りになったというのも事実だろう。もっとも彼の場合は、自ら率先してナチスに協力したわけだが。

 この話を聞いていたら頭を過ぎったのが姉歯の名。彼もアパとかからのコストをなるべく下げたいという要求に応えるために、耐震強度を偽装してアパの需要と合致するように計算結果をでっち上げていた。それで姉歯に頼むと強度設計が安上がりになると言うことで重宝されていた。

 さてもし自分が所属する会社が倫理に反する行動に走ったとして、それに反対することが出来るかと考えると、企業人なら誰もが悩むだろう。実際のところ偉そうなことを言っている私でも難しいところだ。個人的には社内での出世を棒に振るなんて程度は既にそのコースから早々とリタイヤしているので大したことではないが、解雇につながるとなったらそうも言っていられない。せいぜいが「見て見ぬふりをして、なるべく積極的に関与はしないようにする」ぐらいが関の山なのでは。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・ナチスのユダヤ人大量虐殺に対して、効率的な焼却炉の設計で協力したのがクルト・プリューファーである。
・彼は上昇志向の非常に強い人間で、大企業であるトプフ&ゼーネ社に3度目の応募で入社後、火葬部門の担当となり、ドイツの火葬に関する法理を守った火葬炉を設計してその分野の第一人者となる。
・ユダヤ人の弾圧による強制収容所で大量の死者を処理するために、ナチス親衛隊がプリューファーに焼却炉の設計を依頼、プリューファーはドイツの火葬の法律を無視して焼却効率のみを優先した焼却炉を設計し、それがナチスの重要と合致する。
・ナチスと密着することで社内での立場を強化したプリューファーは、アウシュビッツでのユダヤ人大量虐殺をより効率化するためのシステム設計などにも積極的に協力した。
・しかしナチスは降伏、ナチスに協力した罪を問われたプリューファーは社長のすべての責任を被せようとしたが、ソ連で強制労働の処分を受けて拘禁中に脳卒中で死亡する。


忙しくない方のためのどうでもよい点

やっぱり姉歯なんだよな。幸いにして姉歯の件では人死には出なかったが、もし発覚までに大地震でも発生していたらマンションの倒壊で大量の死人が出た可能性もあった。
・しかしプリューファーは目の前でユダヤ人が焼却されるのを見ているわけですから、良心の麻痺度は姉歯の比じゃない。
・ところで姉歯を連想したのはやったこともありますが、何となく風貌も影響しているような。