教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

11/6 NHKスペシャル「超・進化論1 植物からのメッセージ~地球を彩る驚異の世界~」

実は多様な感覚を有していた植物

 自然界の原理は弱肉強食、適者生存。環境に対応した種が繁殖して適応の遅れた種を駆逐すると進化論の世界などで永らく考えられてきた。しかし実はそんな単純な世界ではなく、もっと大きな共生メカニズムが存在しているというのが今回の超・進化論のテーマの模様。今までの進化論の考えを超えるという意味で「超」進化論なんだろう。

 まず今回の主役は植物。陸上の生物の総重量470Gtの中で、全ての動物、微生物を合わせても4.5%に過ぎず、後はすべて植物である。しかし植物と言えば物言わずただ単に草食動物に餌として摂取されるだけの地味な存在と思われがちである。しかし実はそうではなく、もっと積極的かつ能動的な世界が存在しているらしき事が分かってきたという。競争だけでなく、共生、会話などのコミュニケーションをしているらしきことが分かってきたのだという。

 まず植物は感覚がないと思われているが、実は例えば植物が青虫に葉を食べられると全身にその信号が送られているということが観察されたのだという。しかもそれに反応して毒物を生成するなどの反応が起こっているのだという。グルタミン酸が放出され、カルシウムイオンが発生して信号が伝播し、これで毒物が生成するのだという。このようなシステムは我々の神経伝達システムと同じだという。また植物は食害を葉を囓る音や虫の唾液を検出することで判別、それに対応しているのだという。同様に雨が降ると葉にかかる雨粒なども検知して、菌に対抗するための抗菌物質を分泌していることも分かったという。植物が周りの状況を探知するためのセンサーは20を超えているという。

 実際に植物は障害物なども感じるので、伸びてきた植物に触れるだけで成長が抑えられるというようなことまで観察されているとか。また寄生生物であるネナシカズラは寄生相手として自らに相性の良い相手を匂いで選んでいるという。

 

 

さらに積極的にコミュニケーションを取っている

 しかもこのような感覚は一個の植物に留まらない。一部の木が虫に食べられても回りの木は食べられないという現象が起こるのだという。これは虫に食べられた植物から警戒信号のようものが回りに伝達され、回りの植物が防御反応を取るのだという。このようなメッセージのやりとりは化学物質を通じて行われているのだという。化学物質の組み合わせで様々なメッセージを発しており、例えば山火事の時には燃えた木はカリキンという物質を発しており、これは植物に「芽吹け」という信号を発するものなのだという。つまり植物は沈黙しているのではなく、コミュニケーションを取っているのである。

 さらにはこのやりとりは植物間だけでない。ヤナギの生える環境を住処にしているカメノコテントウは視力が悪いにもかかわらず、ヤナギの葉を食べるヤナギルリハムシの幼虫を的確に発見しては餌とする。1日に100匹もの幼虫を食べるのだという。てんとう虫はどうやってヤナギルリハムシの幼虫を見つけるのか。これは実はヤナギが食害された時に分泌される信号物質をてんとう虫が触角で検知し、その現場に駆けつけているのだという。つまりヤナギはてんとう虫を用心棒よろしく呼び出しているのである。まさにWin-Winの関係である。このような関係を持つ組み合わせは多く、中には鳥を呼ぶ植物まであるという。

 

 

地球環境を作ってきた植物の存在とそのネットワーク

 今の命溢れる地球を作ったのは植物が発したメッセージだという。4億5000万年前、砂と土だけの不毛の地上に上陸を果たしたのが植物の祖先だった。植物はやがて地表を覆い尽くす。そして恐竜の登場する白亜紀、ここで地球を一変させる大革命が植物に起こる。それが生物の種類の爆発的増加を促す。その大革命とは花の誕生だという。花は自ら昆虫を呼び寄せるメッセージを発し、花粉に釣られた虫が花に集まる。昆虫は花粉を餌にするが同時に運搬するようになったのである。これで生き物は植物に合わせて進化をし、それが生物の多様化につながる共進化が発生したのだという。さらに花から生まれる栄養豊富な果実は我々の祖先である霊長類の進化も促すようになる。花の発生が今日の多様な地球につながったのである。

 また植物は巨大なネットワークを形成しているという。巨木の森を研究したところ、その地下には菌糸でつながった根を介したネットワークでつながっていることがわかった。実は根が栄養を土から取り込む能力は弱く、大部分の栄養は菌が土から吸収してそれを植物に送り込んでいるのだという。その代わりに植物は光合成で得た養分を菌に与えているのだという。しかも菌糸は数十メートルは伸びるので、菌糸のネットワークは木と木とをつないでいるのだという。そして一部の木が光合成のできない状態になっても、他の木からの養分をその木に受け渡すのだという。森には弱きを助けるネットワークが出来ているのである。これで今まで謎であった、大きな木の下で日の当たらない小さな木はどうやって成長するのかの理由が解明できたのだという。さらに常緑樹と落葉樹の間でも養分のやりとりが行われて、それぞれ季節を凌いでいることも分かってきたのだという。つまりは互いに成長を競い合っていたと考えられていた樹木が、実は互いに助け合っていたということが分かったのである。

 しかしこれらの化学物質のやりとりによるメッセージは環境破壊で支障を来している可能性があり、さらに森林の破壊は地下ネットワークを破壊して植物が育ちにくい原因となっている。これについて考える必要があるとして番組を締めている。

 

 

 以上、今までの「適者生存」の進化論を超えて、実は自然界は巨大な共生原理があったのですという話。また化学物質を介してのコミュニケーションは体内の臓器も互いに行っており、これで各臓器が協調して生命を維持している事が分かり、人体は脳の一極支配ではないということも明らかになってきた。その流れが植物界にも広がってきたとも言える。

 これは単に生物学分野だけの話でなく、広く人類の社会観にも影響しそうである。今までは自然界の原理は弱肉強食だと謳い、弱者保護は人類の競争力を低下させる自然の原理に反する行為だとして弱者切り捨てを訴える輩もいたが、そういう輩の考えこそが実は自然の原理に反しているという可能性が濃厚になって来たわけである。最新の自然界の原理は、弱者は回りが相互に支えながら全体として共生できる世界を作ってきたということである。まあ普通に考えたら実はその方がメリットがあるのは明らかである。適者生存を謳って特定の種だけが大繁殖したら、環境が変わった時にその種が全滅してしまうという可能性がある。これに対して共生で多様性を保つことは生物界全体の安全装置にもなる。こういうわけで、社会学的な考えの方も改める必要があろう。未だに福祉などを不要と切り捨てようとする輩がいるが、そういう奴には「時代後れの無知蒙昧野郎」と言い返してやれば良い。

 

 

 さて今回の番組内容、最新の研究を紹介していてそれなりに面白くはあるのだが、全体として目立つのは無駄の多さ。堺雅人と数人を迎えてのコスプレ寸劇が入っていたが、あれは別に内容を理解しやすくすることにもほとんど貢献しておらず、全くの無駄。意味としては無理矢理に内容を薄めて増量する意味しかない。恐らくあれを省いて詰め込んだら、今回の内容は半分近くの尺で収まってしまう。番組全体に「薄いな、作りが下品だな」という印象を与えるだけで意味がない。しかし最近のNHKの番組は悪しき意味で「民放化」してきていて、こういう作りが多い。こういう作りをしたからといって、今までこの手の番組を見なかった者を引き付けられると思えず、むしろ今までこういう番組を好んできた層を遠ざける役しかなしていないと思うのだが・・・。もっとBBCなどを見習った硬派な作りをすべきである。NHKも番組を海外に輸出する時には、こういう無駄を省いた再編集をして輸出していることが多いことを考えると、日本向けだとこういう作りをするというのは、日本の視聴者は馬鹿であると考えているということだろうか。

 なおコスプレした木や虫などが登場する内容を見ていると、明らかに企画段階でNHKの番組によく登場していた某歌舞伎役者の出演を想定していたことが覗える(メインに堺雅人を起用していることからも想像できる)のだが、あのトラブルでそれが不可能になったんだろうなとという裏事情が垣間見えてもの悲しいところである。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・地球の生物の大半を占める植物は、実は様々な感覚を有し、さらには活発に情報のやりとりを行っていることが分かってきた。
・葉を食べられた植物はそれを感知して、信号を送って毒性物質を分泌するようにしていることが分かった。
・さらには近隣の植物とも化学物質を介して情報のやりとりをすることで、ある植物が触媒にあったら回りの植物はそれに備える反応をすることも分かってきた。
・またこの情報のやりとりは植物間に留まらない。てんとう虫などの昆虫は植物が食害に会っている情報を触角で検知し、そこに引き寄せられることで自身の餌を確保すると共に、植物は自分の身を守ることにつながっていた。
・また地球生物の多様化には花の登場が関与していた。植物が昆虫に花粉を食物として与える代わりにその運搬を担わせる。これが植物と昆虫類の共進化を促し、生物種の多様性が爆発的に広がる理由となった。
・さらに森林の地下には菌糸を介した巨大ネットワークがあることが分かった。このネットワークを介して、光合成を十分に出来ない植物に、他の植物からの養分が供給されるメカニズムも明らかとなった。


忙しくない方のためのどうでも良い点

・自然界の原理が進化論的弱肉強食でなく、共存共栄だったというのは実にコペルニクス的転回である。未だに進化論的弱者切り捨てをモットーとしているような新自由主義はやはりこの期に駆逐される必要があるのだろうと感じるところである。さらには多様性が鍵を握ることも明らかとなってきた。となるとどう考えても今の日本のシステムって、このままだと衰退の一途なんだよな・・・。