教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

7/13 BSプレミアム ダークサイドミステリー「神秘の古代ミステリー 徹底検証!日本・ユダヤ同祖論」

日本人がユダヤ人とつながっているという考え

 今回のテーマは一昔前に流行った日本人とユダヤ人が共通の祖先を持っているという日本・ユダヤ同祖論。

 この同祖論の一つの根拠に上げられたのは、ユダヤ人のヘブライ語と日本語に共通項があるのだという。例えばソーラン節の「ヤーレン、ソーラン」はヘブライ語のヤーは神でレンが幸せ、ソランは一人歌うものという意味になる。つまり神の幸せを一人歌うというメッセージになるという。さらにそもそも謎が多いとされている「かごめかごめ」の歌はヘブライ語で封印された宝を守るために戦うというような歌詞になるという。これはモーゼの十戒を治めた箱を守るということだという。またかごめは籠の目であり、これは六芒星でダビデの星だという。山梨県にはこの六芒星を祀っている神社がある。同様の六芒星は各地にあるという。

 このつながりを示すのが日ユ同祖論だが、イスラエル王国に集まっていたユダヤ人が紀元前8世紀のイスラエル王国滅亡で、南部のユダヤ人は異民族支配化におかれた結果、国を持たない流浪の民となり、北部の10氏族は消息不明になったという。だがこの10氏族の一部もしくは全部が日本に流れて文化や子孫を残したのだという。

 

 

日ユ同祖論の鍵となる渡来人秦氏

 鍵の一つとなっているのが太秦で勢力を誇った渡来人の秦氏で、5世紀頃に渡来したという。秦氏が立てたという神社には三柱鳥居という奇妙な鳥居があるが、この鳥居は三位一体を意味しているのだという。また秦氏は中国でキリスト教徒つながる景教を日本に持ち込んだのではと言う。また秦氏の神社である大酒神社は大辟神社とも書き、この大辟は中国語の大闢と同音で、これはダビデ王を指す言葉だという。しかもそこには「いさら井」というイスラエルを連想させる井戸があるという。

 これ以外にも神社の赤い鳥居は、イスラエルの民が災い除けとして玄関の周囲を羊の血で染めた風習から来ている。神社の狛犬は明らかに獅子だが、これは古代イスラエルの神殿から由来しているという。さらに日本語とヘブライ語の中に似た音と意味の言葉が多数あるという。

 

 

しかし冷静に検証すると完膚なきまでに否定できる

 と、こう根拠らしきものを列挙したらいかにも本当らしく聞こえるのであるが、実はこの番組の真意はそれではない。ここから完璧な論破編に入る。

 まず「ヤーレン、ソーラン」だが、ソーランは実は元々のヘブライ語でなくイタリア語のソロから来た外来語だという。だから古代イスラエルから伝わったはずなどないという。さらに「かごめかごめ」は一応それっぽい単語を羅列しているが、実は文法的に滅茶苦茶で全く言葉になっていないのだという。これは明らかにヘブライ語を全く知らない者が、無理矢理に似ている音の言葉を引っ張ってきてでっち上げたとしか考えられないという。そもそも日本語と意味と音が似ているとされる言葉も、ヘブライ語の動詞は人称と時制で様々に変化するので、その中から日本語に近い音のものを適当に引っ張ってきただけだという。結局は変化が多いので偶然の一致も非常に多いとのこと。結局はこの手の与太話はネットの流言飛語の類いで、こういうことをわざわざ今まで専門家が指摘していないのは「あまりにアホらしくて学会などではまともに相手にされていないから」だという。

 

 

さらに論破は続く

 さらに六芒星の件だが、あれは北極星を示すものだという(そもそも陰陽道が北極星を示す六芒星をよく使用するのは私も知っている)。さらに秦氏であるが、秦氏の帰化は5世紀頃、しかしこれに対して景教が中国に入ってきたのが7世紀であり、秦氏が景教を持ち込むと言うことはあり得ないという。また三柱鳥居は水源である湧き水を祀るための鳥居でアリ、また大辟、いさら井については「何となく似ている」というレベルのもので証拠は皆無であるという。

 また狛犬のライオンについては、古代メソポタミアやエジプトでも使用されていたものであり、その雄々しいイメージからアジア各地に流行したものであり、何もイスラエルが原点ではないという。また鳥居についてはそもそも日本の鳥居は最初は白木造りであり、6世紀中頃に中国から建物を赤く染める丹塗りが伝来して、これが鳥居にも使われるようになったのだという。と言うわけで完膚なきまでに論破である。なおそもそも現代のイスラエルの公用語は古代のヘブライ語とは異なっており、現代のイスラエルの言葉に似てるのだったらそのこと自体がナンセンスなのだという。

 

 

日ユ同祖論のルーツ

 ではこの陰謀論丸出しの馬鹿げた考えがどのような歴史的経緯で誕生したかだが、その歴史は意外に浅いという。明治の初期に日本を紹介する「日本古代史の縮図」という本でスコットランド人のノーマン・マクレオドが日本の文化はユダヤと似ていると記している。ただそこに登場するのはちょんまげがユニコーンの角であり、古代イスラエルの兵士が用いていたものと同じというような話まであって、日本人から見ると「馬鹿げている」としか言いようのないものが多いという。

 その30年後には言語学者・歴史学者の佐伯好郎が「太秦を論ず」という本を出し、ここで秦氏の話を出してきている。これが日ユ同祖論の大元になっているという。

 1910年代にはロシア革命などを背景にユダヤ陰謀論が出回り、ユダヤ人による世界転覆の陰謀論の偽書が出回り、反ユダヤ主義が盛上がることになる。この時にキリスト教伝道者の堺勝軍は「ユダヤの陰謀で世界が終末を迎えた時に神に選ばれしユダヤは救済され、この時にユダヤと同様に神に選ばれた日本人が台頭する」というかなり荒唐無稽でご都合主義な話をぶち上げたらしい。

 満州事変で日本が西洋と肩を並べようとした時、作家で教育者の小谷部全一郎は日本人の優秀さはユダヤ人に由来するものだと唱えたという。しかし日独伊三国同盟の締結により、ナチスへの忖度で日ユ同祖論も下火になっていったという。

 結局のところ、欧米人の側からは「東洋の野蛮国である日本如きが文明を持てるのは、ユダヤ人の血を引いているからに違いない」という人種差別的思想であり、日本の側からは白人コンプレックスの裏返して、「日本人は実はヨーロッパ人の中でも古いユダヤ人とつながっているから、アメリカなんかよりも優秀なんだ」という意味不明の優越感であり、要はどっちにコケてもろくなものではなかったという。実際にこの手の「発祥が、血が」という考え方は容易に優生学と結びつくので、ろくなことはないとしている。

 

 

 以上日ユ同祖論について。ちなみに最近盛上がったのは、日本が経済大国と言われて自惚れたころに「日本人は世界の経済を裏で仕切っているユダヤ人とつながりがある」という文脈で語られたものが多かった記憶がある。ただそれも経済大国どころか、OECDでも下位レベルまで転落した今日となってはただ空しいだけである。

 まあ未だにこの手の論を大まじめに唱える者もいるが、その手は騙されやすい陰謀論者と判断して間違いなかろう。大体直感的に考えても、ユダヤ人がはるばるアジアまで渡ってきて日本に伝わったのなら、日本だけでなくアジア各地でもっとユダヤにつながる文化が広がっていないとおかしいのである。それがどうやら「日本は特別」という妙な信仰を抱いていたら、その当たり前のところが抜け落ちるようである。

 この事例はいわゆる陰謀論の典型的なお約束を踏んでいるので参考にしやすい。例えば好都合な事例ばかりを並べて本当っぽく見せるということ。似ているという場合、何件似た事例が出るかよりも、どれだけの中でどれだけの割合が似ているかが重要である。またライオンの事例のように「誰が考えても同じものになる」という場合もある。例えば王家の権威などを示そうとすると、雄々しいライオンや逞しいワシなどイメージになるのは普遍的である。ここであえて豚とか雀とかを使用していたら、それは珍しいが。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・日本とユダヤには共通項が多く、日本人はユダヤ人とつながっているというのが日ユ同祖論である。
・その事例として言語の類似性などが上げられており、また日本の神社の六芒星なども証拠とされた。
・これらは5世紀に渡来した秦氏が日本に持ち込んだとされていた。
・しかし細かく検証すると、言語の類似性は極めて強引かつ非合理な内容であり、また神社の六芒星は北極星を示すモチーフとして日本古代から用いられており、ユダヤとは無関係である。
・また秦氏が景教を持ち込んだとされたが、景教が中国に伝わったのは7世紀で、5世紀に渡来した秦氏が持ち込むのは不可能である。
・これ以外の様々な証拠もことごくと否定されるものばかりである。
・そもそも日ユ同祖論の最初は日本の文明に対して「野蛮な東洋人が文明など築けるはずがない」という欧米人の差別意識が根底にあり、日本の文明をユダヤに結びつけて納得する意図があった。
・時代が下ると、日本人の側が「実は日本人はあのユダヤ人とつながっているから優秀なのだ」と日本人の優秀性を訴えるために用いられたところがある。
・どちらにしても人種差別や優生思想と結びつきやすい危険な陰謀論である。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・まあ昔から陰謀論に嵌まるのは論理的にものを考えられないアホと相場は決まっているのだが(トランプ支持者なんかその典型)、時には権力側がそれを煽ることがあるから要注意である。