教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

8/3 BSプレミアム ダークサイドミステリー「封印解除!禁断2つの監獄実験 人は簡単に悪魔になる」

禁断の心理学実験

 今回のテーマはあまりにセンセーショナルな結果になったことから封印された心理学実験、1971年のスタンフォード監獄実験についてである。これは大学生を看守と囚人に分けて環境がどのように心理的影響を与えるかという社会心理学の実験である。考案したのはスタンフォード大学の心理学教授のフィリップ・ジンバルドーである。目的は刑務所で暴動が起こる理由を解明しようというものだった。当時はこれは個人の資質(囚人は社会的規範がなく、看守は抑圧的な性格)だとされていたが、ジンバルドーは暴動の原因を刑務所の状況や環境と見ていた。そこで普通の人々を刑務所の環境におこうとしたのである。

実験を実施したフィリップ・ジンバルドー

 参加したのは一般的な男子学生21人で、事前のテストで性格に偏りがないように囚人と看守にわけ、看守たちには前日に「刑務所の適度な秩序を守るために囚人たちに圧力をかけて看守に従わせる(ただし暴力は禁止)」ようにアドバイスしたという。

 

 

普通の学生たちが囚人の虐待を行うように

 さて実験開始。すると実験を始めてまもなく、所詮は実験とニヤニヤしている囚人役の学生に対して、看守は罰を命じて圧力をかける。そして看守役が引き継がれるとさらに圧力を強くかけて罰を乱用するようになる。しかも夜中に突然に点呼を始めるなど、囚人に激しい圧力をかけるようになっていった。実験開始16時間で看守による囚人に対する虐待が始まってしまったのである。

 やがて囚人たちが反抗するようになり、看守の虐待はさらに酷くなっていき、囚人役は精神的に追い込まれていくことになる。そして2日目の夜にとうとう囚人役の学生が錯乱して実験から外される事態が起こる。しかしジンバルドーはさらに実験を続けた。看守役の虐待はエスカレートし、囚人たちのトイレに行く自由まで奪って言葉による虐待などかなり嗜虐的な行動をするようになった。この時に他の研究者から「これは虐待ではないか」と指摘されてジンバルドは初めて我に返ったという。看守役の学生だけでなく、ジンバルドー自身も刑務所責任者になりかけていたのだと本人が回想している。こうして2週間の予定の実験は6日で打ち切りとなる。

 この結果は新聞でセンセーショナルに報道されることになり、倫理的問題が大きいと批判が上がることになった。ジンバルドはこの実験に対して「人は環境で抑圧的な看守にも一方的に受け身な囚人にもなる」と結論づける。人々は巨悪が生まれる現場を目の当たりにしたのである。ただし当然のようにアメリカ心理学会は、今後研究参加者の尊厳と福祉を保ちながら調査を行う必要があるという倫理綱領を制定する。こうしてスタンフォード監獄実験は禁断の実験となったのである。

 

 

禁断の実験が再び実施されるが・・・

 しかしリアリティ番組が全盛となる中で、BBCでスタンフォード監獄実験を再現する番組企画が持ち上がったのだという。倫理面への配慮を条件に心理学者のアレックス・ハスラムとスティーブ・ライヒャーが監修を引き受けた。彼らはジンバルドの説に疑問を持っていたことから実験参加を決めたのだという。彼らはジンバルドが看守役に「看守は囚人をコントロールして抑圧感を植え付ける役割」と指導したことが看守役を暴走させたと見ていた。彼らは看守役に「刑務所がスムーズに運営され、囚人がすべての仕事を行うようにするのが看守の責任」と説明する。なお今回は参加者は学生でなく、様々な年齢と職業を持つ者が選ばれた。倫理面の対策として被験者に事前にストレスがかかる可能性があることを説明しており、危険な時には直ちに実験を中止するようになっていた。

 実験監獄では拘束される囚人と広く快適なスペースで暮らす看守が共同生活する形で行われた。すると看守に高圧的な態度はなく、4日目に囚人が不自由な生活に不満を感じた時に、看守は囚人に便宜を図ってその場を治める。しかしこのことが看守内でのどう振る舞うべきかの意見の食い違いを明らかにする。これらは彼らの中での看守像がバラバラであったからだという。一方で囚人側は自分達は不当な扱いを受けており、状況を変えるべきという考えで一致していたという。

 その結果、囚人たちが脱獄を図り、看守はこれを罰するのでなく話し合いに応じてしまう。その結果、看守と囚人という役割を辞め、平等な共同生活を送ることになってしまったという。このことから「権力を持つ立場になっても、集団の価値観が一致しなければ邪悪になるわけではない」という結論になったという。

 

 

グダグダになった実験から予想外の結果へ

 しかし実験はその後、とんでもないことになる。皆が勝手に振る舞って運営がまとまらなくなっていって不満の声が上がるようになり「命令を実行する強力なリーダーが必要だ」として元囚人の1人がリーダーとなり、仲間と3人で他を従えようとしたという。つまりは独裁者の登場、ファシズムに事態が進展したのだという。ここでこれ以上の実験は危険と判断され、実験は8日間で中止された。BBC実験はファシズムの誕生までを浮き彫りにしたのである。

 なおこの禁断の実験が注目を浴びることになったのは、アブグレイブ刑務所の捕虜虐待事件である。2004年に発覚したこの事件は、30人もの兵士が捕虜の尊厳を踏みにじる行為を行っていたのである。この時に兵士は捕虜から情報を引き出すために尋問者を手助けすることが任務だと伝えられていた。これをジンバルドーはスタンフォード監獄実験の条件と非常に類似しており、看守たちにはやりたい放題やって良いという感覚になる規範が浸透していたと指摘した。ジンバルドーは腐っていたのはリンゴでなく、リンゴが入っていた樽だとした。

 

 

 非常に興味深い実験なのだが、ヤバすぎてとても出来ない実験である。私が思うに「囚人を抑圧するのがお前の仕事だ」と言われたら集団心理で平気に虐待に発展するが、やり方はお前に任すと言われたら、自身の倫理観とかから鑑みて「おいおいいくらなんでもそれはヤバいだろ」という判断が働くんだろうと思う。しかしそうなると治安を維持するという観点からはグダグダになった結果、収拾付けるには強力なリーダーがってことになるんだろう。また最初の実験は刑務所での暴動が日常化していた時代だから、学生自体が「看守と言えば偉そうに囚人を虐待するもの」というイメージもあったと思う。そういう意味では時代の影響も社会規範の一つとして大きい。

 集団心理とか組織の規範というものがあって、これが立派な人間でも腐った組織にいたら染まってしまうということだろう。だから最初は崇高な目的があったとしても、「利権の確保」という価値観で団結している自民党に入ったら誰もが利権の確保だけを考えて国民を平気で抑圧するようになるってことである。カルト組織なんてまさにそうである。また反抗しないように国民を分断するってのも伝統的によく行われること。今でも若者と高齢者の分断を必死で仕掛けている。

 なおこの実験については、私の目から見てどうも扇動などの「やらせ」要素があるのではという印象を否定できないのであるが、どうも調べているとやはり「やらせ」があったという指摘もあるようである。もっともその範囲がどこまでかは不明である。現実には少数がけしかけたら、容易に大衆は暴力などに走ったりするのであるが。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・人間が状況によっては暴力に走ることがあることを示した禁断の社会実験として有名なのがスタンフォード監獄実験である。
・これは学生を囚人役と看守役に分けて行われ、看守役には刑務所の秩序を保つために主人に対して圧力をかけるようにと伝えたところ、看守役の圧力がエスカレートして、ついには虐待にまで発展するという衝撃的な結果となった。
・この実験は倫理的に問題視され、禁断の実験となった。
・しかし後にBBCが倫理面について配慮した上で、同じ実験を看守に対して「刑務所がスムーズに運営されるようにするのが看守の役割」と伝えて実施したところ、看守はどう振る舞うべきかの意見が看守内で統一されず、それに対して囚人は待遇改善を求めることで一致したことから、看守が囚人の要求に対応できず、最後には看守と囚人が一緒になるというグダグダになってしまった。
・さらにはコミュニティの運営が上手く行かなくなったことから、囚人の中から強力なリーダーが出ることになってファシズムの萌芽につながったところで実験は中止された。
・スタンフォード監獄実験が再注目されたのは米軍のアブグレイブ刑務所での捕虜虐待の事件で、アブグレイブ刑務所の状況はスタンフォード監獄実験に近いと言われている。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・とにかく人間は集団心理で流されるものですから、特に日本人はその傾向が強いのでさらにヤバい。「赤信号、みんなで渡れば恐くない」ってのは日本人の典型心理なので。