教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

2/1 BSプレミアム フランケンシュタインの誘惑「鎮痛剤 オピオイド・クライシス」

アメリカで大問題となっているオピオイド中毒

 プリンスが死亡し、タイガー・ウッズが意識混濁状態の運転で逮捕されたという事件の影に存在したのが、オピオイドという鎮痛剤の常用である。麻薬系鎮痛剤であり、彼らは身体の痛みを抑えるためにこれらの薬を使用し、中毒になってしまったのである。オピオイド中毒の増加はアメリカの製薬会社であるパーデュー・ファーマが発売した鎮痛剤であるオキシコンチンのせいである。本来は末期ガン患者の痛みの緩和などのために使用されていた医療麻薬のオピオイドを、パーデュー社は「中毒性が低い」として一般鎮痛剤として販売した結果、入手が容易なこともあって乱用が続出して、現在アメリカではオピオイドで命を落とす人が年間8万人もいるという。2017年にはトランプ大統領がオピオイド・クライシスと呼んで非常事態宣言を出したほどだという。その闇に迫る。

 古代より人類は多くの鎮痛剤を産み出してきた。最初はアヘンだったが中毒性が高いために問題を起こした。19世紀になってアヘンの中毒性を除いて鎮痛効果だけを取り出す研究がなされた。その結果1804年にモルヒネが開発されたが、南北戦争での負傷軍人を中心に40万人の中毒患者を出す。1898年には強力で安全な薬を目指したヘロインが開発されたが、これもベトナム戦争で56万人が中毒患者となった。

 

 

末期ガン患者用の鎮痛剤の一般使用を目指したパーデュー社

 この課題に取り組んだのがパーデュー社だった。1984年にオピオイドに初めて取り組んで、末期ガン患者用の鎮痛剤として販売された。この薬は1997年に特許が切れることから、これに代わる新製品としてパーデュー社のオーナーで医師のリチャード・サックラーは、オピオイドを末期ガン患者だけでなく、一般の慢性痛患者に使用出来るようにすることを考えた。販売対象を広げようとしたのである。

 そのためには飲みやすい錠剤にすること、12時間鎮痛効果が続くこと、乱用リスクや中毒性が低いことなどが必要条件だった。錠剤化はオキシコドンというアヘンを原料とした鎮痛剤で可能となった。さらに鎮痛効果の持続は、特殊な二層の膜で包んで成分がゆっくり溶け出すようにすることで解決した。そして問題が中毒性であるが、これについてはリチャードは「成分が徐々に溶け出すので中毒にはなりにくい」として十分な臨床試験を行わなかった。その上で緩和ケアの権威が書いた論文の「オピオイド鎮痛剤を投与した患者が中毒になるリスクは低い」という記述に注目する。これはある医学雑誌に載ったメモのような記述で「入院患者1万1882人にオピオイド鎮痛剤を投与したところ、中毒症状を示したのはわずか4人」とあったのを引用したものだった。しかしこれは論文と言えるものではない上に、短期の入院患者を対象にしたもので長期投与の効果を見たものではなかった。しかしこの数字を元にパーデュー社は「中毒患者は1%未満」と謳ったのである。そして新薬はオキシコンチンと名付けられた。

 

 

FDAの審査をくぐり抜け、大量に販売されることになる

 そしてパーデュー社はオキシコンチンを幅広い患者に使用出来るようにFDAに認可を求めた。そこでは中毒性が低いことを薬の効能として表示出来ることを目指した。1995年にFDAのカーチス・ライトはパーデュー社の幹部に「新薬承認のための申請書類を書くのを手伝えば審査を早めることが出来る」として3日で申請を書き上げたという。そこにはオキシコンチンは乱用リスクが低いということが記されていた。根拠のない主張が通ってしまったわけだが、カーチス・ライトはFDAを退職後にパーデュー社に再就職して倍の年収をもらうことになったという(完全に買収である)

 1996年1月にオキシコンチンが発売されると、リチャード・サックラーは販売にハッパをかける。アメリカ疼痛学会では苦痛のコントロールためにオピオイド鎮痛剤の使用を奨励していたが、これはパーデュー社がばらまいた金銭による効果であった。こうして医師の使用への抵抗をなくすと、そのような医師をリストアップすると販売員を送り込んで徹底的な売り込みを図った。さらに様々な成分量の薬を製造し、一番成分量の少ない薬から始めて、最終的にはもっとも成分量の多い薬に誘導するという戦術を取った。パーデュー社の目論見通り、鎮痛効果が不十分だとして薬が増量される患者が溢れ、彼らが重度の中毒患者となっていった。

 さらにオキシコンチンは砕いて飲むと徐放効果がなくなり、麻薬成分がすぐに効くということで乱用目的の患者が増加し、転売のためなどに違法に処方箋を乱発する医師も現れたが、パーデュー社はこういう医師に報奨金を出したという。2000年にはオキシコンチンの売り上げは10億ドルを突破する。

 

 

しかし乱用の危険性が知れ渡り、パーデュー社が法的制裁を受ける

 しかし2001年にオキシコンチンの危険性がニューヨークタイムズなどの報道で全米に知れ渡る。そしてオキシコンチンの乱用に飲まれいた町の医師であるアート・バン・ジーが、2001年3月にオキシコンチンの危険性を町の人々に伝える地域集会を開催する。そしてFDAにオキシコンチンのリコールを求める署名活動を開始する。バン・ジーの元にはパーデュー社の幹部が訪れ、地域の問題解決のために10万ドルを提供すると申し出たという。運動を抑えるための買収であった。バン・ジーはそれを拒絶するが、リコールのための署名活動も実らなかった。しかしこの頃にはオキシコンチンの中毒患者はアメリカの東側全域に広がっており、オキシコンチンによる死亡者はコカインとヘロインを合わせた数を上回っていた。1996年には31万6000だったオキシコンチンの処方箋は、2001年には718万にまで増加していた。闇市場でオキシコンチンは出回り、警察も動き出すことになる。

 そして安全性の根拠にされていた論文の著者から「論文は中毒性について記したものでなく、パーデュー社の主張には根拠がない」との証言を得る。そしてパーデュー社の責任者を詐欺行為で起訴する準備に入る。しかしリチャード・サックラーは2003年3月に社長職を退く(完全に逃げた)。パーデュー社は大物弁護士を立てて司法省に司法取引を持ち掛ける。そしてパーデュー社は詐欺行為ではなく、より罪の軽い虚偽表示のみが認められて罰金6億ドルの処分を受ける。結局はパーデュー社の責任者は誰一人として逮捕されずに終わったのである。2010年にはパーデュー社はオキシコンチンで過去最高の30億ドルの売り上げを記録、他の製薬会社も算入してオピオイド鎮痛剤がアメリカ中に溢れることとなり、その経済的損失は5040億ドルにも上ることになる。2016年にはオピオイド中毒での死者が4万人と交通事故の死者を上回る。そして2017年にトランプ大統領の非常事態宣言が出る。

 パーデュー社に対しては州や被害者団体から2000を越す訴訟が起き、2019年にその支払に耐えられなくなったパーデュー社は破産法の適応を申請、2020年にオーナーのリチャードらオーナーのサックラー家は60億ドルの和解金を支払うことで合意する。そこには今後の民事訴訟からサックラー家を免除することが記載されていたという。しかし2021年に連邦地裁はこの和解案が違法の可能性があるとして待ったをかける。現在も最高裁で審議中だという。

 現在アメリカではオキシコンチンよりも100倍強力といわれるフェンタニルなどが出回る(プリンスもこれを常用していたらしい)という事態になっており、2021年に死者が8万人を突破するなど未だにオピオイド・クライシスの渦中にあるという。

 

 


 アメリカを揺るがす鎮痛剤の乱用の問題である。中毒性のない鎮痛剤の開発に製薬会社は奔走した結果、今まで失敗を重ねてきたとのことであるが、私は鎮痛剤という薬剤の性質を考えると、鎮痛剤が鎮痛剤で有る限りは中毒や乱用は防止出来ないのではないかと考えている。

 もし乱用や中毒を防げる鎮痛剤があるとすれば、例えば腰痛に苦しむ患者に対しては、その腰の痛みだけをピンポイントで抑える鎮痛剤などが登場しない限り不可能だと考える。鎮痛剤がその性質としてあらゆる痛みを除去する薬であれば、生存のために苦痛を回避して快楽を求めるようにプログラムされている人類が、鎮痛剤に溺れないはずがないと考えるからである。ヒトが生きていたら身体の様々な痛みを始め、諸々の苦痛というものは絶えず存在するのであるが、それらが除去されるとなるとその薬に依存しないでいられないほど人類の理性は強くなかろう。

 そうであるなら、鎮痛剤が鎮痛剤で有る限りはこういう事件は起こりうるわけで、それを抑えるには使用の面で制限をかける必要があるのだが、今回の事件は製薬会社が利益のためにその使用制限を不法に撤廃してしまったという事例になる。完全に良心の欠けたパーデュー社の対応には呆れるばかりだが、ある意味で利益最優先の民間企業はどこでも陥る危険のある話ではある。制約に限らず、利益最優先で下手すりゃ人類を滅ぼしかねない原発の推進に突っ走っている電力会社なんかも同じようなものである。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・現在のアメリカでは医療用麻薬であるオピオイド中毒患者の増加が社会問題となっている。
・そもそもオピオイドは末期ガン患者の痛みの緩和のために使用されていたものであるが、パーデュー・ファーマのリチャード・サックラーがそれを一般の痛みの緩和にまで拡大しようと目論んだことがきっかけとなっている。
・パーデュー社は十分な臨床試験も行わずに、オピオイド製薬であるオキシコンチンについて、中毒性が低いというデータをでっち上げてFDAに認可させた。その際にFDAの審査官を買収したとも考えられる。
・さらにパーデュー社はあらゆる方法で医師にオキシコンチンの処方を進めるように働きかける。その結果、オキシコンチンの売り上げは急増するが、同時に中毒患者が急増することになる。
・ついにはオピオイド中毒死の数が交通事故の死者を越える事態にまで至り、社会問題化してパーデュー社には被害者団体からの訴訟が殺到、ついにはパーデュー社が破産法の申請に至る事態になる。
・しかし現在もオピオイド系鎮痛剤は他社から販売されており、オキシコンチンの100倍強力といわれるフェンタニルが乱用されるなど、アメリカは未だにオピオイド・クライシスの渦中にいる。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・最近はこの手の合成麻薬がかなり出回っているようで、フェンタニルに関しては日本でも登場しているようです。結局は金のためならなんでもするという奴等がいるからなんですが。