教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

5/6 BS11 歴史科学捜査班「古代ミステリー最新発掘調査!邪馬台国はどこに?」

 邪馬台国については九州説と畿内説が有力な説としてあるが、一体真相は? というのが今回の内容だが、そんなものがこの番組で決着が付くはずはないので(笑)、この番組がどういう見解を持ってくるかが見所である。

纒向遺跡こそが邪馬台国・・・畿内説

 まず畿内説から検証する。畿内説で有力視されているのは纒向遺跡。最近になってここで非常に大きな建物の跡が発見されたことから、これが卑弥呼の神殿であったのではないかとされている。

 またこの遺跡の近くにあるのが箸墓古墳であり、この古墳には倭迹迹日百襲姫命が埋葬されているとされているが、彼女自身が特殊能力を持っていたといわれる巫女性の強い人物であり、まさに卑弥呼その人だったのではという説である。

邪馬台国は筑紫平野に・・・九州説

 一方の九州説の方は、魏志倭人伝の記述から邪馬台国は環濠集落であったと推測されることから、環濠集落が大量に見つかっている北九州の筑紫平野がまさにその場所で、ここで邪馬台国連合とでも呼べるような連合国家が形成されていたのではとの考えである。また環濠集落が必要だった理由は、南方の狗奴国と対立していたためであり、狗奴国については魏志倭人伝に記載がある。

さて番組の結論は

 で、番組の結論なんだが、ゲストである国際日本文化研究センター教授の倉本一宏氏は断言する。「邪馬台国は北九州にあった。ただしそれは一地方政権に過ぎず、倭国の中心となる政権は纒向に存在していた」との説。纒向の権力は魏ではなくてむしろ呉などと交流があったが、呉は結局は魏に負けてしまったので正史として記録が残らずに抹殺されたのではとのこと。

 はい、この考えは私のものにかなり近いです。私の考えも邪馬台国は北九州にあった政権で、それとは別に畿内にも有力な勢力があったというものです。ちなみに私は倭国とは北九州から朝鮮半島辺りに及ぶ邪馬台国を中心としたまさに倭国連合のようなものだったのではと考えております。それがその内に段々と畿内勢力が強くなり、独立勢力であった出雲や北九州を倒して日本を統一していくというシナリオです。

 もろに一部内容が4/1のにっぽん!歴史鑑定と被ってしまっていた感がある今回ですが、前半の畿内説の説明について、俳優で現在は考古学をライフワークにしているという刈谷俊介氏云々のどうでも良い話でかなり引っ張り過ぎていた気がします。おかげでそれを抜いて内容をまとめると上の数行に収まってしまった(笑)。番組として最終的にこの結論を持ってくるのなら、バランスとして九州説をもう少し丁寧に解説する必要があったのでは?

tv.ksagi.work

忙しい方のための今回の要点

・邪馬台国畿内説では、纒向遺跡が邪馬台国そのものであると考え、近くの箸墓古墳は卑弥呼の墓である可能性があると考えている。
・九州説は筑紫平野に環濠集落が多かったことから、これが邪馬台国連合というべき勢力であったと考えている。
・番組の見解は「邪馬台国は九州にあったが、これは一地方政権に過ぎず、倭国の中心権力は纒向遺跡に存在した」というもの。

忙しくない方のためのどうでもよい点

・刈谷俊介氏って、そう言えば石原プロの作品でよく見かけた顔ですよね。しばらくぶりに見た気がしますが、その間遺跡を掘っていたとは知らなかった(笑)。それにしてもあの頃に比べるとかなり老けました。仕方ないことですが。
・ところで昔から邪馬台国がどこにあったかに並んでよく議論になるのは「卑弥呼は美人だったのか?」というものなんですね(笑)。もし美人なら中国人は絶対に記録に残すだろうということで、美人ではなかったというのが通説です(笑)。ただもし美人だったと記録があったとしても、あくまであの時代の美人ですから今の基準だと分かりません。そういう意味で、不細工だったという記録がある諸葛孔明の奥さんは、実は今基準の美人だったっていう物語なんかもあるんですが。