教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

3/12 BSプレミアム 偉人たちの健康診断「戦国武将・宇喜多秀家 長寿の秘密は島流し!?」

関ヶ原の最後の生き残り・宇喜多秀家

 天下分け目の関ヶ原。多くの武将たちのその後の運命を決した戦いが終わり、関係者が次々とこの世を去って行く中で、最後まで生き残って84才という長寿を全うしたのが敗軍の将の一人であった宇喜多秀家である。

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戦国の貴公子・宇喜多秀家

 

秀吉の後ろ盾で異例の大出世を遂げる

 宇喜多秀家は備前に生まれたが、父が早くにして亡くなったことで10才で家督を継ぐことになる。秀家の備前の地は中国地方を攻略するための重要な地であったことから、宇喜多家と交流が深かった秀吉が秀家の後見人となる(秀家の母が秀吉の側室になっていたという話もある)。その後、秀吉は自分の養女(前田利家の娘)の豪姫を秀家に嫁がせ、秀家は秀吉の娘婿ということになる。

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ちなみに秀家の父・直家は戦国有数の梟雄として知られる

 秀家は秀吉の後ろ盾によって破格の昇進を遂げる。若くして従三位の官位を得て、朝鮮出兵では大将に任命され、さらには五大老の一人にまで任命されることになる。しかしこれらの昇進は決して秀家が望んだものとは言えず、秀吉の後ろ盾によって実力以上の重責を担わされ続けた秀家にはむしろストレスが過剰だったと考えられる。

 

秀家のストレス解消はコスプレ?

 こんな秀家のストレスを癒やしたのが趣味。特に秀家は能への打ち込み方が尋常でなかったという。時には自らが能を演じて、様々な役をこなしたというのだが、この番組によるとそれがストレス解消につながっていたとする。

 番組の肝は「コスプレは健康に良い」というもの。人間は誰でもその場その場で要求される仮面(ペルソナ)を被る(例えば職場では「有能な社員」、家庭では「やさしい父親」など)のだが、それが固定化されることで自身の本性が抑えられてストレスになるのだという。それがコスプレをすることで自分の憧れる別人になったりすることでストレスが解消されるのだとか。長寿県の静岡県の中でも特に長寿である川根本町では高齢者のコスプレイベントが10年前から行われているとのこと。コスプレなどで皆で同じ衣装を着る(例えばちびまる子とか)が連帯感や一体感につながり、高齢者の孤立を防ぐのだという。孤立した高齢者は免疫を低下させるCTRAという遺伝子群が活発化することが近年の研究でも分かってきたという。

 

運命を暗転させた関ヶ原

 出世街道を驀進していた秀家の運命が暗転するのは、秀吉が亡くなって関ヶ原の合戦が起こってから。西軍の副将として合戦に臨んだ秀家だが、西軍は敗北、西軍の諸将が死罪になる中、秀家は前田家からの助命嘆願があったことなどもあって息子達と共に八丈島に流刑となる。

 妻とも離ればなれになり、南の孤島への島流し、このような環境の激変は多大なストレスになる。実際に環境の変化によるストレスのせいで現代でも6月頃に体の不調を訴える患者が激増するという。4月の人事異動や就職などを経て、6月の梅雨でのジメジメした気候などが心身に悪影響を及ぼすのだとか。これを避ける一つの方法は徐々に環境に慣らすこと。例えば4月に就職して引っ越しもしてというのではなく、まず最初に引っ越しをしてからその後に就職するなど、環境の変化を一つずつ慣らしていくというのが効果があるとのこと。この時の秀家もいきなり八丈島に直送されたのでなく、途中で他の島に立ち寄り(当時の航海術では一気に八丈島まで行くのは難しい)などで4ヶ月ぐらいかかっており、途中の島で見張り台に上って風景を楽しんだり、温泉に浸かったりなど意外に楽しんでいる様子が覗えるという。

 

島での生活がかえって長寿命の秘訣に

 八条島に渡った秀家は自ら畑を耕す生活に入る。八丈島での生活は過酷なものであるが、それに反してこの島は意外なほどに長寿者が多いのだという。食生活は粗食であるが魚類や海藻が中心など意外に体に良い食事。しかもこの島でよく食べられるあしたばは、ポリフェノールの一種であるカルコンが含まれていることで注目されているという。さらにいえば日頃の農作業で適度な運動も行っていただろう。

 それ以外にも島での秀家の生活ぶりを伝える資料が寺に残っている。秀家が残したかなりふざけた句が残っているとか。結構仲間と冗談を言い合い楽しく過ごしていた様が覗えるという。実際に仲間と楽しく語り合うことで脳内の前頭葉が活性化するということは、きんさんぎんさんの娘たちの脳を調査した時に確認されているとのこと。前頭葉が活性化して血流が増加することで、認知症の予防にもつながるのではと考えられる。

 秀家は島民に溶け込み、一人の島民として暮らすことを決意していたという。もしかしたら以前の華やかだがストレスフルな生活より、今の貧しいがゆったりした暮らしの方に魅力を感じていたのかも知れない。八丈島に流された数年後、幕府より帰還とお家再興を許す書面が来たが、秀家は「今更徳川の禄を食む気にはならない」と断り、秀家の息子達も島の女性と結婚して島に骨を埋めたという。こうして島に溶け込んだ秀家は84才の長寿を全うする。

 

 まあ人生終わってみるまで何が勝ちで何が正解なんて分からないということです。秀家ももしかしたら島に来てから「実は俺が求めていたのはこんな平穏な暮らしだった」と思い始めていたかも知れません。それまでエリート街道を驀進していましたが、その生活はストレスフルなものだったろうし、途中で降りるわけにも行かないし。それを無理矢理にリタイヤさせられたら、自分のこれからなんて事も考えたでしょう。よくIT企業とかでバリバリ仕事して年収数千万円稼いでいたエリート会社員が、突然にリタイヤして農業を始めたなんて話を聞きますが、つまりはエリート街道まっしぐらが必ずしも幸せとは限らないという話です。少なくとも秀家は結果として長生きしているわけですから、恐らくこの生き方の方が彼にはあっていたのでしょう。そのまま豊臣政権が続いて、五大老として政務の責任を背負ってなんてことをしていたら、存外50才ぐらいでポックリ逝っていたかも知れません。私も心情的には自然と共に送る生活なんてのに憧れがないわけではありませんが、実際には自分はそういうのには一番向いていないのも分かってますので、いきなり農業始めるなんて事はあり得ませんが。

 

忙しい方のための今回の要点

・宇喜多秀家は10才で家督を継ぎ、秀吉がその後見となる。
・秀吉に寵愛された秀家は、秀吉の養女と結婚して秀吉の娘婿となり、秀吉の後ろ盾で破格の出世街道を驀進、ついには五大老の一人にまでなる。
・重責を担ってストレスフルだったと思われる秀家の息抜きは能に打ち込むこと。彼は自身で能を舞い、多彩な人物を演じたという。
・近年の研究ではコスプレによって他人になりきることは、日頃抑圧されている自分を解放することにつながり、ストレス解消効果があるとされている。
・秀家の運命は関ヶ原の敗戦で暗転する。秀家は息子と共に八丈島に流罪となる。
・環境の激変は多大なストレスとなるが、それを避けるには環境を徐々に変化させるのが一番とのこと。秀家も八丈島に4ヶ月かけて渡っており、その間に島の暮らしに適応している。
・八丈島に渡った秀家は島民に溶け込み、貧しいがゆったりとした生活を送ったと見られる。仲間達と笑いを交えた談笑をすることは前頭前野の活性化につながり、認知症の予防になることが近年分かってきているという。
・結局秀家は幕府からのお家再興の打診も拒絶し、島で84才の天寿を全うする。関ヶ原関係者で一番最後まで生き残ったのは彼だった。

 

忙しくない方のためのどうでもよい点

・華やかに思えた秀家の前半生は、実は本人にすると一番不幸な時だった可能性もありますね。秀吉を始めとする周囲からの大きな期待とプレッシャーは相当だったでしょうから。秀吉の養子二人が不幸な最後を遂げていることを考えると、よくまあ彼もそれと同じ道を辿らなかったというものだという気もする。
・そうして考えると、秀家という人物は異例の大出世を遂げた反面、実は個人的な野心というのがあまりない人だったのかも知れない。もし野心のある人物であったら、いくら前田家から助命嘆願があったとしても、あれだけ人を見る目が厳しい家康であるから、危険を感じて死刑にしてるでしょう。それが「まあこいつなら生かしておいても大丈夫」と感じたという可能性が大。
・となった場合に浮かんでくる秀家像は、爽やかイケメンだがいかにも良家のお坊ちゃんででくの坊というタイプ。あっ、私の頭の中には松岡修造が浮かんだ(笑)。

 

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