教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

"相次ぐ豪雨災害の中でどうやって身を守るか"(7/12 NHKスペシャル「豪雨災害 いま何が必要か~命を守る"避難スイッチ"~」から)

 九州で球磨川の氾濫などの大規模な豪雨災害が発生した。最近はこの手の大災害が頻発しているが、その背景には何があるのか。またそんな中で自らや家族の命を守るにはどうすれば良いのか。

 

未曾有の豪雨をもたらした線状降水帯のメカニズム

 今回の豪雨をもたらしたのは線状降水帯と呼ばれる現象。これは梅雨前線に大量の水蒸気が供給されることで、同じ地域で大量の雨が降り続いたのである。この降雨量は今までの常識を上回るもので、避難所になっていた小学校までが浸水した。

 この供給される水蒸気の量は2018年の西日本豪雨をも遥かに上回るものだったという。この水蒸気はインド洋や南シナ海の方面から供給されているが、その量はアマゾン川から海に流れ込む水の量の数倍に当たる毎秒50~60万トンという。そしてこんなにも大量の水蒸気が供給された原因が海水面の温度上昇。特に日本近海は世界の中で海水面の温度上昇が激しい地域になるという。

 

急激な状況変化が住民の対応を上回った

 今回の豪雨は実に急激かつ激しいものだった。多くの住民が「気がついた時にはとんでもないことになっていた」という類いの証言をしている。14人の犠牲者を出した特別養護老人ホームの千寿園では、災害発生時には近所の住民も協力して入居者を避難させることになっていたという。しかし近隣住民が異変を察知して施設に駆けつけたのは球磨川の氾濫の直前であり、まさに避難作業の最中に多量の水が押し寄せたという。それを体験した住民は「浮いては沈みの状態であり、まさに地獄だった」と語っている。

 避難準備の情報は前日の17時に発令されていたという。しかしこの時点では球磨村では雨はそんなに激しくなく、また今まで何度か避難準備情報は出たものの特に何も起こらなかったことから、この時点で危機を感じた住民は少なかったという。そして避難勧告が出たのは夜の22時20分、そして深夜の午前3時30分に緊急の避難指示が出たものの、深夜であってもう寝静まっていた住民も少なくないという。そして近くを流れる川が氾濫したのが午前5時30分頃だという。自宅にとどまっていた住民が朝になって見た光景は、橋が流されていく様子だったという。結局は集落は孤立して、4日後になって自衛隊のヘリコプターで救助されたという。

 

万一の災害に対応するための「避難スイッチ」

 日頃から、万一の災害時にどういう対応をするかを決めておくことも重要であるが、さらに災害情報が出てもそれをいかに避難に結びつけるかという「避難スイッチ」が問題になるという。実際にアンケートの結果でも避難勧告や避難指示が出たらすぐに避難するかの問いに半数近くが「すぐには避難しない」と答えている。

 こんな中、集落が丸ごと水没したものの、住民の全員事前に避難していて無事だったという集落が存在する。八代市坂本町の西鎌瀬集落。8世帯20人の住民全員が避難したきっかけはまさにこの「避難スイッチ」だったという。最初は住民のほとんども数年前に堤防が整備されたこともあり「大丈夫だろう」と考えていたという。しかし住民の一人が妙な胸騒ぎを覚えて川の方を見た時、普段と光景が全く異なることに気づいたという。村の住民の頼みの堤防から今にも水が溢れそうになっていたのだという。彼女は慌てて各家に「球磨川が危ない」と呼びかけて回ったのだという。これが住民の避難スイッチを入れることになり、住民が全員避難を開始した。このように周囲の住民が動き出すことで自らも避難を開始するという例は実に多いという(この辺りがいかにも日本人的なのだが)。そして全員が避難を終えた直後に集落は濁流に呑み込まれた。

 この避難スイッチであるが、ポイントは情報、周囲の異変の察知、呼びかけだという。これが重なることで人々は行動を開始するのだが、これがいかに早めに敏感に働くかということがポイントになる。実際に地域の人で「この道路に水があふれ出したら避難を開始する」というように、避難の目安を設定しておくのが良いというのが番組の提案。また状況の変化に合わせて、このスイッチの更新も必要であるという。さらにはスイッチも多段階にするというのも必要としている。避難準備の段階で親族から誘いがあったので親族宅に避難というのがスーパーベスト、避難指示の段階で避難呼びかけの電話があったので近所の小学校に避難というのがベスト、道路冠水の時点で周囲の呼びかけがあったので自宅の2階に避難というのがセカンドベストというように段階になっており、要は早めの行動こそがベストであるということ。また複数の選択肢を用意しておくということである。

 

被害を防ぐための研究と住民に必要な心構え

 また線状降水帯の予測の研究もなされている。今後温暖化の進行で将来の豪雨をシミュレーションすると、九州全体の雨の量は3割増加するという結果が出ているという。福岡県の東峰村では実際に線状降水帯の予測ソフトを運用して、それによって今回、線状降水帯が発生する前に避難勧告を発令したという。その結果、住宅の浸水はあったものの人的被害は出なかった。ただまだ問題点があり、このソフトの的中率が10%ぐらいという信頼性の低さがある。あまり空振りが続くと、オオカミ少年になって住民が避難勧告が出ても従わなくなる可能性がある。これについてはさらなる研究の進歩で的中率を上げることも重要であるが、住民の方も勧告が当たらなくてもそれは空振りではなくて避難の練習をしたのだと考えるのが重要であると専門家は指摘している。つまり「空振り」ではなく、練習のための「素振り」であると考えろとのこと。これはなかなか名言。

 

 以前にも西日本豪雨に関連しての特番があったが、

tv.ksagi.work

 ここでも問題になっていたのはやはり「避難スイッチ」。人間にはどうしても正常性バイアスというものが働くので、「今回も大丈夫だろう」と考えて避難などの非日常的行動にはでないというところがある。これを打ち破るためには、先ほど出てきたご近所からの呼びかけなど様々な仕掛けが必要である。また役所などの行政が日頃からどれだけ信用されているかなんてことも関わってくる。例えば「村長さんが言っているのだから間違いなかろう」と住民が思うぐらい首長が信頼されていれば、村長が一声「避難してくれ」と呼びかけるだけで村人は一斉に避難を開始することになる。

 それと今回の番組では触れていないことで、以前の番組の時にも私は言ったことなんだが、災害発生後に国などからどれだけの支援があるかなんていうことも、実は避難行動に響いてくる。災害に遭った時に、国が「自己責任だから」と支援を放棄するようなことを日常的に行っていたら、住民の方もなかなか自らの家を捨てて避難するということに踏ん切りにくい。これに対して「命さえあれば、生活の再建は問題ない」という保証を国が示していたら、住民も先のことを心配せずにとりあえず今、命を守るための行動を躊躇わずに取ることが出来るようになるのである。また生活再建の支援がないせいで、折角命の助かった住民がその後に生活破綻して自殺してしまうなんて言う悲惨な事例が各地で頻発している。被災後の生活再建支援というのは極めて重要であるというのは、実際に阪神大震災の被災者でもある私の強い実感でもある(実際にあの時に支援がほとんどなかったせいで、そのまま孤独死に至った高齢者なども多数見聞している)。

 

忙しい方のための今回の要点

・今回の九州での豪雨災害は、線状降水帯が発生して、一定の場所で大量の降雨が長時間続いたことが原因となっている。
・その原因は梅雨前線にインド洋や南シナ海方面から大量の水蒸気が供給されたこと。その量はアマゾン川が海注ぎ込む水の量の数倍にも及び、これは2018年の西日本豪雨の時をも大きく超えている。
・これだけ大量の水蒸気が供給されたのは海水面の温度上昇が原因。そしてそれは地球温暖化の影響と推測されている。
・今回の球磨川の事例などで避難指示が出たのが深夜だったことなどあり、多くの住民がうまく対応できなかった。また避難準備情報は前日の夕方に出ていたが、避難を検討する住民はほとんどいなかった。
・迅速な避難にはいかに「避難スイッチ」を入れるかが問題となっている。今回、集落が水没したにも関わらず人的被害がなかった八代市坂本町の西鎌瀬集落では、一人の住民が川の状態が異常であることに気づいて、集落の住民に避難を呼びかけたことがきっかけとなっていた。
・避難スイッチがまともに働くように、集落によって避難の基準などを設けるのが良い。またその基準は状況の変化に合わせて更新の必要がある。また避難スイッチも多段階にして、選択肢を複数にする方が良い。
・線状降水帯の予測の研究なども進んでいるが、まだ的中率が今ひとつである。もし避難の結果何も起こらなくても、無駄と考えずに避難の練習をしたと考えるのが重要だという。「空振りではなく、練習のための素振りだった」と考えるべき。


忙しくない方のためのどうでも良い点

・やっぱり避難行動に移ると言えばかなりハードルは高いです。うちなんかも足の弱い高齢者がいるので、そもそも避難するということ自体が困難です。そういう事情を抱える家庭は少なくないでしょう。しかも今後、私自身もさらに年を取って体力は落ちてくるでしょうし、そうなるとさらに難しくなってくる。そういうことを考えていくと、この国ってこういう面での危機対応が皆無なのに改めて気づいたりします。