教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

このブログでの取り扱い番組のリストは以下です。

番組リスト

4/1 BSプレミアム ダークサイドミステリー「笑顔が暴力を生んだ夜 なぜ人々はヒトラーに従った」

国民はナチスに自発的に従った?

 独裁者ヒトラーに率いられた恐るべき狂気に満ちたナチス帝国。人々は秘密警察による弾圧の恐怖と、ゲッペルス率いる広報部隊の宣伝にダマされ洗脳されて従わされていた・・・というように考えられることが多いナチスであるが、近年の研究では必ずしもそうでないという実態が分かってきたという。普通の人々が心からナチスを支持し、今でも「あの頃が一番良かった」という者さえいるという。ナチスはどのような手を使ったのか。

 ナチスが台頭した時期はドイツが第一次大戦で敗北した後であった。この頃のドイツはワイマール共和国の時代で、社会は民主主義的でまた女性の社会進出も盛んとなってきた時期だったという。しかし一方で、敗戦で領土の13%を失い、また多額の賠償金を課せられたことでドイツ経済は困難に直面していた。その挙げ句1929年の世界恐慌で国民の暮らしはどん底に転落する。失業者は550万人以上にも達した。

 ここに登場したのがアドルフ・ヒトラーであった。彼は派手で過激な演説で目を惹き、ナチ党(国民社会主義ドイツ労働者党)を急成長させる。彼は祖国を取り戻すことを訴え、ドイツの誇りを取り戻すという主張は生活に困窮する人々の心に火を付ける。ヒトラーの主張は当時のドイツ人男性の心の底にあった考えに沿っていたという。また都市部の工業優先に不満を持っていた農民に対して「国家は君たちを必要としている」とプライドをくすぐり、また地方の保守的な女性層に「社会進出する女性よりも家庭で子供を産み、育てる女性こそ大切だ」と語りかけた。さらに民族共同体を主張し、ドイツ民族であれば誰でも国家にとって必要性があり公平であると訴えた。これらは国家に必要とされていると国民の承認欲求をくすぐり、ナチ党の支持は広がっていった。こうしてナチ党の議席は急増し、ヒトラーは総統となって全権力を掌握する。ナチ党のスローガンは「総統は命じ、我々は従う」というものであった。

 

団体行動が産み出す独特な高揚感

 ナチ党員のあの気色悪い集団行動は人々がナチスに従う意志を盛り上げるものだったという。実際にドイツ現代史を研究する田野大輔教授が学生を使って、どのようにファシズムが受け入れられていくのかを実験した例がある。それは学生に白いシャツとジーパンの着用を命じ、同じ服装をした上で授業を進める田野教授を独裁者と見立てて「ハイル!タノ!」と声を揃えさせるのだという。続けて全員で合わせて足踏をさせる。そして「全員で力を合わせるとスゴイ音がしますね。これが共同体の力です。」と語ったという。この時の学生の心の変化をレポートさせたところ「一体感が生まれた」とか「数の多さが強さに思えて誇らしくなった」「達成感と高揚感があった」などの感想が出たという。また集団催眠的状態である。近年の研究ではこういう状態を合意独裁と呼ぶという。従うことに誇りと喜びを感じるのだという。まさにプロ奴隷、肉屋を熱烈に支持する豚である。研究者は集団ヒステリーであると評している。ヒトラーがカリスマ性があったというよりも、民衆が彼をカリスマにしたのだという。

 

国民の人気取りをするヒトラー

 ヒトラーは民衆の心をくすぐるための人気取り政策も行う。まず歓喜力行団という公的機関を設置して旅行などのイベントを庶民に格安で提供した。さらに国民車構想を掲げて、一家に一台をスローガンにフォルクスワーゲン車が開発した。人々は数年後の納車を夢見て積立金を支払った。さらにアウトバーン計画。これを手作業で建設することでヒトラーは年間60万人の雇用を約束した。実際にナチ政権の間に550万人の失業者は12万人に激減したという。

 しかし実はこれらは全て裏がある。アウトバーン自体は実はヒトラー以前からあった計画でヒトラーの発案ではなかったし、国民車も実際は人々から積立金を集めて戦費に投入しただけで車が届くことなかったという。また失業者対策もアウトバーンでの雇用は実際は10万人止まりで、失業者が劇的に下がったように見えたのは、若者を勤労ボランティアに動員し、女性を専業主婦にすることを奨励して失業者から除外し、さらには戦争に向けての徴兵や軍需産業への動員などがあったからだという。だがヒトラーはこれを経済政策の成功だと謳った。

 

共通の敵としてユダヤ人を設定

 さらに共同体の結束を高めるために共通の敵としてユダヤ人を設定した。商業の成功で比較的豊かで嫉妬をかいやすいユダヤ人は敵として最適だった。ナチスとはまずユダヤ人商店のボイコットを呼びかける。そして突撃隊がユダヤ人商店を突撃して、買い物しようとする人々を威圧した。この様子をにやにやとしながら眺めている多くの見物人は、巧みに舞台の演出として巻き込まれてしまったのだという。

 このような直接暴力を奮う面々と見物人の関係が恐ろしい効果を生むことは、先の田野教授の実験でも出ているという。田野教授はサクラの学生に屋外のベンチで過剰にイチャイチャさせ、それを集団行動をマスターした学生達に取り囲ませ「リア充爆発しろ!」と罵倒させたのだという。すると授業に関係ない学生達もこの騒ぎに寄ってくる。この時に学生達の感情は「やる気が出て気分が盛り上がってきた」と高揚しており、さらには見る側もそれに参加しようとしたという。このように敵を糾弾する意識が周囲に伝染したのだという。

 ナチスはさらにユダヤへの弾圧を強めていく、ユダヤ人から略奪した家財道具は競売にされ、近隣のドイツ人達はそれを喜んで買った。共同体の一員なら裕福になれるという幻想が、その裏にある迫害を見て見ぬ振りをさせることになったのだという。こうしてヒトラーの独裁が支えられることになる。

 

そして水晶の夜が発生する

 ユダヤ人迫害はさらに盛り上がっていく。ドイツの若者たちはユダヤ人の書いた書物を大学で焼きはらい、さらに水晶の夜と呼ばれるナチの突撃隊がユダヤ人街を焼き討ちするという大規模な暴動が発生する。きっかけはユダヤ人青年がドイツ大使館職員を銃撃するという事件に端を発しているが、これを受けてドイツ各地でユダヤ人礼拝堂に対する放火などの報復行為が始まる。これに対してゲッペルスは「これらの行動はあくまで自然発生的なので抑える必要はない」と演説した。政府はあくまで止めないと言っただけなのだが、これが党幹部を通じて全国の支部に伝わるとより過激化していく。そして水晶の夜が発生する。警察は見て見ぬ振りで誰も止める者がいない中、民衆の中からも暴動に参加する者が出てくる。トップは「止めない」と言っただけであるが、それは実質的に「推奨する」と言っていると下は忖度したわけである。まさに議会に乱入した支持者に対してトランプが行った行為と全く同じである。だからシュワルツェネッガー知事は議会襲撃事件を「水晶の夜と同じ」と表現した。この暴動で1400の礼拝堂が焼き討ちされ、7500軒の商店が破壊され、死者100人以上負傷者多数。事件の責任はユダヤ人側にあるとされ、ユダヤ人3万人が逮捕されて、ユダヤ人は丸刈りにされた上で収容所で強制労働をするか、財産を放棄して国外退去するかを迫られた。

 

自国民をも大虐殺したナチス

 ナチスの弾圧が向かったのはユダヤ人だけではなかった。戦争が開始されるとナチスは、精神障害者を扶養することは社会的な無駄であるとして障害者の安楽死させるT4計画が発動される。病院を視察して労働が無理だと判断された者は「生きるに値しない命」として輸送して安楽死施設でガス室で殺害された。住民達はその施設で何が起きているかはうすうす勘付いていたという。しかしT4作戦には宗教界から批判の声が上がる。この声に国民が靡くことを恐れたヒトラーはT4作戦の中止を命じる。しかし医療の現場では医師や看護師により自発的に安楽死が続けられ、これに対してナチスが止めることはなかった。そしてやがて高齢の病人、空襲での重症者、さらには第一次世界大戦での傷痍軍人までもが「戦争の役に立たない」と安楽死の対象にされ、20万人が殺害されたという。またT4作戦の中心となった施設や医師や看護師がホロコーストの中心となることになる。

 ファシズムは何かについては、田野教授は 1.集団の力の実感 2.命令で行動することによって責任感が麻痺 3.やっているうちに、やらないといけないという義務が生まれる というところに怖さがあるとしている。まさにその通りである。

 

 以上、ファシズムに巻き込まれていった民衆の話であるが、決して脅迫によって無理矢理に追い込まれていったという単純なものではなく、自発的にそっち向かうように巧みに誘導されたということである。実際にそのようなところがあり、日本などでも例えば特攻隊はすべて「志願者によって」編成されたということになっている。

 独裁権力がいかに国民から思考力を奪うかという話だが、実際に今日の日本政府にも「ナチスに倣え」と言った人物がおり、実際によく見ていくとまさにその通りにナチスに倣っていることは良く分かる。アベノミクスという実態のない経済政策の成功を謳い、さらには熱烈な支持者に扇動させる。ナチス支持者をネトウヨに、ユダヤ人を朝鮮人に読み替えるとそのまんまであることは容易に気づくことである。

 さて今日のNHKはキャスターが菅総理の気に入らない発言をしたという理由だけで番組から降ろされるというぐらいに権力の介入を受けているのだが、この時期にこの内容を放送したという現場の人間の意図と気概は我々視聴者も正しく汲み取る必要があろう。

 

忙しい方のための今回の要点

・従来はナチスは秘密警察による弾圧の恐怖と、巧みな宣伝による騙しと洗脳で国民を誘導したとされていたが、実は国民はもっと自発的にナチスに協力していたというような実態が最近になって判明してきた。
・ヒトラーは経済不況下で苦しむ国民や、社会の変化に戸惑う保守的な女性層を巧みに支持者に取り込んで勢力を拡張した。
・ナチスに見られる団体行動は共同体意識を高め、参加者に一種の高揚感をもたらすというのが田野教授に行った実験で確認されている。
・またナチスは共同体の結束を高めるための共通の敵にユダヤ人を設定し、ユダヤ人を諸悪の根源として国民の憎悪を煽った。
・ユダヤ人青年によるドイツ大使館員射殺事件にたいする報復としてのユダヤ人礼拝堂に対する放火について、ナチスは「自然発生的なものなので止めない」と宣言した。そのことが組織の下に伝わるにつれて、ユダヤ人に対する暴力を奨励していると忖度されて過激化し、ついには水晶の夜と呼ばれるユダヤ人街に対する大規模襲撃につながる。
・ナチス突撃隊による暴動を、警察は見て見ぬ振りをし、住民の中には商店襲撃などに加わる者まで現れたという。まさに集団無責任状態そのものであった。
・実はこの時のナチスの対応は、議会襲撃を行った支持者達に対するトランプの対応そのものでもある。
・開戦されるとナチスは「戦争の役に立たない」と障害者達の安楽死を進めた。これは宗教界の反発で中止されるが、その後も現場の医師や看護師によって自発的に続けられた。さらにはやがてその対象は病気の高齢者や空襲での重症者、第一次大戦での傷痍軍人にまで広げられたという。
・そして障害者達の安楽死に従事した施設や医師、看護師達がホロコーストの中心となる。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・まさに狂気なのだが、実はその狂気に至るまでは人間心理の盲点をついた実に合理的で巧みな手法なんです。そこが恐ろしいところ。だから実際には日本政府に限らず、ナチスに倣おうという組織は多い。
・軍隊なんかはもろにそうですが、そもそもそんな非日常的組織だけでなく、いわゆるカルト宗教なんかはまんまだし、ブラック企業なんかもこの手はよく使う。さらに言えば運動部や学校教育の現場でもこの要素はかなりある。
・つまりはそれだけファシズムというのはいつ台頭するか分からない危険性があると言うことです。そしてこの時のドイツの状況と今の日本はかなり符合するんです。今の日本の最大の救いは、ヒトラーに比べると安倍は数段無能であるということなのですが、それにしても回りの連中が画策したらどうなるか分からない。アメリカではトランプは国民の約半数を巻き込むことに成功して、その余波はまだ残っている。なお北朝鮮ではまさに現在進行形。中国も似たようなところはあるが、あれはファシズムと言うよりは単なる圧政のような気がする。

次回のダークサイドミステリー

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